とある調べもののために8年前に出た「レコード・コレクターズ増刊 日本のロック/フォーク・アルバム・ベスト100 1969-1989」という本を注文していたのだが、仕事から帰って来るとマンションのポストに届いていた。この本は発売当時に新所沢パルコのリブロで見かけたのだが、その時には買わなかった。飼い猫のうちの1匹がいつものように外に出たがったのでドアを開け、見張っている合間にこの本をパラパラ見た。各選者の個人的なベスト25が載っているページもあり、1位に選ばれたアルバムだけ画像が掲載されている。やはりはっぴいえんど「風街ろまん」のように名盤としての評価が定まっているものが多いのだが、一瞬、RCサクセション「FEEL SO BAD」のジャケット写真が見えたような気がして、手を止め、ページを逆にめくった。やはり間違いはなかった。そして、選んでいたのは昨年、「ミュージック・マガジン」のアルバム・レヴューでWHY@DOLLのアルバムに10点満点を付けていたことで覚えていた原田和典さんであった。プロフィールに北海道出身と書かれていたのでさらに調べてみたところ、私の実家がある旭川の生まれということであった。
「FEEL SO BAD」はRCサクセションが1984年の11月にリリースした、東芝EMIに移籍してからはじめてのアルバムであった。実は個人的に好きなアルバムなのだが、RCサクセションの代表作として挙げられることはほとんど無い。「スローバラード」が収録された、まだフォーク編成だった頃の「シングル・マン」の評価がやはり高いし、1980年代に入ってロック・バンド化してからのアルバムでは「ラプソディー」、あるいは1988年に発売中止騒動で話題になり、オリコン週間アルバムランキングで1位になった「カバーズ」などが挙げられる場合が多い。世間一般的なインパクトやセールスの面においては、忌野清志郎が坂本龍一と組んで大ヒットさせた「い・け・ない・いルージュマジック」、RCサクセションとして初のトップ10ヒットとなった「サマーツアー」、オリコン週間アルバムランキング最高2位を記録した「BEAT POPS」がリリースされた1982年ということになるのだろう。
当時、私は旭川に住む高校3年生で、大学入試を数ヶ月後に控えていた。とはいえ、映画館が入ったビルの上の方の階にあったジャズ喫茶ガウスに入り浸り、同級生の他愛のない恋愛話に長時間にわたり付き合うなど、その生活に切迫感はなかった。同じクラスにカリスマ的な男がいて、どうやら皆から怖れられていたのだが、どうやらスターリンのコピー・バンドでボーカルをやっているということであった。スターリンの音楽はあまりちゃんと聴いたことはなく、それでも「ロッキング・オン」や「宝島」で遠藤みちろうはよく取り上げられていたので、なんとなく過激なパンク・バンドだという印象はあった。ある日、彼からバンドのライブにゲストで出てくれないだろうかと言われた。これにはとても驚いた。とにかく彼は学校においてはカリスマ的な存在であり、現在でいうところのスクールカースト的にも私のような冴えない男子学生には手の届かない存在である。ずっとそんな風にに思っていたし、淡い憧れのようなものもあった。もちろん断る理由はないが、それ以前に権利すらないように思えた。それぐらい憧れの存在だったのである。
事前にカセットテープをわたされ、ある曲を覚えてくるように言われた。なんとメインボーカルらしいのだ。スターリンではなく、遠藤みちろうがソロで「宝島」のJICC出版からリリースした「ベトナム伝説」というカセットブックに収録された、それは「お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました。」という曲であった。サウンドはパンク・ロックだったのだが、ボーカルは歌というよりは語りであり、文学的ではあるのだが、控えめにいってちょっとなにを言っているのか分からないような類いの内容であった。しかも、かなり長い。それでも私は当時、これを完全に覚えたのである。当日の衣装は学ランに黒ブチメガネ、髪型はできるだけ真面目そうでヤバそうな感じが望ましいと言われた。もちろん、あたえられた役割を即座に理解した。
日曜日に練習があるので自宅に集まろうということだったので、旭川の市街地で待ち合わせをした。他のメンバーは全員が他校の学生だったが、直接に彼の家に来るということであった。外はもう雪景色であった。私は待ち合わせの時刻よりも少し早く着いて、ミュージックショップ国原で発売されたばかりの「FEEL SO BAD」のレコードを買った。彼と落ち合い、一緒にバスに乗った。4月から同じ学級だったが、2人きりになるのははじめてであり、その状況が誇らしくもあった。
