チャック・ベリー「ザ・グレイト・28」の記憶。 | …

i am so disappointed.

中学生の頃、旭川のミュージックショップ国原でよくレコードを買っていたのだが、輸入盤のコーナーでビートルズの「ロックン・ロール・ミュージック」というLPレコードをよく見かけた。当時は全米ヒット・チャートをチェックしはじめた頃で、過去のアーティストの名盤についての知識も皆無に等しかったため、なんとなくそれがビートルズの代表的なアルバムなのだと思っていた。実際にはこれは解散後の1976年にリリースされたコンピレーション・アルバムで、CD化もされていない。当時、同じ中学校に通っていたある男子生徒が古い洋楽のレコードをいろいろ集めていて、彼もこのアルバムを持っていた。そんなこともあって、このアルバムタイトルにもなっている「ロックン・ロール・ミュージック」がビートルズの中でも有名な曲だと思ってもいたのだが、実は「ビートルズ・フォー・セール」に収録されたチャック・ベリーにカバーだったことを後に知る。

 

その頃、NHK-FMの「軽音楽をあなたに」で佐野元春の音楽をはじめて聴き、すぐに気に入った。当時における最新アルバム「Heart Beat」を、やはりミュージックショップ国原で買うのだが、B面に1曲目に「悲しきRADIO」という曲が収録されていて、その中で「ジーン・ビンセント、チャック・ベリー、リトル・リチャード、バディ・ホリー」と早口で歌われるところがあった。ここで歌われているのはロックンロールの歴史において重要な人たちの名前で、おそらく佐野元春もその影響を受けているのだろうと思ったが、まだその音楽を聴いてはいなかった。

 

「アメリカン・グラフィティ」「グローイング・アップ」といった、アメリカの古いロックンロールがサウンドトラックに使われた青春映画が流行していて、お正月に毎年放送されていた「新春スターかくし芸大会」でもパロディードラマ化されていた。芸能人が出身地によって東軍と西軍に分けられていて、田原俊彦が岩崎良美に「酔っぱらいは嫌いよ」というセリフを言われて振られ、ボビー・ヴィントンの「ミスター・ロンリー」をバックに哀愁を漂わせて歩いていた記憶があるので、あれは東軍の演目だったのだろう。このパロディードラマを観て良いなと思い、「グローイング・アップ総集編」というLPをローリング・ストーンズ「刺青の男」と同じ日に買った。「グローイング・アップ総集編」にはリトル・リチャードの「のっぽのサリー」が収録されていたが、チャック・ベリーの曲は入っていなかった。その前の年、チャック・ベリーはパルコのCMに出演していた。パルコには、札幌にあるすごくお洒落なデパートという印象があった。旭川のファッションプラザオクノは、パルコ的なものを目指していたのかもしれない。

 

高校に入学するとアイドルとシティ・ポップが流行っていて、私は早見優のファンクラブに入った。届いた会報などを読んでいると、ハワイ育ちの早見優は好きな音楽にビーチ・ボーイズとカラパナを挙げていた。やはりミュージックショップ国原でビーチ・ボーイズの「サマー・プレゼント」という2枚組ベスト・アルバムを買った。数年前に来日した時に、日本のみで発売されたらしい。その少し前にNHK-FMの「朝のポップス」というまったく何のひねりもないタイトルの番組で「サーフィン・U.S.A.」を聴いて、すぐに気に入ったのだった。「サマー・プレゼント」もこの「サーフィン・U.S.A」.からはじまっていたが、これはチャック・ベリーの「スウィート・リトッル・シックスティーン」という曲がベースになっているということだった。

 

この頃、「ビックリハウス」「宝島」「ロッキング・オン」「ミュージック・マガジン」などを毎月買って読みはじめたが、「ミュージック・マガジン」を除くと、RCサクセションがよく取り上げられている印象があった。特に「宝島」では表紙になったり、「愛しあってるかい」という本を出したりしていた。夏に海外からR&Bの偉大なアーティストを招いてライブを行ったということで、そのことも記事になっていた。この日、RCサクセションと競演したのはサム・ムーアとチャック・ベリーで、「THE DAY OF R&B」というライブアルバムもリリースされた。思えば、R&Bという単語があらわす音楽もこの頃と現在とでは随分変わってしまったような印象がある。

 

