アメリカのアーティスト、ジャネール・モネイの最新アルバム「ダーティ・コンピューター」が数日前にリリースされた。現在のポップ・ミュージック界にとってひじょうに重要な作品になることは間違いなく、先行トラックのクオリティーからもひじょうに高い期待をいだいていたのだが、それをはるかに上回る仕上がりであった。
前作「ジ・エレクトリック・レディ」が全米アルバム・チャート5位のヒット、女優としても「ムーンライト」「ドリーム」といった作品に出演し、高い評価を得た。SF的なイメージやアンドロイドとしてのオルター・エゴ用い、表現活動を行ってきたジャネール・モネイだが、それは女性でアフリカ系アメリカ人である自分自身の音楽業界における存在を反映したものでもあったのだろう。
これまで、ジャネール・モネイはセクシャリティーについての質問に対しては、「私と付き合う相手はアンドロイド」だけと、パブリック・イメージに沿った回答をした上で、LGBTQコミュニティーへの支持を表明していた。
たとえば1980年代のプリンスがそうであったように、ジャネール・モネイには存在や作品によって、社会に多様性を肯定させるメッセージをあたえる力があるように思える。ドナルド・トランプのような差別主義者が大統領に就いているアメリカにおいて、このメッセージはより必要とされるものであろう。
マイノリティーの自由や権利をより制限する方向にすすみかねない昨今の情勢に危機感を覚えてか、ジャネール・モネは最近のインタヴューにおいて、自分自身がバイセクシャルであることをカミングアウトしている。もはや、メッセージは強力かつ明確である。
先行トラックの「メイク・ミー・フィール」はプリンスの「KISS」からの影響が感じられる、ひじょうにキャッチーで強力なポップ・チューンである。生前のプリンスが何らかのかたちでかかわっているのではないか、という話もあるようである。ジャネール・モネイは生前のプリンスと親交があり、やはりその強い影響を受けている。また、ジャネール・モネイの初期からのファンといえば、スティーヴィー・ワンダーがいる。「ダーティ・コンピューター」にはジャネール・モネイとスティーヴィー・ワンダーとの会話が、インタールードとして収録されてもいる。
あるとき、ジャネール・モネイはプリンスのマディソン・スクエア・ガーデンでのライヴに招待されていたのだが、同時期にスティーヴィー・ワンダーとロサンゼルスで共演する話もあったのだという。プリンスはジャネール・モネイに対し、スティーヴィー・ワンダーとの共演を選ぶことをすすめたようだ。
アルバムのオープニング・トラック「ダーティ・コンピューター」では、何とビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンが衰えることのない美しいコーラスを聴かせてくれる。他にファレル・ウィリアムス、気鋭の女性アーティスト、グライムス、レニー・クラヴィッツの娘であるゾーイ・クラヴィッツなどがゲスト参加している。
セクシズムやセクシャル・ハラスメントの問題については、性犯罪天国ディストピアニッポンでもやっと話題になりはじめ、あるべき状態との乖離はいまだにすさまじいものではあるが、少しずつ良い方向に動きはじめてはいるのだろう。
女性の自由や権利を制限し、苦しめたり傷つけることによって成り立ってきたいままでの状況が変わることによって不利益を被ると思っているらしき人たちは社会的な問題から自分自身を切り離し、なるべく楽して好きなことだけをやっていたいから、何かと不満げで冴えないことをブツブツ呟いているのだが、いずれ本当にタダ乗りができなくなったときに気がつくのでも遅くはないので、せめて邪魔はしないであげていただきたい。
また、マイノリティーを差別したり無視したりすることまでを認めてこそ本当の多様性だ、などと赤っ恥レベルのことをあたかも正論のように垂れ流して気持ちよくなっている周回遅れのクソ相対主義バカとかもいずれ完全に時代に取り残されていくので、問題にする価値も無いだろう。言うべきことが無いならば黙って入ればいいものを、やはり何かと不安なのであろう。
ジャネール・モネイの「ダーティ・コンピューター」は、周回遅れのクソ相対主義バカがいうのではない、本当の意味での多様性の肯定というひじょうに重要なメッセージを、最新型のポップ・ミュージックという形式で実現した素晴らしいアルバムである。
また、ジャネール・モネイはアーティストや女優としての活動の他に、「#MeToo」運動にに先がけて「フェム・ザ・フューチャー」という団体を立ち上げるなど、アクティヴィストとしての活動も積極的に行っているという点においてひじょうに新しい。このアーティストの存在は、希望である。
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