スパイク・リーが監督、主演した映画「ドゥ・ザ・ライト・シング」がアメリカで公開されたのは1989年6月30日で、今年で30周年となる。日本では翌年の4月に公開され、私は大学の講義の帰りに日比谷シャンテ・シネで観たのだったと思う。ここではこの他に、ジム・ジャームッシュやアキ・カウリスマキ、スティーヴン・ソダーバーグといった監督による作品を観た記憶がある。上映の時刻まで、近くの噴水のところで本や雑誌を読んで過ごすのが好きだった。現在はTOHOシネマズシャンテとなっているようだが、もうしばらく行っていない。
「ドゥ・ザ・ライト・シング」がアメリカで公開されてから、日本で観られるようになるまでにはしばらくの期間があり、それまでにわりと話題になっていたような気がする。パブリック・エナミーの新曲が収録されているということで、サウンドトラックのCDも渋谷ロフトにあったウェイヴで買ったと思う。
カラフルでポップなのだが、強いメッセージ性が感じられ、当時の私は強く衝撃を受けた。バラク・オバマ元大統領が妻のミシェルとのデートではじめて観た映画が、この作品でもあったようだ。人種差別、レイシズムの問題は当時の多くの日本人にとってはそれほどリアリティーがあるものではなかったが、この作品やヒップホップ音楽にふれることによって、これはけして許してはいけないことなのだという価値観が、私の中に形成されたといえる。
ひじょうにヘヴィーなテーマではあるのだが、切り口はポップであり、ユーモアも感じられる。印象的なシーンは数多くあるのだが、夏の暑さによる非日常感がヴィヴィッドに感じられ、また、音楽が日々の生活において果たしている役割についても言及される。
監督であるスパイク・リー自身が演じる主人公のムーキーは、イタリア系の家族が経営しているピザ店で配達員として働いている。アフリカ系アメリカ人が多く住むこの地域でこの店は愛され、店主であるサルもそれに誇りを持っている。スパイク・リーは当初、サルの役をロバート・デ・ニーロにしたかったようなのだが、スケジュールの都合で叶わなかったようである。この役を演じたダニー・アイエロはアカデミー賞で助演男優賞にノミネートされた。この店で働いているサルの息子のうち、兄のピノはアフリカ系アメリカ人に対して人種的な偏見をいだいている。一方、弟のヴィトはムーキーともうまくやっている。店の壁にはイタリア系の有名人たちの写真が貼られているのだが、客でもあるバギン・アウトはアフリカ系アメリカ人が多く住む地域なのだから、その写真も貼るべきだと抗議する。それを求めて不買運動を扇動するバギン・アウトだが、この店を愛している多くの客はそれを鼻で笑う。近くでは知的障害があるスマイリーがマルコムXとマーティン・ルーサー・キングの写真を売っていて、ラジオ・ラヒームが大きなラジカセをかかえ、パブリック・エナミーの「ファイト・ザ・パワー」を大音量で流している。サルのピザ店の向かい側には、韓国人が経営するスーパーがあり、繁盛している。ラジオではサミュエル・L・ジャクソンが演じるDJ、ミスター・セニョール・ラヴ・ダディが音楽とメッセージを届けている。
ダ・メイヤー、市長と呼ばれている男は街をぶらつき、酒を飲んでいる。マザー・シスターは高い窓から街の様子を眺めている。ダ・メイヤーを演じたオジー・デイヴィスとマザー・シスターを演じたルビー・ディーとは、実生活における夫婦だったのだという。
それぞれのキャラクターがひじょうに立っていて、リアリティーも感じられる。そのような日常が、ふとしたきっかけで悲劇に変わる。その原因となったのは人種間の偏見であり、それを原因とする敬意の欠如と不寛容であろう。この問題は作品の公開から30年が経った今日においてもまったく解決はしていないが、やはりわれわれはそれを目指すべきであり、差別や偏見の助長を国家権力に近い人物が行うような場合においては、厳しく糾弾していく必要がある。エンターテインメントは趣味であり娯楽だが、レイシズムの根絶はそれよりもはるかに重要な命題であることは重要である。
そのようなテーマに切り込み、かつエンターテインメントとしても優れている「ドゥ・ザ・ライト・シング」は、いまもってひじょうに重要な作品だということができる。
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