また、「宝島」にはよくアーティストのロングインタビューが掲載されていて、「ザ・ヒーローズ」という1冊の本にまとめられてもいた。はじめに出た「ザ・ヒーローズ」にインタビューが収録されていたのは、RCサクセション、細野晴臣、坂本龍一、矢野顕子、桑田佳祐、糸井重里、ビートたけし、柄本明、湯村輝彦である。「宝島」に掲載されたものだったかどうかはよく覚えていないのだが、桑田佳祐のインタビューで日本のロックのステレオタイプとして、何人かのロッカーが集まってライブをやり、最後に全員で「ジョニー・B.・グッド」を歌って盛り上がるというようなことを言っていた。

 

そして、「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」には「この歌は、『こんな風』に聴こえる」という、同じ時間帯にアール・エフ・ラジオ日本で放送されていた「全米TOP40」の「坂井隆夫のジョークボックス」や、「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」とまったく同じコンセプトだが、やや下ネタに要素が強いコーナーがあった。チャック・ベリーの「トゥー・マッチ・モンキー・ビジネス」がよくかかっていたが、それは歌詞の一部に日本における放送禁止用語のように聴こえる箇所があったからである。

 

というように、1980年代前半の中学生や高校生にとって、チャック・ベリーにふれる機会というのはわりとあって、なんとなくエルヴィス・プレスリーと共にロックンロールの歴史にとってとても重要なアーティストであり、しかもまだ現役でやっているという印象があった。

 

1980年代に大学生になり、アルバイトもすると、高校生までの頃よりも自由に使えるお金が増えた。それはアナログレコードからCDへの転換期でもあり、過去の名盤リイシューなどがいろいろ進んでいった。私もはじめてのCDプレイヤーを購入し、その頃から旧譜を買う割合が増えていった。「ミュージック・マガジン」の増刊で、各ジャンルの名盤を紹介するような本が出て、それを参考にいろいろ聴いていったりした。時系列になっていたので、やはりはじめの方にはロックンロール黎明期の作品が並ぶ。ロックのアルバムが単にシングルの寄せ集めではなく、トータル的に1つの作品としてちゃんと扱われるようになったのは1960年代半ばあたりからだったようで、それ以前の作品についてはベストアルバムが紹介されている。そこで紹介されていたものの1つが、チャック・ベリーの「ザ・グレイト・28」であった。輸入盤でしか発売されていないということだったが、まだ宇田川町にあった頃のタワーレコード渋谷店に行くとすぐに見つかった。黄色いジャケットがポップで良い感じだった。元々は2枚組のLPレコードとして、1982年にリリースされたらしい。チャック・ベリーには1960年代半ばにレーベルをマーキュリーに移籍して以降もヒットした曲があるが、ここのに収録されているのはチェス・レコードに所属していた頃にレコーディングされた28曲である。

 

ベストアルバムや収録曲が多いアルバムが大好きな私にとって、約1時間ちょっとに28曲が収録されたこのアルバムは願ってもないものであった。デビュー・シングルの「メイベリーン」からはじまり、ビートルズがカバーした「ロール・オーヴァー・ベートーベン」「ロックン・ロール・ミュージック」、ビーチ・ボーイズ「サーフィン・U.S.A.」の元になった「スウィート・リトル・シックスティーン」、ロックンロールを代表する人気曲「ジョニー・B.・グッド」、ローリング・ストーンズのデビュー・シングルとしてカバーされた「カム・オン」など、全部入っている。とにかくすべてがカッコよく、これは良い買い物をしたと心でガッツポーズをしたものである。

 

その音楽性は当時としてはとても斬新だったらしく、ロックンロールはチャック・ベリーの発明品だといっても過言ではないようだ。当時、チャック・ベリーの音楽を聴いて衝撃を受けたブルース・アーティスト、マディ・ウォーターズがすぐにチェス・レコードに紹介したという。また、メッセージ性のある歌詞は当時の若者の共感を呼び、後のプロテストシンガーたちにも強い影響をあたえたといわれる。チャック・ベリーの存在がなければその後のポップ・ミュージックというか、ポップ・カルチャーはまったく異なったものになっていた可能性がひじょうに高いということである。その真髄がコンパクトに楽しめるという意味において、このアルバムはひじょうに価値が高いものだが、それを抜きにしても、ただただゴキゲンな音楽がたっぷり詰まっているという点においても最高なのである。

 

チャック・ベリーのベストアルバムはもっと収録曲が多いものも含め、いろいろリリースされているのだが、まずその音楽にふれてみたいというリスナーにとっては、この「ザ・グレイト・28」が最も手頃なのではないかという気がする。このアルバム、実はずっと廃盤だったのだが、チャック・ベリーが90歳で亡くなった2017年に再発されたようだ。サブスクリプションサービスでも聴くことができるようである。10月18日は、チャック・ベリーの誕生日である。

 

 

 

 

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