ラナ・デル・レイ「ノーマン・ファッキング・ロックウェル」について。 | …

i am so disappointed.

ラナ・デル・レイの音楽をはじめて聴いたのは、おそらく多くのリスナーと同様に、2011年にリリースされたシングル「ヴィデオ・ゲーム」であった。新しいアーティストによる新しい曲であるにもかかわらず、そこにはクラシック・ポップとしての風格が漂っていた。そして、あれからそれなりの年月が経った現在、この曲は正真正銘のクラシックとしての地位を確立したのではないかという気がする。

 

ラナ・デル・レイのメジャー・デビュー・アルバムは2012年にリリースされた「ボーン・トゥ・ダイ」で、これには「ヴィデオ・ゲーム」も収録されていた。全英アルバム・チャートで1位、全米アルバム・チャートでは最高2位を記録した。それから、「ウルトラヴァイオレンス」「ハネムーン」「ラスト・フォー・ライフ」とリリースを重ね、いずれもヒットして、高評価も得ている。最新作となるのが先日リリースされた「ノーマン・ファッキング・ロックウェル」で、これもまた全英アルバム・チャートで1位、全米アルバム・チャートで3位のヒットを記録している。来年には次のアルバム、「ホワイト・ホット・フォーエヴァー」のリリースも予定されているようだ。

 

ラナ・デル・レイの音楽に対する私の印象は、はじめて聴いた時から基本的にほとんど変わっていなく、それはオーセンティックでヴィンテージな感覚と、奥深い悲しみとが感じられるというものである。どこか懐かしさを感じもするのだが、その時代というのは往年のハリウッドだとか古き良きアメリカなどと呼ばれがちな年代であり、具体的にいつのことなのかを名言することはできない。なぜなら、その時代の記憶をリアルタイムのものとして持ち合わせていないからである。とはいえ、ラナ・デル・レイの誕生日は1985年6月21日である。レトロ趣味の若者が趣味の世界にこだわってやっている音楽かといえばそのようには聴こえず、あたかもその時代の音楽のようでもあるのだが、それでいて同時代性も感じられる。じつに不思議であり、これがアメリカでもイギリスでも大ヒットしているというのがまたおもしろい。

 

「ノーマン・ファッキング・ロックウェル」のタイトルは、アメリカの有名な画家、ノーマン・ロックウェルにちなんだものに違いない。アメリカの日常生活を軽妙なタッチで描いたその作品は、日本でもわりとおしゃれ感覚で流通していたような印象がある。そこには憧れのアメリカが描かれていたわけだが、ラナ・デル・レイの音楽を聴いて感じるのも、どこかそれに近いものである。

 

今日のアメリカには憧れるに値しない部分もひじょうに多いが、それは現政権によるところもひじょうに大きく、それは私が生活をしているこの国にもほぼ同じことがいえるのだろう。その感覚は、「ノーマン・ファッキング・ロックウェル」にもうかがえ、それがこのアルバムをヴィンテージ感覚の良質なポップスにとどめず、高い批評性をも持ったシリアスな作品たらしめているのではないかという気がする。

 

失われたものに対する郷愁と深い悲しみは、多くの人々にとって共通する感覚であり、それは年を取るにつれて強くなっていくものだろう。この普遍的な感覚を、このアーティストは見事にすくいあげ、高い表現力によって、多くの人々の共感を呼ぶ作品に結実させているように思える。

 

 

 

 

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