彼の家にはじめて行き、バンドのメンバー達とも顔合わせをした。彼は私が高校に入学してすぐにやってブレイクした物まねから付いたあだ名で私をメンバーに紹介し、おかげで温かく迎えてもらうことができた。歌詞は本当に真剣に覚えたので、リハーサルはわりとスムーズに行ったような気がする。私はただのお調子者だったので、そのライブのオープニングアクトであったハノイ・ロックスやセックス・ピストルズをコピーする友人のバンドにもゲスト参加していた。
家に帰って、「FEEL SO BAD」を聴いた。前作の「OK」はスタジオワークにも凝ったような、ハワイ録音のバラエティーにとんだアルバムだったが、この作品では原点回帰が見られるというようなことが言われていた。この時点のRCサクセションにとって、原点とはどの辺りを指すのかというのは微妙なところだが、1曲目の「自由」からシンプルに怒っていて、これは最高だと思った。B面の1曲目に「NEW YORK SNOW・きみを抱きたい」という曲が収録されていて、RCサクセションの代表曲とはまったく見なされていないのだが、私はこれがものすごく好きなのだ。「もう夜はすっかり 夜露を降らした 薄着してきたことを 後悔してるのさ きみを抱きたいよ きみを抱きたいよ だからさ」という歌いだしからしてもう完璧である。冬の寒い日、恋人とのしあわせな時間を予感させる最高のフレーズである。曲調も忌野清志郎のボーカルもたまらなく甘く、スウィート・ソウルやラヴァーズ・ロックを聴いている時とよく似た感覚を、日本語のロックで体感できるようである。
「シャンペンとワイン・・・フライド・チキンとか何かを買って帰ろう タバコとコーヒー アイスクリーム BABY とけちゃうよ アイスクリーム BABY・・・」、ほぼ飲食物の種類の羅列に過ぎないこの歌詞が、忌野清志郎のボーカルとRCサクセションの演奏によって、たまらない世界観を演出する。そして、「かわいい私立探偵 YEAH,YEAH ぼくを取り調べ中さ」の「私立探偵」は、不貞を疑って不機嫌になっている恋人の可愛さを描いた素晴らしい楽曲である。しかも、歌いだしの「たぶんオセロかなにかしてあそんでたよ おいらの相手?近所のダチさ」というところがまたたまらない。「きみを泣かせることは 二度としないよ」まで含め、最高のラヴ・ソングである。
そして、「夢を見た」という曲が収録されていて、これは忌野清志郎が若かりし頃に書かれた曲だとも言われていたのだが、「きみのことを 夢に見たのさ 目がさめて ぼくは悲しい」という、わりとヘヴィーめな片想いの経験がある人ならばある程度は共感できるのではないかという題材を扱っている。2014年の今頃だったと思うのだが、道重さゆみがモーニング娘。’14(当時)を卒業して、芸能活動も無期限休止するので、もしかするともう二度と会えないかもしれないという状況の中で、私はこの曲を題材にした(といっても、ほぼ道重さゆみのことしか書いていない)ブログを書いていた。
さて、私がゲスト参加したライブはいまは亡き西武百貨店旭川店B館9階にあったスタジオ9で行われ、大いに盛り上がった。その後、私の大学受験はうまく行かなかったのだが、それとは関係なく卒業は訪れ、それを記念するライブにも私は呼ばれた。今度はリハーサルもなく、ステージ上では呪詛のように、歌詞を絶叫していた。それから、私は東京で一人暮らしをはじめた。彼のことは選ばれた人物であり、おそらく東京に出てなんらかの世界で成功するのだろうと思っていたのだが、あっさりと富良野のホテルに就職したのだという。そもそもカーストがまったく違っていたので、ライブだけの関係であり、彼とはその後、連絡を取ることもなかった。
2011年、引っ越したばかりの世田谷区内のマンションで適当にFacebookを検索していると、高校時代の同窓生で、東京に出てきた後でアメリカに留学したある人物と再会した。さっそく祖師ヶ谷大蔵で会い、時の流れを感じさせないほど大いに盛り上がった。そして、それから数年後、西新宿で飲もうという連絡が入り、そこにはスペシャルゲストも来るということであった。私はかつてよく行っていたラフ・トレード・ショップやヴィニール・ジャパンのことを思い出したりしながら、指定された居酒屋に行った。はじめはまったく分からなかったのだが、それはあの時の彼であった。感激した。私の冴えない高校生活において、最も輝かしい思い出として残っているのは、彼のライブにゲストで出られたことである。その彼と、約30年の時を経て、西新宿の居酒屋で対等に話をしているのが、なんだか不思議でもあった。
RCサクセションの「FEEL SO BAD」を買った日、最初で最後に彼の家に行った。この価値はおそらく私にしか分からないのだが、もちろんそれでまったく問題はない。
なお、「レコード・コレクターズ増刊 日本のロック/フォーク・アルバム・ベスト100 1969-1989」で、原田和典さんが「FEEL SO BAD」に続く2位に選んでいたのは、スターリンの「STOP JAP」であった。
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