Negicco「MY COLOR」を聴いた。 | Real Life Journal.

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新潟を拠点とするアイドルグループ、Negiccoの4枚目のアルバム「MY COLOR」がリリースされた。発売日の前日、つまり販売店に届いてその日から購入が可能なことからフライングゲット、略してフラゲ日といつからか呼ばれるようになったその日、私は仕事の休憩時間を利用して新宿のタワーレコードに行き、このCDを購入した。

 

今回はCD2枚組の初回限定盤と1枚の通常盤との2形態で発売されていて、私は初回限定盤の方を買う予定だった。フラッグスビルのエスカレーターに乗り、新作や話題作が置かれている7階で降りると、もうすでに通常盤だけしか残っていない。これはまずいと上の階のアイドルコーナーに行ったらちゃんとあったので、一安心してレジに持って行った。多くの店員さんが「MY COLOR」のTシャツを着ているし、他にこのCDを買っている方も見かけた。そういえばこのショップでは「MY COLOR」リリースを記念して様々な企画やグッズコーナーも設置していたのだが、時間がなくてまったく見ることができず、CDを買って帰るのがやっとであった。残念である。とはいえ、ついに手に入れたので、後は仕事が終わったら帰宅して聴くだけである。すごく楽しみだ。初回限定盤と通常盤との違いは、初回限定盤には既発のソロ曲と新曲が1曲の計4曲が収録されたDISC 2が付いているということなのだが、それ以外にパッケージにも少し工夫がされているようだった。何やら立体風になっているので、「ヘッド博士の世界塔」の初回盤みたいに3Dだったりするのかな、などとこの時点では思っていた。

 

Negiccoの「MY COLOR」は結成15周年の記念すべき年に出た新作でもあるのだが、公式ウェブサイトでこれと一緒に告知されているのが7月21日に新潟の朱鷺メッセで行われるライブ「love my 15 years at 朱鷺メッセ」である。このライブには告知されたときから行きたい思いはあったのだが、そもそも日程的に仕事との兼ね合いでひじょうに行きずらかったことに加え、会社における勤務体系が変わったことにより、もうほぼ不可能になったので、残念ながら行けないものということにしていた。Negicco以外の理由でも新潟には行きたい熱が高まっていたりもしたのだが、これはまあ仕方がない。

 

そんな6月のある日、NegiccoリーダーのNao☆ちゃんがツイッターでこのライブの告知をしていた。よく分からない朱鷺の被りもののようなものを付けて、体を張って告知をしている。その姿を見て感じたことをそのまま引用リツイートした。「カッコいいなぁ」と。すると、Nao☆ちゃんから「ありがとう!朱鷺メッセ来て!笑」とリプライが来た。あまりの出来事に動揺していたことに加えて、「笑」にはおそらく「とか言って、どうせ来ないんでしょ」的な意味合いを勝手に深読みし、思わず「すみません。いまのところ東京で仕事の予定なのですが何とかならないかもう一度調整してきます」とマジレスをした。この時点で果たして本当に無理なのだろうかという気分になり、翌日からその目標に向けていろいろ動いてみることを決意した。

 

そして、まだ100%とは言い難いのだが、ほぼ大丈夫なのではないかという感じになり、チケットも購入したので、まずはその件をリーダーに報告したのであった。これでアルバムを聴くのがますます楽しみになった。

 

帰宅してCDをiTunesにインポートしながら、ツイッターのタイムラインを追っていた。すでに入手して聴かれた方々の感想ツイートが流れてくる。これらを読んでいると、さらに気分が上がってくる。スリーブを取り出してみた。イエロー、ブルー、ピンク、メンバーカラーの色をした透明のプラスチック板のようなもの、参考書の暗記するタイプのやつに付いていがちなやつが重なって入っていて、1枚ごとにそれぞれのメンバーが写っている。スリーブの表紙自体は白いのだが、これらを重ね合わせることによってカラーになる。タイトルの「MY COLOR」をこのようにして表現してきたわけである。これはすごい。「同じ時代の 同じ場所で 出会った 私たちのMy Color」と書かれた帯を裏返してみると、Negiccoのルーツを大切にする想いが溢れた写真が印刷されている。素晴らしい。ジャケットに描かれたドットは、偶然にも近日、世田谷文学館で展覧会が開かれるアートディレクター、信藤三雄さんが手がけたフリッパーズ・ギター「ヘッド博士の世界塔」のアートワークを思い起こさせもする。

