「昭和40年男」2019年8月号について。 | …

i am so disappointed.

特集によって買ったり買わなかったりしている隔月刊誌「昭和40年男」だが、今回は「消えた・・・俺たちの夏」特集ということで、夏が大好きな私はすぐにAmazonで注文したのであった。直接の購入動機となったのは、表紙が早見優だったことである。しかも、この写真の選択が完璧である。高校時代にファンクラブに入っていて、正直に告白するならば、オリジナルのバースデーソングをカセットテープに録音して送ったことがある、唯一のアイドルである。コカコーラのCMでも流れていた「夏色のナンシー」が1983年にヒットして、一気にブレイクした。

 

私が早見優のファンクラブに入ったのはその1年前、デビューした1982年のことであった。静岡県の生れだが、ハワイに住んでいた期間が長いということで、英語の発音がものすごく良い。好きな音楽はビーチ・ボーイズやカラパナだという。私が旭川のミュージックショップ国原で、「サマー・プレゼント」という日本独自編集によるビーチ・ボーイズの2枚組ベスト・アルバムを買い、のめり込んでいったのも早見優がきっかけだったのである。

 

ウェットな感じがまったくしないところがたまらなく好きだったのだが、それでいて楽曲は哀愁路線であり、しばらくはそれほど大きくヒットしていなかった。2枚目のシングル「アンサーソングは哀愁」など、郷ひろみがバーティ・ヒギンズ「カサブランカ」をカバーしてヒットさせた「哀愁のカサブランカ」にインスパイアされたものと思われ、このアイドルの魅力はそういうのではないのに、などとも思っていた。それだけに、「夏色のナンシー」については、そうそうこういうのを待っていたのだ、という気持ちでいっぱいであった。

 

 

そして、早見優もやはり近い気持ちだったようで、今回のインタビューでは「こういう曲が歌いたかったの!」と思ったと語っている。誌面にも当時の早見優の写真がいくつか掲載されているのだが、このセンスが素晴らしく、少なくとも個人的にはとても分かっている、という印象を強く持ったのであった。

 

「昭和40年男の少年時代 夏休み絵日記」というページが特集内の随所に挿入されるのだが、私が大好きなライター、初見健一さんの文章も載っていて、とてもおもしろい。ほぼ同世代ではあるのだが、私とは違って東京で生まれ育った初見さんとの共通していたりしていなかったりする体験について読むのが楽しい。たとえば「ドラゴン」という花火などについてはその小さく掲載されたパッケージ写真を見て、文章を読んだだけで、当時のいとこ達との楽しい夏休みの夜を思い出すことができるし、光化学スモッグなどについては、その時代に同じぐらいの年齢だったのだが、まるでパラレルワールドの話を読むようである。

 

1980年代の夏ソングといえば、で挙がりがちな石川優子とチャゲ「ふたりの愛ランド」についても取り上げられ、インタビューも掲載されている。私はじつは石川優子も好きではあったので、これもまたうれしい記事であった。石川優子が「シンデレラ サマー」をヒットさせた頃、木曜日にレギュラー出演していたラジオ番組とは、笑福亭鶴光、角淳一との「MBSヤングタウン」であり、私も時々、BCLラジオで長距離受信していた。

 

サザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」で私は茅ヶ崎という地名をはじめて知ったが、じつは関東の人たちにとってもわりとそんな感じだったようである。サザンオールスターズの楽曲と茅ヶ崎との関係について考察した記事もおもしろく、聖地巡礼する方々の参考にもなりそうである。

 

「昭和40年男」は昭和40生れの男性をターゲットとした誌面づくりがされていて、生年についてはその通りではないにしろ、わりと近い私にはじゅうぶんに楽しめる。そして、「男」という点についてはまったくその通りなのだが、個人的な感覚では、「男」の要素が強くなればなるほど、わりと厳しめになることは事実である。特に「ホットドッグ・プレス」の恋愛マニュアルや少年漫画誌のお色気シーン、新島でのナンパ体験などについて書かれたページには、それを強く感じた。私が少年漫画にまったくハマらなかった理由も、おそらくそういうところなのだろう。

 

オーディオ機器のカタログにはむやみやたらと女性の水着姿が掲載されていて、当時はなんとも思わずに消費していたような気がするのだが、今日であればおそらくブチ切れている案件である。メディアにおいて女性を性的に消費することがカジュアルであった時代について、あの頃は良かったとはまったく思えないし、現状についてもましにはなったが、まだまだだと思っている。

 

サーファー文化についてはとてもおもしろく読み、ライオンのシャンプー、TOP BOYについては完全に忘れていたが、確かに買って使っていた。コパトーン、シーブリーズ、タクティクスは覚えていたが、これはすっかり忘却の彼方であった。シティ・ポップ人気が再燃する今日、復刻されないだろうかとも思うのだが、おそらくされりはずがないのだろう。

 

 そして、キャプションとか見出しが当時のヒット曲などに対するオマージュになっていて、分かる部分についてはニヤリとさせられたりもする。

 

「音頭DJスペシャル」というページもあり、掲載されたレコードジャケットの画像を眺めつつ、音楽を想像するのも楽しいのだが、沖縄海洋博に行った親戚からもらった「イルカ音頭」に子役時代の坂上忍が参加していたのは知らなかった。

 

田中康夫「なんとなく、クリスタル」をパロディー化した、サーファーについての註釈たっぷりの文章もとてもおもしろかった。

 

毎号、ある1年をピックアップして特集する「夢、あふれていた俺たちの時代。」コーナーは、1981年を取り上げている。横浜銀蝿、高校時代の工藤公康、映画「の・ようなもの」、雑誌「写真時代」、国際プロレスが新日本プロレスに参戦、佐野元春の「サウンドストリート」という振り幅が素晴らしく、どの記事も充実している。

 

「の・ようなもの」の伊藤克信による道中づけはやはりひじょうに印象的であり、この記事を読んで、近いうちにまた観てみたいと思わされた。また、個人的にはやはり佐野元春の「サウンドストリート」についての記事が興味深く、当時のプレイリストもいくつか公開されているのがまた良かった。そして、当時の番組ディレクターと佐野元春との、今日まで至る関係性がまた素晴らしい。

 

というわけで、とても充実した内容なのだが、個人的にはこの表紙だけでもじゅうぶんに持っている価値があると思えるような、今月号であった。