ブロンディ「ラプチュアー」について。 | …

i am so disappointed.

先日、高円寺の文禄堂で買った「ライムスター宇多丸の『ラップ史』入門」という本がとても面白かった。今年のはじめにNHK-FMで放送された「今日は一日”RAP”三昧」という番組のトークを再録し、詳しい註釈を付けたような本なのだが、これがそのままラップ史の教科書になっている。昔、ロックやポップ・ミュージックの歴史について書かれた本などを興味を持って読んだが、それのラップ版という感じである。そして、アメリカと日本のシーンについて、同時進行的に語られているところも面白いし、ゲストのいとうせいこうやBOSE(スチャダラパー)などによる証言もひじょうに興味深い。

 

私は1980年代にポップ・ミュージックの新しい一形態としてヒップホップに興味を持ち、アフリカ・バンバータの12インチ・シングルを買ったり、パブリック・エナミーやデ・ラ・ソウルが大好きだったのだが、それ以後はジャンルに深入りすることもなく、時々、気に入ったものがあれば買ったりしていた程度であった。この本を読むといろいろな作品やアーティストの背景について知ることができたり、点と点が線になるようなところがあり、ヒップホップがこれまでよりも100倍は楽しく聴けそうである。これは本当に良い本である。

 

その中で、Netflixにヒップホップについての映像が結構あるということが書かれていて、私もアカウントを持ってはいるもののあまり観ていなかったので、この機会に検索してみた。確かにヒップホップ関連の番組や映画がいくつか出てきたが、その中で「ヒップホップ・エボリューション」というヒップホップの歴史を追ったドキュメンタリー番組のようなものがあり、しかもシーズン2に突入していた。とりあえずはじめから観てみたところ、これがまたとても面白い。つい最近、本で読んだ内容を貴重な映像や証言とともに、より立体的に楽しむことができる。

 

これはまったく知らなかったのだが、ヒップホップという音楽ジャンルにはそれがいつどこで生まれたかがちゃんと正式に定まっているのだという。はじめはパーティーから生まれ、主役はラッパーではなくDJであった。パーティーに来た客を踊らせるためにDJが様々なテクニックを発明し、ラッパーはあくまで盛り上げ役だったようである。ラッパーというかMCという呼び方が相応しいと確かに思えるわけだが、そのルーツがディスコのDJにあるのではないかとか、いや、ディスコとヒップホップとは文化がまったく違うとか、いろいろと意見があるようである。

 

また、ヒップホップにとって最初のヒット曲だといわれている1979年のシュガーヒル・ギャング「ラッパーズ・ディライト」についても、確かに当時、ものすごく流行り、ラップ・ミュージックを広く知らしめることに貢献はしたが、アンダーグラウンドの音楽を商業的に薄めたものだという感じで、当時のシーンにいた人たちの中には認めないという人も多いようである。ヒップホップのファンにとってはおそらく常識なのかもしれないこの辺りの状況が分かりやすくまとめられて、とても面白い。

 

そして、アフリカ・バンバータやグランドマスター・フラッシュといったDJたちがニューヨークのダウンタウンでもDJをはじめた頃、客の大半は白人だったという。しかし、その音楽はすぐに受け入れられたようだ。当時のニューヨークといえばニュー・ウェイヴが流行していたというが、あるヒップホップ関係者は番組の中で、パンクやニュー・ウェイヴはそれまでのロックに対抗して出てきたのと同様に、ヒップホップもまたディスコに対抗して生まれたようなところがあり、それゆえに親和性が高いのではないか、というようなことを言っていた。当時、アフリカ・バンバータはニュー・ウェイヴの曲もよくかけていたらしく、後にテクノポップにも興味を持ち、クラフトワークの曲を取り入れた「プラネット・ロック」が生まれたようである。字幕では省略されていたが、番組でアフリカ・バンバータはイエロー・マジック・オーケストラの名前も挙げていた。

 

また、グランドマスター・フラッシュは当時、ダウンタウンでDJをしていたところ、仕事ぶりを見たいと言ってブロンディのデボラ・ハリーがやって来たことに驚いたという。当時のブロンディはニュー・ウェイヴ・バンドでありながら「ハート・オブ・グラス」「コール・ミー」で全米シングル・チャートの1位を記録したりと、人気絶頂の頃である。そして、そのプレイを見たデボラ・ハリーはグランドマスター・フラッシュに、あなたを題材にした曲を書く、と言ったのだという。それが、1981年に全米シングル・チャートで1位になった「ラプチュアー」である。

 

ラップを取り入れたはじめてのNo.1ヒットだといわれる「ラプチュアー」には、「DJのスピンは私の心を救う」とか、「フラッシュは速い、フラッシュはクール」というような歌詞がある。

 

当時、中学生だった私は前作の「夢見るNo.1」に続いて全米1位になったブロンディのこのシングルを旭川のレコード店で買っているのだが、よく分からないがなんだかとても新しい音楽だと感じていた。

 

「ヒップホップ・エボリューション」における証言によると、「ラプチュアー」の大ヒットによって、グランドマスター・フラッシュの名前も広く知られるようになったということであり、とにかくみんながハッピーな話だったようである。

 

この曲のビデオ・クリップにはもう1人、歌詞の中で言及されているDJのファブ・ファイヴ・フレディーも出演しているが、グランドマスター・フラッシュは撮影現場に現れなかったため、代わりにグラフィティ・アーティストのジャン=ミシェル・バスキアがDJ役を演じているということである。

 

このシングルを買った中学生の頃、タイトルの「ラプチュアー」は恍惚とか忘我という意味だと聞き、ジャケットのデボラ・ハリーの表情とも相まって、おそらくとてもセクシーなことが歌われているのではないかと、想像力をふくらませていた。それからこのタイトルについてはずっとその印象があったのだが、「ラップ」という単語とも掛かっているということにいまさらながら気がついた。

 

 

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