 

「MY COLOR」の前作は、2016年5月24日発売の「ティー・フォー・スリー」である。昨年の7月20日にベスト・アルバム「Negicco 2011〜2017 -BEST- 2」がリリースされたが、オリジナル・アルバムではこれが前作になる。本当に大好きなアルバムである。発売当初、ティーザー映像からも伝わるように、Negiccoと同世代の女性をターゲットとしたような大人ポップともいうべき作風に、評価や感想も様々だったような気がする。実はNegiccoの音楽を初めて聴いたのが遅ればせながらその年の3月だった私にとって、初めてリアルタイムで体験するニュー・アルバムだった。それによる補正もあるのだろうが、個人的な音楽の趣味にもかなりハマっていた。普段、いわゆるアイドルの音楽はあまり取り上げないタイプのメディアの中にも、このアルバムを高く評価するものがあった。一方で、アイドルポップスとしては地味すぎないだろうかとか、女性をターゲットにしたところで果たしてそこに需要はあるのだろうか、というような意見も見かけたような気がする。

 

あれから2年数ヶ月が経過し、結果的にNegiccoの女性ファンは増えたように思えるし、良い音楽をやっているグループだという認知も高まってきたように思える。私もかなり遅ればせながら知ったわけだが、その後にもいままで興味がなかったけれど聴いてみたらすごく良かったとか、なぜもっと早く出会わなかったのだろうとか、主にアイドルポップスにはあまり興味がない音楽ファンからの意見が多く見られたような印象がある。つまり、あのアルバムの路線は概ね成功だったのではないか。それにしても、あれだけクオリティーの高いものをつくってしまって、次は一体どうするのだろう。

 

2016年の年末にリリースされたシングル「愛、かましたいの」は、堂島孝平さんによるモンド風味も漂うユニークなポップスであった。2017年の「Negicco 2011〜2017 -BEST- 2」には、長谷泰宏(ユメトコスメ)さんによる出囃子「Make Up Prelude」が待望の初音源化となったほか、それまでありそうでなかったロック・テイストの「ともだちがいない!」、ドリーミーでポップな「くちびるにメロディ」、そして、「愛は光」が新曲として収録された。「愛は光」のパフォーマンスを私はリリースイベントと野外フリーライブ、それからカラオケイベントにてア・カペラで歌われるのを聴いた。ひじょうにスケールが大きく、感動的な曲なのだが、一方で軽薄なポップ・ミュージックファンである私の手には余るほどの神々しい境地に、Negiccoはもうすでに達しているのではないか、という気分にもなった。

 

年が明け、今年の2月6日にリリースされたシングル「カリプソ娘に花束を」は、歌詞のテーマが結婚で、曲調はタイトル通りのカリプソであった。今後はより音楽性を広げ、大人な内容を歌っていくのではないか、そのような予感があった。Negiccoとしての次の一手としてはかなりおもしろいと思うのだが、個人的には「ティー・フォー・スリー」の大人ポップ路線が好きすぎるので、音楽的にクオリティーの高いものは出来るかもしれないが、私の中であれを超えることはおそらくないのだろうと、なんとなく思っていた。ニュー・アルバムの情報が解禁され、アルバムタイトルが「MY COLOR」であること、作家陣の発表やティーザー映像の公開があった。私がわりと好きなギター・ポップ・バンド、シャムキャッツが起用されていたのが楽しみではあったが、ティーザー映像はあえて一度しか視聴しなかった。先行で配信された「キミはドリーム」は、前向きで良い曲だと思った。今年の上半期で私が最も好きな曲、RYUTist「青空シグナル」にも通じるもがあると感じた。「音楽」が歌詞でも大きなテーマであった。私はNegiccoのことを音楽アーティストとして最も好きなので、これはわりと喜ばしいことである。直前に配信された「Never Ending Story」はバイオリンが印象的で、デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズを思い出したりもしたが、ツイートではポーグスを連想したというものも見られた。かなり好ましい傾向である。そして、「物語」も重要なテーマの1つなのだろうと思った。

 

