浦谷はるな「忘れないで」について。 | …

i am so disapointed.

新型コロナウイルスの感染拡大抑止のために公私共にバタバタしながらも月末に片付けなければならない要件は終わらせて、気が付けば4月、一般的には新学期である。1987年ならばピチカート・ファイヴ「カップルズ」の発売日で、当時、大学生であった私はゼルダ「C-ROCK WORK」と一緒に道玄坂にあったCSV渋谷で買ったのだが、ソフト・ロックなんて知らなかったので、良さが分かるようになるまで何年もかかった。

「皆笑った」という曲が収録されていて、「悲しいけど僕も変わったみたい 誕生日もすっかり忘れてた」という歌詞がある。これはおそらく自分の誕生日を忘れていたということだと思うのだが、覚えていたはずの好きなアイドルやアーティストの誕生日を忘れていたことによって、これはちょっと平常ではないぞ、と気付かされることはある。

2017年8月1日に、WHY@DOLLのセルフタイトルアルバム「WHY@DOLL」はリリースされた。前の年に出た先行シングル「菫アイオライト」や、これがきっかけで聴いてみたアルバム「Gemini」がわりと気に入っていたので、その流れで軽くチェックしてみるつもりで「WHY@DOLL」を聴いてみたのだが、これがとても素晴らしいポップ・アルバムだった。強力なシングル曲が1、2曲目に収録されているのだが、それから尻すぼみになるかと思いきや、そんなことはまったく無く、様々なタイプのポップ・チューンが次から次へと流れできて、しかもそのすべてがとても良い。10曲入り、約42分というのも、私がポップ・ミュージックを主体的に聴きはじめたLPレコード時代を思わせたのだが、当時、月に何枚かしか買えないLPレコードを何度も何度も繰り返し聴いたような聴き方もよく似ていて、なんだか懐かしい気分になった。

アルバムの6曲目、アナログレコードならB面の1曲目になるのだろうか、「忘れないで」が浦谷はるなのソロ曲だということに、その時はまだ気付いていなかったと思う。というか、WHY@DOLLの音楽を初めて聴いて、わりと気に入ってから半年以上経っていたが、メンバーの顔も名前も覚えていなかった。ただ、曲は気に入ってよく聴いていた。

パトリース・ラッシェンの「フォーゲット・ミー・ノッツ(忘れな草)」は1982年に全米シングル・チャートで最高23位を記録し、後にディスコ・クラシックとして認識されるようになった。高校生だった頃の私はNHK-FM「リクエストコーナー」でかかったこの曲をカセットテープに録音し、当時の他の全米ヒット・ソングと同様に、よく聴いていたはずである。尾崎豊が1985年にリリースしたアルバム「壊れた扉から」にも「Forget-me-not」という曲が収録されていて、歌詞に「忘れな草」が出てくるが、パトリース・ラッシェンの曲とは関係がない。

「WHY@DOLL」の1曲として「忘れないで」を聴いた時、私はパトリース・ラッシェン「フォーゲット・ミー・ノッツ(忘れな草)」をすぐには思い出さなかった。それよりも、石川ひとみ「まちぶせ」(作詞・作曲は荒井由実)に通じる昭和のニュー・ミュージックっぽさを感じた。

真夜中に仕事を終えた。浦谷はるなの誕生日が4月1日だったことを思い出したのは、タップして開いたTwitterのタイムラインにたまたま表示されたツイートによってだった。食べ物と飲み物を買うために外に出た。夜間は押しボタン式の信号機が青に変わるまでの間に「忘れないで」を検索して再生、「WHY@DOLL」のアルバムはトータル的に大好きなのだが、この曲だけを単体で聴くと、良さが際立つ。アルバムの中ではアクセントとして絶妙で良いな、と思っていたのだが。

札幌出身のオーガニックガールズユニット、と当時は名乗っていたWHY@DOLLは、青木千春と浦谷はるなの2人組であった。青木千春の天賦の才とでもいうべきキャンディー・ヴォイスはアイドル・ポップにおいては強力な武器である。アイドルの歌には可愛さが求められることも少なくないが、無理をしてつくるのではなく、ナチュラルに可愛いのが素晴らしい。ディスコ・ファンクやシティ・ポップ的なカッコいい曲に可愛い歌がのっているというところが、WHY@DOLLの数ある魅力のうちの1つなのだが、それは青木千春のボーカルによるところが大きかったように思える。

一方、浦谷はるなのボーカルはよりクールであり、このタイプの異なった2人の歌が重なったり重ならなかったりすることによる化学反応が、またとても良かった。

「忘れないで」はソロ曲なので浦谷はるなのボーカルだけが収録されているのだが、このディスコ・ポップ・ミーツ・ニュー・ミュージック的な楽曲に、この良い意味で薄味のボーカルが最高にクールで良い感じなのである。そして、夜の雰囲気である。

