ブルース・スプリングスティーン「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」について。 | …

i am so disappointed.

私が意識的に洋楽を聴きはじめたのは1980年からなのだが、当時、ブルース・スプリングスティーンのアルバム「ザ・リバー」からシングル・カットされた「ハングリー・ハート」をラジオでよく聴いた記憶がある。オールディーズ調のメロディーをロックンロールのフォーマットでアップデートしたかのようなこの曲は、流行歌としてのキャッチーさをじゅうぶんに備えていたように思える。シャネルズ「ランナウェイ」、シーナ&ザ・ロケット「ユー・メイ・ドリーム」、岡崎由紀子「ドゥ・ユー・リメンバー・ミー」、J.D.サウザー「ユア・オンリー・ロンリー」など、同じ年に流行していたポップスの中には、やはりオールディーズ調のメロディーを持つものが少なくなかった。

 

1982年にブルース・スプリングスティーンはアルバム「ネブラスカ」をリリースし、これは音楽誌で高い評価を受けていた印象がある。この頃になると私は洋楽のレコードをよく買っていたのだが、「ネブラスカ」は買わなかった。どことなく地味な印象があったのと、ヒット・シングルが収録されていなかったことなどがおもな理由であろう。「ベストヒットUSA」では、おそらく「アトランティック・シティ」あたりのモノクロのミュージック・ビデオを観たような気がする。このアルバムはブルース・スプリングスティーンが弾き語りのスタイルでメッセージ性の強い曲を歌ったもので、4トラックのマルチ・トラック・レコーダーで録音されたものであった。

 

1983年にアメリカのヒット・チャートの様相は大きく変わったような印象があるのだが、その原因となったのはマイケル・ジャクソンの「スリラー」や、カルチャー・クラブやデュラン・デュランなどの第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン勢だったのではないかという気がする。楽曲のヒットに映像が影響するようになり、サウンドにはシンセサイザーやドラム・マシンといった電子楽器が用いられたものが多くなったような気がする。

 

1984年の全米シングル・チャートに、ブルース・スプリングスティーンの「ダンシング・イン・ザ・ダーク」が初登場し、順位をどんどん上げていった。最終的には第2位にまで上るのだが、これはブルース・スプリングスティーンのシングルとしては過去最高の記録であった。この曲にはミュージック・ビデオが制作され、「ベストヒットUSA」でもよく流れていた。ステージ上でブルース・スプリングスティーンが女性と踊る姿が印象的であった。また、サウンドにもシンセサイザーが導入され、よりコンテンポラリーなポップスになっていた。とはいえ、歌詞の内容はなにかを変えたいと思ってはいるが、実際にはそれを叶えることができない大人の男の葛藤を描写したものである。ブルース・スプリングスティーンのそれまでの作風とも共通するものだが、サウンドが完全に新しかった。

 

この曲が収録されたアルバム「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」のレコードを、私は旭川のレコード店で買った。ブルース・スプリングスティーンのレコードを買うのは、それがはじめてであった。ジャケットには白いTシャツとブルージーンズの後姿、ポケットからはベースボールキャップのようなものがはみ出している。背景はおそらくアメリカ国旗であろう。いかにもなアメリカのイメージである。1980年代あたりまで、日本ではアメリカの文化がひじょうにカッコいいとされていて、若者に人気があった雑誌「ポパイ」などはそれを象徴するものだったような気がする。「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」は、アメリカ生まれのアーティストであるブルース・スプリングスティーンが、アメリカ国民であることの誇りを歌ったものであるように誤解されもしていたところもあるのだが、実際にはほぼその真逆であった。ベトナム戦争からの帰還兵が国からはろくな扱いを受けなかったという内容を皮肉的に歌ったものなのだが、アメリカ国内ですら誤解されることが少なくはなかったのだという。

 

「ダンシング・インザ・ダーク」はわりとコンテンポラリーなサウンドの曲だったが、「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」に収録されたそれ以外の曲はけしてそんなことはなく、ひじょうに正統的なロックンロールという感じであった。当時のヒット・チャートにそのような音楽はあまりランクインしていなく、私もこういったタイプの音楽のレコードを持ってはいなかった。マイケル・ジャクソンの「スリラー」や第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンが大ヒットした翌年でもあるので、特にそうだったということもいえる。しかも、私の場合はザ・スタイル・カウンシルの「カフェ・ブリュ」などをかなり気に入って聴いていたため、ブルース・スプリングスティーンのような音楽は、一般的にはオーセンティックなのだろうが、むしろフレッシュに感じられたのであった。それでいて、かなり本格的なものを聴いているという、実際にどれだけその魅力を理解できているのかは定かではないのだが、そういう満足感もあったのだった。

 

このアルバムからはシングル・カットが何曲もされ、すべてヒットしたのと、ライヴ・パフォーマンスも話題となり、玄人好みのロック・アーティストという印象であったブルース・スプリングスティーンの存在は、日本においてもポップ・アイコンとしても認知されるようになったところがある。佐野元春、尾崎豊、浜田省吾といった、当時の日本の若者に人気があったアーティストたちに影響をあたえたことでも評価されていたような気もする。この年にはこの後、プリンス「パープル・レイン」、マドンナ「ライク・ア・ヴァージン」というメガヒット・アルバムもリリースされ、ビッグ・スターの時代に突入する契機だったような印象もある。

 

 

 

 

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