私がNegiccoを好きになった理由は、まず1に音楽、続いてグループの持つ物語性、そして、メンバーのキャラクター、人間性、さらにファンやスタッフをも含めたNegiccoというカルチャーである。好きな順番もそっくりこのままで、それはいまも変わらない。このすべてが全部良いグループというのはなかなかいないものだな、というのは特にこのところよく感じているところである。そして、私はやはり音楽が好きなのであり、アイドルそのものにはそれほど興味がないのだな、ということにも特に最近、気がついてきたのである。

 

というわけで、以下はアルバムを聴いた感想である。当初はひと通り聴いて、その感想を記録して公開してから寝ようと軽く考えていたのだが、それほど一筋縄でいく作品でもなかったので、とりあえず一旦寝て、少し落ち着いてからまた聴いて書こうと思った。翌日、仕事が休みで本当によかった。

 

1曲目の「Never Ending Story」はロックな曲調で、バイオリンやサックスやトランペットなどが鳴り響く音楽的な快楽に満ちた楽曲である。Nao☆、Megu、Kaedeのボーカルも躍動感があり、サビ前の「ワン、ツー」はライブでも盛り上がること間違いなしである。connieさんによる歌詞は、大切な人との関係性について書かれたものだが、これまでのNegiccoのレパートリーのいくつかと同様に、Negiccoとファンとの関係性に置き換えて聴くことも可能、というかおそらくそれを意図しているものと思われる。

 

「同じ夏を過ごした記憶 For You For Me」にはこれまでにNegiccoとつくってきた夏の想い出、そして、今年の場合は来るべき朱鷺メッセをも含むものであり、ここをMeguが歌っている。じつはMeguがボーカルについて大きな悩みを抱えていたという事実を、私はつい先日まで知らなかったのだが、それによって編み出した新しい歌唱法なのかは定かではないのだが、このアルバムにおいては、それがひじょうに印象的であり、グループの音楽に新たな魅力を加えているような気もする。そして、これはきわめて音楽的なアルバムなのだということを宣言するかのような豊かな音楽性は、オープニングナンバーとして完璧だといえるのではないだろうか。もはやNegiccoの音楽がアイドルポップスなのかどうかといった議論など、まったくもってどうでもよく思える。Negiccoはもうそれ自体がジャンルである。

 

そして、「キミはドリーム」へとスムーズに繋がる。作家もミュージシャンも「Never Ending Story」とはまったく異なるのだが、世界観は繋がっている。そして、これも「音楽」についての曲である。それは「キラキラ ノンストップ・ミュージック」であり、日常を生命が息づいている奇跡へと塗り替えてくれるような種類のものである。そして、これもまたNegiccoとファンとが紡ぐ物語の一部として読み換えることが可能であり、それは「わたしの夢は キミだからいい」というフレーズに凝縮されているようにも思える。人生を躍動させてくれるものとは未来への希望であり、それが音楽に満ち溢れているようにも聴こえる。

 

そして、「スマホに写らない」である。この曲は恵比寿リキッドルームで行われた「「T-Palette Records Presents [Live]meets palette 201806」で聴いていたのだが、やはり音楽的な豊かさに溢れた曲だと思った。実は私は「スマホ」という言葉がとても嫌いで、やっと平気で使えるようになったのは、つい最近のことである。「スマートフォン」の略ならば本来は「スマフォ」となるはずであり、実際にそのような表記を見かける時期もあった。「フォ」を「ホ」で済ませてしまうあたりの雑さに、「ザ・スタイル・カウンシル」を「スタカン」と略してしまう精神性にも通じるものを感じ、かたくなに「iPhone」と言ったりわざわざ「スマートフォン」と言ったりしてきたが、もうあきらめて「スマホ」とか言うようになってしまった。必要以上の細かさは他の人を不幸にするしモテないので、なるべくそうならないように注意しているのだが、これはなぜだかどうにも我慢ならなかった(このような例として「渋谷系」や「ネオアコ」に細かすぎる人たちというのが存在するが、先日、「ネアアコ」と「ネオ・アコースティック」とを一緒にするな的な、私のような素人には高度すぎてほとんど理解不可能な文章の中で、「アズテック・カメラ」が「アズカメ」と略されているのを見て、人生いろいろだな、という感想を持った。まあ、これはどうでもいい)。

