越美晴のデビュー・シングル「ラブ・ステップ」は、1978年10月5日に発売されたようである。テレビで観たのとラジオで聴いたの、どちらが先だったかは覚えていないのだが、とにかく当時、小学生だった私はこの曲に魅了され、シングル・レコードを買ったのであった。ジャケットには2種類あり、1つは赤い背景で越美晴がピアノを弾いているところが写っているもので、もう1つは黒っぽいものであった。私は赤を背景にしてピアノを弾いている方を買った。いわゆる流行歌ではなく、それほど大ヒットしてはいないが個人的に気に入って買った初めの方のレコードである。その数ヶ月前に買ったサザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」もわりとそのような感じだったのだが、すぐにヒットしたのだった。
「ラブ・ステップ」はオリコン週間シングルランキングで最高33位、100位以内には15週間ランクインしていたということである。私はこのシングルをどのぐらいのタイミングで買ったのだろうか。1979年の正月にはサザンオールスターズ「気分しだいで責めないで」のシングルを買ったはずなのだが、その時にはすでに「ラブ・ステップ」を持っていたような記憶がある。買ったのは確か、西武百貨店旭川店のレコード売場である。当時はそこで買うことが多かったような気がする。隣にams旭川ができるのは1979年で、後に西武百貨店と統合されるのだが、私が「ラブ・ステップ」のレコードをおそらく買ったであろう頃には、まだ西武百貨店の建物は一つだけであった。
歌謡曲でも演歌でもない、フォークがよりロックやポップス化したような音楽が流行りはじめていて、それらのことはニューミュージックと呼ばれていた。1978年の大晦日に放送された「第29回NHK紅白歌合戦」にはニューミュージックコーナーのようなものもあり、庄野真代、ツイスト、サーカス、さとう宗幸、渡辺真知子、原田真二と、いずれもこの年が初登場の6組が出演していた。ツイストのフロントマン、世良公則と原田真二、そしてCharの3人は、郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎の新御三家に対抗して、ニューミュージック御三家などと呼ばれることもあった。
「第29回NHK紅白歌合戦」で大きな話題となったのは、ピンク・レディーが前代未聞の出場辞退を発表したことであった。これが翌年以降の人気凋落の原因になったともいわれているようである。
ニューミュージックの新しいアーティストたちが次々とヒット・チャートの上位に入り、一方で沢田研二、山口百恵、西城秀樹といった歌謡界の大スターたちにもまだまだ人気があった。このような状況下で、新しいアイドルはなかなかブレイクしにくい状況があった。また、ニューミュージックのアーティストが新人アイドルであるかのように扱われる場合もあり、初期の竹内まりやや杏里などはそのような感じであった。
越美晴もテレビでよく歌っているのを観た記憶があるし、一時期はNHK「レッツゴーヤング」のサンデーズにも抜擢されていたようである。しかし、その楽曲はまったくアイドルポップス的ではない。
ラテン調のリズムやユニークなボーカルスタイル、「そうよそうよ 恋なんて」の印象的なメロディーの強力さ、曲の後半で聴くことができる巻き舌まじりのスキャットなど、とても新しいものを感じた。
ニューミュージック的なイメージで活動していたアーティストであっても、実は楽曲は自分では書いていないという場合もあったのだが、越美晴はアルバム曲もすべて自作していた。翌年にリリースされた2枚目のシングル「気まぐれハイウェイ」はよりシティ・ポップ的な楽曲になったが、コーラス・アレンジを山下達郎、吉田美奈子が手がけている。また、これら2曲のシングル表題曲をも収録したデビュー・アルバム「おもちゃ箱 第1幕」にも才能が溢れまくっているのだが、何曲かのアレンジを坂本龍一が手がけていることでも知られている。
この後、ニュー・ミュージック歌手的な活動をしばらく続けるが、1983年からはアルファレコードのYENレーベルに移籍し、細野晴臣のプロデュースで、よりテクノ・ポップ的な音楽性にシフトしていった。1989年以降はカタカナ表記のコシミハルに改名し、活動を続けている。
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