マッドネス「アワ・ハウス」などのこと。 | …

i am so disappointed.

1983年の全米ヒット・チャートで強く印象に残っているのは、前年の秋にリリースされたマイケル・ジャクソンのアルバム「スリラー」からヒット曲が連発されたこと、そして、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンと呼ばれたイギリス出身アーティストの活躍だろうか。この年の年間1位はポリス「見つめていたい」だったが、これすらもブリティッシュ・インヴェイジョンの流れの中で起こったことのようであった。

 

1983年5月28日付の全米週間シングル・チャートの1位は、アイリーン・キャラ「フラッシュダンス~ホワット・ア・フィーリング」である。前週に1位であったデヴィッド・ボウイ「レッツ・ダンス」はこの週、2位にランクダウンしているのだが、勢いをあらわす星印は付いたままである。つまり、「フラッシュダンス~ホワット・ア・フィーリング」にはそれ以上の勢いがあったということである。この曲はこの年に公開された映画「フラッシュダンス」の主題歌だが、日本でも大ヒットし、洋楽では1980年のノーランズ「ダンシング・シスター」以来の週間シングルランキング1位に輝いている。

 

第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンについては、1981年に開局した音楽専門のケーブルテレビ局、MTVの影響が大きいとされている。デュラン・デュランやカルチャー・クラブといった第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの中心的なバンドはビジュアル面においてひじょうに目新しさがあり、それがアメリカの若者に受けたといわれている。

 

この週のチャートにおいては、5位にトーマス・ドルビー「彼女はサイエンス」、8位にカルチャー・クラブ「タイム」、12位にネイキッド・アイズ「僕はこんなに」、21位にデュラン・デュラン「リオ」、22位にデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ「カモン・アイリーン」、26位にカジャグーグー「君はTOO SHY」などがランクインしている。

 

また、この週はトップ40に初登場した曲が7曲とひじょうに多い。マイケル・ジャクソン「スリラー」からは前年の秋に先行シングルとしてリリースされたポール・マッカートニーとのデュエット曲「ガール・イズ・マイン」が最高3位の後、この年になってから「ビリー・ジーン」「今夜はビート・イット」がすでに続けて1位を記録していた。次にシングル・カットされた「スタート・サムシング」は41位に初登場していて、初週でのトップ40入りには惜しいところでならなかった。

 

第1次ブリティッシュ・インヴェイジョンが起こったのは1960年代で、中心的なバンドはビートルズやローリング・ストーンズである。この週、50位から37位に大きく順位を上げ、久しぶりのトップ40入りを果たしたのは、第1次ブリティッシュ・インヴェイジョンでも活躍したキンクスの「カム・ダンシング」であった。

 

そして、前週の52位から40位に上がり、マイケル・ジャクソン「スタート・サムシング」の初週トップ40入りを阻んだのは、やはりイギリスのバンドであるマッドネスの「アワ・ハウス」であった。

 

当時、高校生であった私はテレビ番組「ベストヒットUSA」などで、これら全米ヒット曲のビデオをよく観ていた。現在はミュージックビデオと呼ぶことが多い印象があるが、当時はプロモーションビデオと呼ぶことが多く、それからビデオクリップと言うようになった。いわゆる第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの最初の大きなヒット曲はおそらく1982年(リリースは1981年)のヒューマン・リーグ「愛の残り火」であろう。アメリカのアーティストによるビデオと比べ、どこか暗さを感じさせるものであった。1983年になるとデュラン・デュラン「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」、カルチャー・クラブ「君は完璧さ」などがチャートの上位に入ってくるようになるのだが、これらは最高2位止まりで、この頃に1位になったイギリスのバンドによる曲といえばデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ「カモン・アイリーン」であった。いまとなってはじつにソウルフルで味のあるケヴィン・ローランドのヴォーカルが当時は独特すぎて、ひじょうに素っ頓狂なものにも感じられたし、ボロルックのような服装もデュラン・デュランなどのきらびやかさとは真逆のようであり、ひじょうに印象的であった。

 

そして、マッドネスだが本国のイギリスではスペシャルズ、セレクターらと共にスカ・リバイバルのムーブメントの中から登場し、1970年代の終わりから数々のトップ10ヒットを連発していたが、アメリカではまだヒット曲がなかった。日本では1981年にホンダのシティという小型自動車のテレビCMに出演していて、そこで流れていた「シティ・イン・シティ」のシングルもオリコン最高26位とそこそこ売れていた。

 

 

「アワ・ハウス」は歌詞においてはイギリス労働者階級の日常生活を描写し、ビデオではその世界観をメンバーがユーモラスに演じている。第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンでヒットした曲にはシンセサイザーやドラムマシンといった電子楽器を用いたものが多いような印象があるが、「アワ・ハウス」はそのような曲ではなく、むしろブリティッシュ・ポップのトラディショナルな部分を継承しているように思える。この曲が収録されたアルバム「ザ・ライズ・アンド・フォール」は伝統的なイギリス性とでもいうようなものをコンセプトとしたアルバムのようで、キンクス「ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ」のある部分を引き継ぎ、ブラー「モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ」に橋わたしをしたようにも思える。「ライズ・アンド・フォール」はアメリカではリリーズされていなかった。

 

「アワ・ハウス」は全英5位、全米7位のヒットを記録したのだが、特にアメリカにおいては当時の他のヒット曲と比べ、まったく異質な音楽性であり、リアルタイムでヒットチャートを追いかけていたにもかかわらず、いまだに不思議であり痛快である。

 

「アワ・ハウス」が全米週間シングル・チャートで最高位の7位を記録したのは1983年7月23日付においてであり、この週の1位はポリス「見つめていたい」である。「アワ・ハウス」の1ランク上にはキンクス「カム・ダンシング」、1ランク下にはデュラン・デュラン「プリーズ・テル・ミー・ナウ」がランクインしている。

 

この頃のマッドネスのビデオなどに見られるスタイリッシュでありながらユーモラスな雰囲気は、ブリットポップ期のブラーにも音楽性のみならず、大きな影響をあたえたように思える。

 

 

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