 

とにかく大切なのは、お前はこの期に及んでいまだにモテたいと思っているのか...ではなくて、「スマホには写らない」である。THE BLUE HEARTS「リンダリンダ」における、写真には写らないドブネズミみたいな美しさと同様のことを歌っているのかと、タイトルを見たときに思った。私は料理や風景の写真を撮るのが大好きで、外食でメニューを選ぶときにも、何が食べたいかよりもどっちが綺麗に写るかを優先する場合が少なくない程度には、見た目は「クセが強いおっさん」であってもインスタ女子とほぼ変わらない精神性を持っている。だから、目に見えない内面も大事だが、だからといって写真に写る表層的な部分を軽視するのは違うし、高い画素数の新機種が出れば買い換えたくなる欲望を美しいと思う。だから、少しだけ嫌な予感はしたのだが、その必要はまったくなかった。

 

作曲・編曲の思い出野郎Aチームは私の個人的な2018年上半期ベスト・アルバムであるlyrical school「WORLD'S END」においても「オレンジ」という超絶名曲を書いていた人たちである。ノスタルジックだが新しくもあるその音楽は、この曲のテーマにも相応しいものである。

 

「小さな レンズで シェアされなくても構わない」というのが良い。さすがに先を行っているなと感じる。肝心なのは拡散することそのものではなく、その本質なのである。先日、ライブで聴いたときには歌詞もよく知らない状態だったが、今後、この内容を理解した上でライブで聴くとするならば、それは「スマホに写らない それでも構わない ずっと忘れない この瞬間君と聴くミュージック」であり、その瞬間そのもののことを歌ってもいるのだと、感激もひとしおであろう。

 

そして、「愛、かましたいの」である。この流れで聴くと、この曲の素晴らしさがよく分かる。「ティー・フォー・スリー」の大人ポップなNegiccoモードでこの曲を聴いたときには、ややモンド的なムードも感じたのだが、「MY COLOR」のように幅広くも豊かな音楽性を持ったアルバムの中で聴くと、その強度がちょうどよく、めちゃくちゃキャッチーでチャーミングな曲だと思える。ウィスパー気味のコーラス、そして、Kaedeの「ちょっとじゃなくて すっとがいいんだ ほんとは!」の破壊力がすさまじい。

 

そして、「Tell me why?」にはどこか懐かしいムードもあるがキャッチーでカッコいいダンス・ポップだなと思っていたところ、作詞の森雪之丞さんからBabe「Give Me Up」についての言及があり、なるほどそうかと思った。しかし、それほどオマージュ感はなく、普通にカッコよくて良い曲である。

 

続いて、「She's Gone」である。シャムキャッツは最近、私が聴いた日本の若手バンドの中でも特にお気に入りであり、Negiccoとの化学反応がどのようになるのか期待してもいたのだが、これがかなり素晴らしかった。いまのところ、アルバムの中で最も好きな曲かもしれない。あまり無かったタイプで、新たな魅力を引き出すことに成功しているという点ではタイプはまったく違うものの、「ティー・フォー・スリー」における「江南宵唄」的な役割のようにも思える。

 

ます、ギター・ポップなのである。脆弱さを主に描写することに長けたジャンルのように思えるが、「She's Gone」は思わず連想してしまったダリル・ホール&ジョン・オーツの名曲とはおそらくまったく関係がなくて、大切に想っている人と離れてしまったが、メールで連絡は取っているという関係が描写されている。これまでのNegiccoにありそうでなかった音楽はまだまだあるなと感心しながら聴いていたのだが、特にMeguのボーカルスタイルがかなり新しくて魅力的だなと思って聴いていた。キラキラしたギターもすごく魅力的で、私はこのジャンルの音楽が元々大好きなので、こういうのをNegiccoがやってくれるというのはもう最高の組み合わせなのである。そして、トラックの2:40あたりである。

 

「一人のお弁当美味しくないから嫌になるよ!」

 

私の拙い文章力ではこの良さを言葉にすることなど到底無理なのだが、Meguのボーカルが完全に新しく、最高に良い。歌と語り、強がりと弱さ、凛々しさと脆さ、その境界をこれほどリアルでヴィヴィッドに表現できるとは。どのような指示が出され、それをどう解釈してこうなったのかは定かではないが、とにかくここがすごく良い。

