2017年、アリアナ・グランデがライブを行ったイギリス、マンチェスターの会場で自爆テロが発生し、何名もの死傷者を出すという悲しい事件が起こった。その後、この事件を受けて、「ワン・ラヴ・マンチェスター」というチャリティー・ライヴが開催され、これにはジャスティン・ビーバー、マイリー・サイラス、ケイティー・ペリーといったポップスターや、インディー・ロック界からはリアム・ギャラガーやコールドプレイも出演した。
世界的なヒット曲をいくつも持つポップスター、アリアナ・グランデはこの事件によって心に深い傷を負うが、2018年4月にシングル「ノー・ティアーズ・レフト・トゥ・クライ」で華麗なる復活を遂げた。失意や逆境を乗り越え、より強くなろうというようなこの曲は、アリアナ・グランデ自身の経験を連想させるが、それを差し引いたとしてもひじょうに力強く、ポジティヴィティーに溢れたポップ・ソングであった。
ドナルド・トランプのアメリカには絶望と失意が満ち溢れ、それゆえに現実逃避と逆張りの悪趣味が時代の気分のようでもある。これはアメリカの影響を構造的に強く受けざるをえない日本においても、ひじょうに似ているところがある。最も端的な共通点としては、政権がおそらく戦後最低最悪ということであろう。
このような時代に必要なのはポジティヴィティーであり、そのためにはより良い状態に対しての想像力なのであろう。
アリアナ・グランデのアルバム「サンキュー、ネクスト」が「イマジン」という曲からはじまっていることは、そういった点においても象徴的であり、彼女はおそらくこんな時代の欲望が心底求めたポップ・スターだと思えるし、そういった点において、アメリカはまだましだと言うことができるのではないだろうか。
「ノー・ティアース・レフト・トゥ・クライ」を収録したアルバム「スウィートナー」は2018年18日にリリースされ、全米アルバム・チャートにおいて1位を記録するなど、商業的な成功に加え、評価も高かった。それから3ヶ月も経たない11月のはじめ、なんの前触れもなく、新曲の「サンキュー、ネクスト」がリリースされた。この曲を聴いた瞬間、私にはヒットの予感がしたし、何度も聴いているうちに、これはポップ・ミュージック史に残る名曲なのではないかと思った。
「サンキュー、ネクスト」はアメリカやイギリスをはじめ、韓国、オーストラリアなど、20ヶ国以上において、シングル・チャートの1位を記録した。アリアナ・グランデのヴォーカルの魅力ももちろんなのだが、過去の恋人に心からの感謝を捧げ、その上で次に進もうというテーマが広く共感を集めたのではないかと思われる。この曲は単なるヒット曲というレベルを超えて、少なくともアメリカにおいてはかなりの広がりを見せたようである。それを象徴するのが、反トランプデモにおけるプラカードに、この曲のタイトルや歌詞が多く引用され、その写真をアリアナ・グランデ自身がリツイートしていたことである。もちろんアリアナ・グランデは反トランプを表明しているし、典型的な性差別的発言をしたテレビの司会者に対し異議申し立てをするなど、フェミニズムの観点からも理想的なロールモデルだといえるだろう。
アリアナ・グランデの以前の恋人であった、ラッパーのマック・ミラーが2018年の9月に死亡し、その後、音楽活動の休止が発表されるが、程なくして新たな作品を制作中であること、また、ツアーを行うことが発表された。その後、コメディアン、ピート・デヴィッドソンとの婚約が破棄されている。
「サンキュー、ネクスト」はアルバムから独立したシングルかとも思えたのだが、なんと早くも次のアルバムからの先行シングルだということであった。このクラスの人気アーティストがこれほど短いスパンでオリジナルアルバムをリリースするのは、ひじょうに珍しいのではないだろうか。これはけして計画的だったわけではなく、たとえばすでに別れていたマック・ミラーの死去がひじょうに大きな出来事であり、それゆえの止むに止まれぬ行動だったのではないか、というような気もする。というか、おそらくこれが真相なのだろう。なぜなら、おそらく「スウィートナー」は、もっと長く売ることができたと思えるからである。
アルバム「サンキュー、ネクスト」を聴いて、ひじょうに優れたポップ・アルバムだと思ったのだが、「ゴースティン」はおそらくマック・ミラーについて歌われているのだろうと言われていて、ストリングスの起用が効果的な、ひじょうに痛切であり、かつ美しい楽曲になっている。
「サンキュー、ネクスト」に続くシングルであった「7リングス」は、アリアナ・グランデが女性の友人たちと一緒にティファニーで買い物をしたりシャンペンをたくさん飲んだりして最高だった時に、全員にお揃いの指輪を買ったと、そのことがテーマになっている。曲はトラップからの影響が強く感じられるものであり、シスターフッドの思想が感じられ、ここはひじょうに現在的である。
アルバムと同時に「ブレイク・アップ・ウィズ・ユア・ガールフレンド、アイム・ボアド」がシングルとしてリリースされ、ミュージックビデオも公開されたのだが、これがセクシーで素晴らしい。腐った男の目線に媚びたセクシーではなく、自らの主張としてであるところがポイントであり、今後、これはいずれ日本においても主流になるべきであり、それこそが最近ではNGT48の山口真帆をも苦しめている、性差別容認社会、レイプカルチャーが蔓延するこの国の価値観をより良く変えていくのであろう。
アリアナ・グランデにとってこのアルバムは、心に負った強い喪失感を対象化し、むしろそれによって自分自身がより素晴らしくなろうというポジティヴィティーを確かなものにしようとして制作、発表されたもののように思えるし、偶然にもこれは現在のくたびれた高度資本主義社会が最も必要とする強度なのではないか、というような気もする。
アリアナ・グランデが「7リングス」のタイトルを日本語にしたものをタトゥーにしたのだが、それが「七輪」ということで、ちょっと意味が違うのではないかというようなことを、くだらなくネチネチと指摘していたアカウントがいくつもあったらしく、その中にはおもてなしなどと銘打ちつつも、実は賄賂で誘致していたに過ぎなく、多くの国民からまったく望まれていない2020年の東京オリンピックの公式アカウントもあったらしい。日本について好意的な印象を持ち、日本語を勉強したり、将来は住みたいとも思っていたらしいアリアナ・グランデは、この陰湿さにうんざりし、過去にアップロードした日本語が入った投稿をすべて削除したらしい。とても残念だが、いかにもありそうなことだとも思える。そのように絶望してはいるのだが、それでももちろん平気で前向きに、正しいことをやっていくことには変わりがない。
アリアナ・グランデのヴォーカルはノリにノッているのだが、このアルバムはつまり一区切りであり、それに対する心の奥底からの表現欲求がかなりのものだったのではないかと思うのだ。もちろん優れたコンテンポラリーなポップ・アルバムであり、アリアナ・グランデはいまやアーティストであるのみならず、ポップ・アイコンでもあるのだが、ひじょうに真摯で正直であり、そうでありながらクオリティーはものすごく高い。権力者の嘘が言い続ければまかり通るというファシズム一歩手前というか、分かりにくいゆえに性質が悪いそんな時代において、とても価値のあるポップアルバムだと思うのである。そして、このようなアーティストがまだポップシーンのトップでいられるという状況には、まだ希望が持てると思えるのである。
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