浦谷はるなには「Notice Me」というソロ曲もあり、これは音源化されていないのだが、ジャズっぽいフィーリングも感じられる、大人なごっつええ曲である。作詞は浦谷はるな自身によるものだが、「いつもとは違うミストに 仕掛けたの甘いトラップ」というようなフレーズも本人のキャラクターとも相まって、たまらなく良い。現在のところ、ライブDVDやBly-rayでのみ聴くことができるのだが、これは本当に素晴らしく、私自身、パフォーマンスをライブで何度か観ることが出来た体験は宝物だと思っている。

「WHY@DOLL」の感想のようなものを私は当時、ブログに書き、「アメブロを更新しました」的なツイートも同時にしたのだが、真夜中にもかかわらずメンバーの青木千春から「いいね!」が付いて、アイドルなのに頑張っているな、と思ったのである。翌日、会議で都心に行く用事があったのだが、WHY@DOLLのことを適当に調べていると、ちょうどミニライブ&サイン会を渋谷のヴィレッジヴァンガードでやるという。調べてみると、以前はブックファーストでその前は旭屋書店だった所かと理解した。

会場には6〜7人しか当初は集まっていなかったので、2列目のわりと良い場所を取ることが出来た。それほど一般的に有名なわけでもないアイドルのライブにはそれほど期待していなかったのだが、この時点ですでにかなり気に入っていた「菫アイオライト」をライブで観れたとするならば、それだけでも価値はあるのではないかと思い、取り敢えず行った。

リハーサルでメンバーの2人がステージに登場した。「WHY@DOLL」に収録された「Dreamin’ Night」だったのだが、イントロが流れる前の態勢に入る姿、特に後に浦谷はるなだと認識する方にはよく分からないのだが、どこかそこはかとない悲しみのようなものを感じるところもあった。

曲が流れ、パフォーマンスがはじまる。激しく踊るタイプの曲ではないのだが、その振り付けの一挙手一投足にプロっぽいキレを感じる。いや、これはかなりちゃんとしているぞ。こんなちゃんとしたものを至近距離から無料で(CDは買ったけれども)観られて良いものなのだろうか、という気分になった。

本番で1曲目は大好きな「菫アイオライト」であり、気分はブチ上がりである。メンバーは振り付けをしながらこの最高にして最強なディスコ・ポップを歌うのだが、ファンの人達が決まったアクションをしていて楽しそうだった。いつか自分もこれが出来るようになればいいのに、と思った。

その後、CDを1枚買っただけなのに握手会とサイン会に参加することができて、しかも想像していたよりもずっと長く話すことができた。この日のピークは渋谷のど真ん中であるにもかかわらず、青木千春と旭川のかなりローカルな地名が入った会話をしたことなのだが、浦谷はるなには本当にWHY@DOLLが目当てで渋谷に来たのかと、なぜか疑われていた。

音楽も良いし、メンバーのキャラクターも素晴らしい。こんな良いものをどうして私はこれまで知らなかったのかと大興奮したものの、翌日にはWHY@DOLLの渋谷Gladでの浴衣を着てのライブではなく、埼玉県のアリオ川口で行われたNegiccoのリリースイベントに行った。とある著名なNegiccoファンの方が私が前日にWHY@DOLLのリリースイベントに初参加して感激したことをすでに知っていて、WHY@DOLLは良い子達で楽曲も良いのだが、ファンがなかなか増えていないので、ぜひ応援してあげてほしい、本人達も同じ地元で東京でやっている人から応援されると心強いだろう、というようなことを言われた。

翌月に札幌のライブハウスで凱旋ライブ的なものがあったのだが、私は毎年、その時期に旭川の実家に帰省していたこともあり、バッチリ日程を合わせた。この頃にはなぜかメンバーの2人からブログを書いていることも含め認知されていて、特に札幌でのライブ、特典会だとかその後の居酒屋での飲み会などはとても楽しいものであった。私にとって現在までのところ、人生最高の夏が一昨年の新潟だとするならば、秋は間違いなくこの年の札幌である。この時に会場で買ったトートバッグを、現在は妻が買い物で使っている。

「忘れないで」のパフォーマンスを初めて観たのはこの札幌での公演だったのではないかと思うのだが、もしかすると違っていたかもしれない。当時、22歳とは思えぬ色香のようなものが炸裂した、素晴らしいパフォーマンスであった。特典会で待機している間、会場で流れている音楽に合わせ、浦谷はるなはフリースタイルなダンスを踊りがちなのだが、これを初めて観たのは雨の代々木公園であった。

WHY@DOLLは昨年の11月で活動を終了し、メンバーの2人はそれぞれの新しい人生を歩みはじめているのだろう。過去のポップ・ミュージック史上に残る様々なアーティストの作品と同様に、いまでも、そしてこれからも聴き続けていくのだと思う。時にはそれにまつわる思い出のいくつかを懐かしんだり、しあわせでいてくれるといいな、と心で祈っている。


※アメブロにYouTubeの動画が上手く貼り付けられないという不具合が少し前から発生していて、解決は5月いっぱいが目処らしい。他に貼り付ける方法があるようなのだが、なかなかややこしそうなのと、こういうのにかける努力が結果に見合わないと考えるタイプの人間なので、当分、こういうリンク形式でいくことになると思う。


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