 

Negiccoはすごいな、やっぱり良いな、と思っているところに、シングルとしてリリースされた「カリプソ娘に花束を」の安定感である。ラテンテイストの曲調とトロンボーンのサウンドがすごく良いのだが、曲は結婚を決意した女性が父親に語りかける内容になっている。間奏のオルガンもミック・タルボット感があってすごく好きだ。メンバーそれぞれの声質の個性が生かされ、その上でよく纏まっている。もっと広い世界に広まるべき名曲である。

 

続いて、「そして物語は行く」である。普通は日本語で物語が行くとはあまり言わないのだが、おそらく英語の「Story goes」を直訳したニュアンスであろう。作詞は「ティー・フォー・スリー」でも「RELISH」を提供していた、Negiccoと同じ新潟出身の岩里祐穂、作曲が上田知華である。1990年に日本のポップスを一部を除いてほとんど聴いていなかった私は、上田千華といえばKARYOBINとの「パープルモンスーン」をすぐに思い浮かべたのだが、実は今井美樹の数々の代表曲を生んだ名コンビのようである。

 

「MY COLOR」の中でも比較的オーセンティックなこの曲は、やはり当たり前の日常について歌っているのだが、実はその1つ1つがそれぞれに似てはいるが違っていて、それ自体が奇跡なのだという、こうして平易な文章で綴っていても何一つ伝わらない内容を極上のポップスとして表現している。

 

続く「ノスタルジア」は、Meguによる「夜の隙間から こぼれた涙の音に」という歌い出しからはじまる。バックのストリングスとピアノの演奏がまた美しい。これにどこかトロピカルでノスタルジックな気分をかき立てるスティールパンの音が加わる。「違う日々を過ごしてきた声が 重なるハーモニーは 出会えたすべてが作る 今」をはじめ、おそらくNegiccoそのものについて歌われた曲である。そして、繰り返される「続いてゆく」というフレーズが尊い。

 

「グッデイ・ユア・ライフ(下りver.)は、元々は磐越道全通20周年記念ソングとして制作された曲だということである。作詞・作曲・編曲すべてを、Negiccoの曲を活動の初期から手がけているconnieさんが手がけている。Negiccoはずっと新潟を拠点に活動を続けていて、県外での仕事をするときにはいまも車で移動することが少なくないようである。また、ファンの中にもライブやイベントのために地元と新潟との間を往復する人たちが少なくはない。この曲はそのような人たちにとって、特に感慨が深いものなのではないかと思える。途中でシティ・ポップ風の男性ボーカルが入るのだが、connieさんによるもののようだ。

 

「硝子色の夏」はNao☆ちゃんが尊敬する声優、歌手の中島愛さんが作詞、クラムボンのミトさんが作曲を手がけている。ニュー・ミュージックの作家が大半の曲を書いているタイプの1980年代のアイドルのアルバムの中でも最も大人っぽい曲のような印象を受けるが、「MY COLOR」の中ではこれが最も正統的なアイドル・ポップスに近いような気がする。間奏でハーモニカが入り、メンバーの台詞パートになるのだが、最後が「愛してる」のリフレインなのも典型的なようでいて、だからこそ逆にいまどきあまりやられていないような印象もある。ベタなタイプのものが当たり前のように高品質に仕上がっているのだが、そこにすごみのようなものを感じる。

 

「雫の輪」は「MY COLOR」のタイトル・トラック的な曲で、おそらく普通のアルバムであればこれがラスト・ソングなのであろう。「ティー・フォー・スリー」でいうところの「私へ」のような感じだろうか。作詞はconnieさんで、作曲・編曲は冨田ラボこと冨田恵一さんである。

 

アートワークに描かれたメンバーカラーのドットは実は雫であり、それはメンバーそれぞれの生命をも意味していることを知る。重ねてきた日々と未来への想いが込められた素晴らしい曲であり、15周年を記念するに相応しいように思える。この曲をライブで聴くことを想像しただけで、なんだか感動的な気分になってくる。この曲で終わってもアルバムとしては成立するし、間違いなく大傑作である。しかし、最後にもう1曲、「15」という曲が収録されている。

