アンドリュー・ウェザオールについて。 | …

i am so disapointed.

月曜日に、アンドリュー・ウェザオールが亡くなった。享年、56歳だったという。Twitterのタイムラインに溢れるいくつもの追悼ツイートを見て、改めて今日のポップ・ミュージックにあたえた影響の大きさを思い知らされた。アンドリュー・ウェザオールがいなければ、現在、我々が聴いているポップ・ミュージックはおそらくもっとつまらなかっただろう。

 

1990年の初夏、大学の図書館で音楽雑誌を読んでいた。六本木と渋谷、どちらのWAVEに行くにしても距離感はそれほど変わらないように思えた。実際には渋谷の方がずっと近いのだが、六本木に行くとなればバスを使うし、青山ブックセンターに寄るという楽しみもある。アルバイトの給料の大半を本かCDに費やしていた。CDは音楽雑誌などを参考に、ロック、ソウル/R&B、ヒップホップ、ワールド・ミュージック、日本のロック&ポップスなどこだわらず、気になったものを手あたり次第に買っていた。

 

イギリスのマンチェスターでドラッグと結びついたクラブ・カルチャーが起こっていて、そこからはインディー・ロックとダンス・ミュージックとを融合した、新しいタイプの音楽が生まれていると、何かの記事で読んだ。しかし、実態はよく分からない。それの代表格だというストーン・ローゼズというバンドのアルバムを買ってみたが、60年代のロックみたいで何が新しいのかよく分からなかった。

 

「NOW」といういろいろなヒット曲を寄せ集めたオムニバスのCDが現在でも出続けているが、これの第1弾がリリースされたのは1983年であった。まだLPレコードの時代である。レーベルを超えた様々なヒット曲が入っているということで話題になり、全英アルバム・チャートでも1位になった。私が初めて買ったのはこれの第2弾で、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド「リラックス」、カルチャー・クラブ「イッツ・ア・ミラクル」、ハワード・ジョーンズ「ホワット・イズ・ラヴ」などが収録されていた。このタイプのコンピレーション・アルバムはイギリスで大受けし、一時期は似たようなコンセプトの「ザ・ヒッツ・アルバム」というのも出ていて、これもアルバム・チャートの上位にランクインしていた。ある時期から全英アルバム・チャートはコンピレーション・アルバムを除外し、別のチャートで扱うようになった。

 

アルバイトの給料である程度の欲しいCDが買えるようになっても、アルバムを買うほどではないがヒット曲だけ持っておきたいアーティストなどはいて、その場合、この「NOW」シリーズは役に立っていた。収録曲はいずれもヒット曲だという共通点はあるもののジャンルはバラバラであり、この辺りが「全米トップ40」育ちの私にはなかなか面白かった。

 

1990年4月23日に「NOW」の第17弾が発売されていて、私はこれも買っていた。1曲目がイレイジャーの「ブルー・サバンナ」で、次がレベルMCの「ベター・ワールド」、それからポーラ・アブドゥル「オポジット・アトラクト」、ビーツ・インターナショナル「ダブ・ビー・グッド・トゥ・ミー」と続いていく。ポップ・レゲエのUB40「キングストン・タウン」の次がビートルズ「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」をダンス・ミュージック風にカバーしたキャンディ・フリップのバージョン、かと思えば次がティナ・ターナーにフィル・コリンズと、なかなか目眩がしそうな選曲であり曲順である。

 

そして、その次がハッピー・マンデーズ「ステップ・オン」、そして、プライマル・スクリーム「ローデッド」、デペッシュ・モード「エンジョイ・ザ・サイレンス」に続いてジーザス・ジョーンズ「リアル・リアル・リアル」、インスパイラル・カーペッツ「ディス・イズ・ハウ・イット・フィールス」と、デペッシュ・モード以外は、音楽雑誌で名前を見たことはあるけれど初めて聴くものばかりであった。なるほど、こういう感じなのかと思った。この頃にフリッパーズ・ギターの「カメラ・トーク」が出たので買って、ガツンと衝撃を受け、「フールズメイト」から洋楽誌として「MIX」が発行され、後に「remix」になるのだが、これがそれまでに読んでいた音楽雑誌と違って、イギリスのインディー・ロックやクラブ・ミュージックをちゃんと扱っていた。なんとなく大人になってきたし、「ミュージック・マガジン」で扱っているような音楽をメインに聴いてきたのだが、本来はこういう若いパッションが感じられるようなものが好きなんだよな、と思い出したし、何よりもフリッパーズ・ギターを聴いているような人達と仲よくなりたかった。

 

そんなことを思っていると、実際にそうなっていって、私のポップ・ミュージックの聴き方は大きく変わっていくのだが、そこで絶賛されていたのが、プライマル・スクリームの「ローデッド」、そして、これをプロデュースしていたのがアンドリュー・ウェザオールであった。

 

