スティーヴィー・ワンダーで好きな10曲。 | …

i am so disappointed.

5月13日はスティーヴィー・ワンダーの誕生日なので、今回は好きな10曲を選んでカウントダウンしていくという、ここではお馴染みのやつをやっていきたい。

 

10. GOLDEN LADY

 

「インナーヴィジョンズ」はスティーヴィー・ワンダーが1973年の真夏にリリースしたアルバムで、最高傑作ともされている。社会的なイシューを取り上げ、メッセージ性の強い内容の曲が多く、音楽的にもひじょうに優れている。そんな中にあって、アルバムの4曲目に収録された「ゴールデン・レディ」は都会的で洗練されたラヴ・ソングであり、シティ・ソウルの先がけともいえる楽曲である。

 

日本にはかつてWHY@DOLLという素晴らしいフィーメール・ポップ・デュオが存在していて、その楽曲はほとんどどれもが最高である。「菫アイオライト」はディスコ・ファンクを取り入れたアイドル・ポップスとしては1つの到達点ともいえるダンス・チューンなのだが、この曲の途中で極度にメロウネスが感じられる部分がある。それがこの曲をより魅力的にさせているのだが、ある時、この曲の作曲、編曲者がこの「ゴールデン・レディ」の影響を受けた箇所があると発言していた。なるほど、とすぐに分かったのだが、それまではまったく気がつかなかった。とてもニクいな、と思ったのだった。

 

 

 

9. BOOGIE ON REGGAE WOMAN

 

タイトルのわりにブギーでもレゲエでもない、密室的なファンクネスが感じられる楽曲である。1974年のアルバム「ファースト・フィナーレ」からシングル・カットされ、全米シングル・チャートで最高3位を記録した。ムーグのシンセサイザーによるベースラインが印象的で、初期プリンスやスライ&ザ・ファミリーストーン「ファミリー・アフェア」辺りに近い感じもある。

 

 

 

8. UPTIGHT (EVERYTHING'S ALRIGHT)

 

スティーヴィー・ワンダーはリトル・スティーヴィー・ワンダーとして若くしてデビューを果たし、「フィンガーティップス」で初の全米シングル・チャートの1位を記録した時には、まだ13歳であった。この曲はその2年後、1965年にヒットして、全米シングル・チャートで最高3位を記録した。

 

「フィンガーティップス」の後に大きなヒットが生まれず、大きな魅力であったヴォーカルも声変わりしてしまい、アーティストとしてのスティーヴィー・ワンダーの将来は危ぶまれてもいたという。この曲は当時、流行していたイギリスのロック・バンドによる音楽、特にリズム面においてはローリング・ストーンズ「サティスファクション」などからも影響を受けている。結果はコンテンポラリーなポップスとしてヒットを記録して、後のより充実した音楽活動につながっていった。

 

 

 

 

 

7. ISN'T SHE LOVELY

 

1976年のアルバム「キー・オブ・ライフ」の収録曲で、邦題は「可愛いアイシャ」である。娘であるアイシャ・モリスの誕生を祝う内容となっている。楽器のほとんどをスティーヴイー・ワンダー自身が演奏していて、中でもハーモニカはかなり堪能できる。生命の誕生と素晴らしい音楽と言う幸福のきわみが出会った、最高のポップ・ソングである。

 

 

 

6. MASTER BLASTER (JAMMIN')

 

1980年のアルバム「ホッター・ザ・・ジュライ」からのリード・シングルで、全米シングル・チャートで最高5位を記録した。ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの音楽をモチーフにしていて、当然ながらその影響はある。私は当時、親しかった中学校の友人とこの曲のイントロを「ドゥットゥチッチ、ドゥットゥチッチドゥットゥチッチドゥットゥチッチ」などと口まねしたり、「ドゥットゥチッチソング」などと勝手に呼んだりもしていた。

 

1980年にもスティーヴィー・ワンダーは「心の愛」「パートタイム・ラヴァー」、ポール・マッカートニーとデュエットした「エボニー・アンド・アイヴォリー」、ディオンヌ・ワーウィック、エルトン・ジョン、グラディス・ナイトとのスーパー・グループ、ディオンヌ&フレンズ「愛のハーモニー」と、計4曲の全米NO.1ヒットをチャートに送り込んでいる。

 

「ホッター・ザ・ジュライ」には、日本のテレビで芸能人などの誕生日を祝う時などにかかりがちな「ハッピー・バースデイ」も収録されている。誕生日を祝うコンテンポラリーなヒット曲といえば、実はそれほどすぐに思いつくようなものは少なく、1992年にCDショップの店員として働いていた時に、誕生日のプレゼントに相応しいCDを宮沢りえに聞かれた時も、このアルバムをすすめる以外に思いつかなかったのだ。

 

 

 

 

5.DON'T YOU WORRY 'BOUT A THING

 

1973年のアルバム「インナーヴィジョンズ」からシングル・カットされ、全米シングル・チャートで最高16位を記録した。邦題は「くよくよするなよ!」である。ラテン風のピアノのイントロをはじめ、ユニークな音楽性とポジティヴな歌詞が特徴的である。

 

1992年にはアシッド・ジャズのインコグニートによるカヴァー・ヴァージョンがリリースされ、J-WAVEや六本木WAVEといった東京の小洒落界隈でもヒットした。フリッパーズ・ギターを解散した小沢健二が1993年にリリースしたソロ・デビュー・シングル「天気読み」にも、影響をあたえたと思われる。

 

 

 

4. SIR DUKE

 

1976年のアルバム「キー・オブ・ライフ」からシングル・カットされ、全米シングル・チャートで1位に輝いた。1974年に亡くなったジャズ・アーティスト、デューク・エリントンに捧げられた曲で、邦題は「愛するデューク」である。歌詞にはカウント・ベイシー、グレン・ミラー、ルイ・アームストロング、エラ・フィッツジェラルドといったアーティストたちの名前も登場する。

 

 

 

3. HIGHER GROUND

 

1973年のアルバム「インナーヴィジョンズ」からのリード・シングルで、全米シングル・チャートで4位を記録した。歌詞では輪廻転生がテーマになっていて、スティーヴィー・ワンダーが1973年に体験した事故が影響していると思われる。1989年にはレッド・ホット・チリ・ペッパーズがカヴァーして、アルバム「母乳」にも収録された。

 

 

 

2. LIVING FOR THE CITY

 

1973年のアルバム「インナーヴィジョンズ」からシングル・カットされ、全米シングル・チャートで最高8位を記録した。邦題は「汚れた街」で、日常の中にあるレイシズムに対する激しい怒りが表現されている。このアルバムからすでに4曲を選んでいるというバランスを欠いた状態だが、それぐらい素晴らしい作品であり、その特徴を最もあらわしているのがこの曲のように思える。

 

 

 

1. SUPERSTITION

 

1972年のアルバム「トーキング・ブック」からのリード・シングルで、全米シングル・チャートで1位に輝いた。邦題は「迷信」である。スティーヴィー・ワンダーのファンであり、「トーキング・ブック」のレコーディングにも参加したジェフ・ベックのために書かれた曲だったが、スティーヴィー・ワンダーのヴァージョンの方が先にリリースされた。電気式のキーボードであるクラヴィネットやムーグ・シンセサイザーによるベースラインが当時としては新しかったと思われるが、ポップ・ミュージックとしての強度は今日においてもじゅうぶんに感じられる。