 

なんとアップテンポのテクノポップ風である。これは意外だった。と思って聴いていると、「ずっと ずっと 悔しい気持ちで歌い続けてた」「ずっと ずっと 泣いたりしながら 踊り続けた」、これはNegiccoヒストリー的なインタビュー記事でよく語られている、活動初期における実際の状況である。たとえば2013年リリースの「愛のタワー・オブ・ラヴ」には「誰にも話せない ブログにも書けない そんな悲しみだって」という歌詞があるが、これも活動初期におけるそのような状況について歌われたもののようにも取れる。それでも、「ヤッホー 声は届いてる?」と明るく歌う。そして、「見えなくても 歩いてきたよ」である。この過程をずっと見てきたconnieさんだからこそ書けた歌詞であり、そこにリアリティーが宿っているのであろう。この部分は後の方では、「辿った道 景色がいいよ」と歌われる。陽気なテクノポップに乗せてである。そして、わすか2分程度の曲の終わりに気づくのだ、これは2003年のでビュー・シングル「恋するねぎっ娘」にそのまま繋げられる。それでこのテクノポップ的な曲調だったのか。驚いた。

 

ここまでが通常盤、あるいは初回限定盤のDISC 1である。続けて、初回限定盤のDISC 2も聴いてみる。

 

1曲目はNao☆ちゃんのソロ・シングル「菜の花」から表題曲である。このシングルは今年の4月11日にリリースされた。作詞はNao☆ちゃん自身が行い、作曲をROUND TABLEの北川勝利さんが手がけている。Nao☆ちゃんのキャラクターをそのまま音楽にしたような、明るくて聴いていてしあわせな気分になれる曲である。続いて、Meguが昨年の6月2日にリリースしたソロ・シングル「星のかけら」で、今回が初CD化となる。Meguの持ち味であるキャンディーボイスによって歌われるフィール・グッド・ミュージックは、さよならポニーテールのマウマウによるものである。3曲目のKaede「あの娘が暮らす街(まであとどれぐらい?)」は昨年の9月17日にリリースされたソロ・シングルで、これも今回が初CD化である。ギター・ロック好きのKaedeが特に気に入っているバンドの1つ、スカートの澤部渡さんが書いている。「私はこれからを思うといま 気分がいいんです」というところがすごく良い。

 

そして、4曲入りのDISC 2で最後に収録されているのが「はじまりの場所」である。作詞はNao☆ちゃん、作曲はconnieさん、編曲をconnieさんと長谷泰宏さんとShiggy Jr.が行っている。Shiggy Jr.はNegiccoと一緒にライブを行ったり、アルバム「Rice&Snow」収録(初出はシングル「光のシュプール」のカップリング)の「1000%の片想い」を提供しているほか、メンバーの森夏彦さんがNegiccoの大ファンということでも知られている。「MY COLOR」のDISC 2は配信もされていないため、この曲はこの初回限定盤のDISC 2でしかいまのところ入手することができない。

 

タイトルがあらわしている通り、Negiccoとしての活動を始めた頃の気持ち、風景、記憶を描いた素晴らしい歌詞が素晴らしい。そして、Shiggy Jr.によるバンド・サウンドと長谷泰宏さんがアレンジしたストリングスの組み合せが、この世界観を美しく力強いものにしている。

 

まだまったく聴き込めてはいなく、最初に何度か聴いただけでの感想であり、今後、また変わっていくとは思うのだが、とりあえずのところを簡単に記録してみた。

 

まとめると、Negiccoの15周年を記念するアルバムとしていろいろな意味で相応しい作品であり、音楽性がより幅広くなっている上に、熱量もひじょうに大きい。それでいて、お洒落で良質なポップ・ミュージックとして完成度がひじょうに高く、大人のポップス・ファンにも自信をもってすすめられる。それぞれのボーカルが魅力的だが、特にMeguがこれまでとは違った歌い方にチャレンジしていて、新境地を感じさせてくれた。音源だけでも十分に素晴らしいのだが、おそらくこれをライブで聴くことによってさらに新たな感動のディメンションに達するであろうことが容易に想像でき、だからこそそれが待ち遠しくて仕方がない。それまで、このアルバムをもっとさらに聴き込もうと思う。

 

 

 

 

 

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