ダンス・ミュージックのビートでありながら、ロック的なカタルシスを感じさせるギターリフなどが効果的に使われている。また、セリフやソウルフルなコーラスなどのサンプリングによるコラージュ感覚など、これはとても新しいぞと思わされた。後にセリフは映画「ワイルド・エンジェル」のフランク・マクスウェルとピーター・フォンダ、コーラスはエモーションズの「アイ・ドント・ウォント・トゥ・ルーズ・ユア・ラヴ」、ドラム・ループはエディ・ブリッケル&ニュー・ボヘミアンズ「ホワット・アイ・アム」からのサンプリングだと知ることになるのだが、とにかくこれはカッコよかった。

 

アンドリュー・ウェザオールは友人達と「ボーイズ・オウン」というミニコミ誌をはじめ、それはファッションや音楽やサッカーのことについて書かれていたのだという。その後、ハウス・ミュージックのDJ、ダニー・ランプリングとの出会いがきっかけで、自らもDJをやるようになり、やがてパーティーを主催したりレーベルを立ち上げたりもする。

 

ポール・オーケンフォールドと共に手がけたハッピー・マンデーズ「ハレルヤ」のクラブ・ミックスはインディー・ロックとダンス・ミュージックとを融合させたものとして画期的であり、この曲を収録したEPのタイトルは「マッドチェスター・レイヴ・オン」であった。

 

 

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プライマル・スクリームはとてもユニークなバンドで、デビュー以来、音楽スタイルを変化させてきていた。1989年にリリースされたアルバム「プライマル・スクリーム」は、ロックンロール的なテイストが強い作品だったが、アンドリュー・ウェザオールは「ボーイズ・オウン」において、これを好意的に評価していた。プライマル・スクリームもアンドリュー・ウェザオールがDJをするクラブに通っていたこともあり、収録曲の「アイム・ルージング・モア・ザン・アイル・エヴァー・ハヴ」のリミックスを依頼することになる。

 

オリジナルはアーシーなロック・バラードとでもいうべき楽曲だが、リミックスされたその作品はオリジナルに基づいてはいるものの、まったく新しいトラックに生まれ変わっていた。それが「ローデッド」であり、全英シングル・チャートで最高16位というスマッシュヒットをも記録する。

 

フリッパーズ・ギターのラストアルバム「ヘッド博士の世界塔」、特に「奈落のクイズマスター」辺りにも強く影響をあたえたと思えるのだが、当時の日本におけるメジャーなポップ・カルチャーの文脈からは完全に切り離されているように見えたフリッパーズ・ギターの、あれは国境を越えた共振だったのだと思う。

 

そして、「ローデッド」における試みは、ロックとダンス・ミュージックとの垣根を越えた、新たなアートフォームとして今日も高く評価され続けているアルバム「スクリーマデリカ」へと結実していく。このアルバムに収録された多くの楽曲にも、アンドリュー・ウェザオールは関わっている。

 

 

 

「スクリーマデリカ」がリリースされた1991年、同じクリエイション・レコーズからリリースされたもう1つの歴史的名盤といえば(個人的にはティーンエイジ・ファンクラブ「バンドワゴネスク」も加えたいところだが)、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「ラヴレス」である。当時は、「愛なき世界」という邦題がついていた。制作に時間と費用がかかりすぎて、レーベルを倒産させかけたともいわれるこの作品は、何重にも重ねたノイジーかつユニークでありながら、耽美的でもあるサウンドが最大の魅力だが、「スーン」におけるダンスビートの導入も注目すべき点である。

 

そして、この「スーン」のリミックスは、アンドリュー・ウェザオールの最高傑作ではないかといわれることもある。オリジナルの魅力を弱めずに、ダンス・ミュージックとしての要素を強めているという素晴らしい作品である。踊るのがもちろん最高なのだろうが、1つの優れた録音芸術として聴いているだけでも十分に魅力的である。

 

 

 

これもまた1991年にセイント・エティエンヌがリリースしたデビュー・アルバム「フォックスベース・アルファ」といえば、みんな大好きフミヤマウチさんの「渋谷系洋盤ディスクガイド」の記念すべき第1回に選ばれた作品としても知られる。ジングル的な「ディス・イズ・レディオ・エティエンヌ」の次に収録されているのが、シングルでもリリースされたニール・ヤング「オンリー・ラヴ・キャン・ブレイク・ユア・ハート」のカバーである。セイント・エティエンヌは当初、ボーカリストを固定しない予定だったらしく、この曲ではサラ・クラックネルではなくモイラ・ランバートが歌っている。

 

ニール・ヤングのシンガー・ソングライター的な楽曲をエレクトロニック・ポップ化したセイント・エティエンヌのバージョンは、その時点でひじょうにユニークだったのだが、アンドリュー・ウェザオールによるリミックスではダブ的な要素が強調されていて、楽曲に新たな魅力を加えている。

 

 

 

また、アンドリュー・ウェザオールは1992年からは自らが中心となったユニット、セイバーズ・オブ・パラダイスとしての活動をはじめ、素晴らしいシングルやアルバムを発表している。

 

1993年にシングルがリリースされ、アルバム「セイバーソニック」にも収録された「スモークベルチⅡ」、中でもその「ビートレス・ミックス」は代表的なバージョンであり、エルビー・バッド「ニュー・エイジ・オブ・フェイス」をカバーした、至極のアンビエント・トラックとなっている。

 

 

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芸術は永遠に生き続け、新しい世代を触発し続けていくことだろう。

 

R.I.P.