その幸福なメロディーを、届けて...。 | …

i am so disappointed.

WHY@DOLLの二人が札幌に帰っていた理由とは、ちはるんの妹の結婚式だったようである。余興では新郎新婦や友人達も交えて「恋なのかな?」で盛り上がったとのこと。

 

また、ちょうど札幌で行われていたONIGAWARAのライブを見学にも行ったということで、満喫しているようである。

 

WHY@DOLLのアルバム「Gemini」の3曲目に「Ringing Bells」という曲が収録されていて、私はこれを冬の曲だと思っていたし、他の人達にもわりとそう思われがちだということである。しかし、特に冬を意識してつくられたわけではなく、季節はあまり関係ない、ということをメンバーは言っている。

 

今回、この曲のことをブログに書こうと思い、ライブの動画を探していたところ、「WHY@DOLL~ほわどるに恋なのサー~」の前身番組「WHY@DOLLの~ほわどるの曖昧ROOM~」の生ライブで披露した回が見つかった。そこでも、やはり「Ringing Bells」には季節は特に関係がないということを言っていた。

 

「Gemini」のCDに付いているSunnyさんによる素晴らしいライナーノーツによると、この曲のストーリー原案はWHY@DOLLのメンバー二人が協同で設定したということである。

 

しかし、ポピュラー作品というのはえてして制作側の意図とは異なったかたちで受け取られ、それがまた新たなストーリーを生むようなものなのであろう。

 

私がアルバム「Gemini」をはじめて聴いたのは、昨年の11月後半のことである。このブログではよく書いているように、はじめて聴いたのが同じ月にリリースされた「菫アイオライト」で、音楽はとても気に入ったが、まだ音楽を聴いて楽しんでいただけであり、メンバーの名前すら知らないような状態であった。

 

そのわりとすぐ後ぐらいにクリスマスのプレイリストをつくったのだが、例年の定番曲に加えて、Tomato n' Pineの「ジングルガール上位時代」やWHY@DOLLの「Ringing Bells」を新たに加えていた。Negiccoの「光のシュプール」も入れかけたのだが、確かに冬の曲ではあるが、別にクリスマスソングではないなと思って、外したのであった。だからその時点で、私は「Ringing Bells」のことを完全にクリスマスソングとして認識していたわけである。

 

WHY@DOLLのクリスマスソングといえば、間違いなく「パウダースノウ」の方なのだが、当時はまだその曲が収録されているミニアルバム「NAMARA!!」をちゃんと聴いてはいなかったのだと思う。

 

「Ringing Bells」の歌詞を確認してみると、確かにクリスマスについての言及は一切ない。ベルというところから「ジングル・ベル」を連想してそう認識したのかもしれないのだが、それだけでは理由として弱いような気がする。

 

「Gemini」のライナーノーツを読むと、「欧米の朝の郊外を連想させる非日常な風景」だとか「UKギターポップを彷彿とさせる」などと、私が聴いて感じていた印象とはかなり異なった語句が並んでいる。

 

なお、このライナーノーツによると、「Ringing Bells」においては、スキャットも全てWHY@DOLL自らによってレコーディングされているのだという。

 

WHY@DOLLの音楽が好きなのは、私が10代や20代の頃に愛好していたシティポップやいわゆる「渋谷系」の影響が感じられ、それが最新型のポップスとしてアップデートされているようだからである。

 

そして、ちはるんが生まれた1993年1月21日とはーちゃんが生まれた1995年4月1日の間に、そのエッセンスが凝縮されているようにも感じる。もちろんこれはWHY@DOLLの音楽のある側面についての話であり、全体にはもっと幅広いし、奥深くもある。

 

「渋谷系」の代表曲とされるピチカート・ファイヴ「東京は夜の七時」やスチャダラパー featuring 小沢健二「今夜はブギーバック」などは、この時期にリリースされている。また、ニルヴァーナのカート・コバーンが自らの命を絶ち、英国のインディー系ギター・バンドがヒット・チャートを席巻した。私の音楽ファンとしての黄金時代といえば、おそらくこの時期なのだろう。これらの音楽と出会うため、好きなレコード店やCDショップがたくさんあった渋谷にはよく出かけていた。その後、しばらく疎遠になるのだが、今年の夏からWHY@DOLLを観るために、またよく行くようになった。

 

当時、「渋谷系」にカテゴライズされるような音楽を好んでいたファンの間で人気があったのが、スウェディッシュ・ポップである。文字通り、スウェーデン産ポップスのことなのだが、60年代のポップスに影響を受けたようなノスタルジックでオーガニックな音楽性が、いわゆる「渋谷系」のテイストとも共通しているところがあったように思える。2枚目のアルバム「ライフ」は日本でもかなり売れ、特に先行シングルの「カーニヴァル」を耳にすることは多かった。

 

私が「Ringing Bells」をはじめて聴いた時に思い出したのは、じつは「UKギターポップ」ではなく、こちらの方であった。

 

そして、この曲が収録されたアルバム「ライフ」は、1995年3月25日、つまりはーちゃんが生まれる1週間前に日本発売されている。

 

日本ではアイドルグループ、東京パフォーマンスドールのリーダーであった木原さとみがグループを卒業したその年の10月に、カバーバージョンをリリースし、それは数ヶ月前にリリースされた、小西康陽さん選曲によるコンピレーションCD「エース2」にも収録されている。

 

にもかかわらず、「Ringing Bells」を聴いて私が思い浮かべたのは、クリスマス前の札幌であった。つまり、雪が降っている。街はどこか急いでいて、イルミネーションが輝いている。その非日常的な雰囲気が、恋の気分を高めるのである。歌詞に出てくる「時計台」は、あの札幌の観光名所を想像させるのだが、デートの待ち合わせをあそこでする人はあまりいないような気がする。「ショウウインドウは Full-Length Mirror」は、札幌PARCOのイメージである。なぜなら、高校2年の夏休み、おそらく一度しか開かれなかったであろうRCサクセションとサザンオールスターズとのジョイントライブに、当麻町から通っていた少し悪い女子と観に行った時、彼女は札幌PARCOのショーウインドウに映る姿を見て、全身をチェックしていたからである。その時、カルチャー・クラブの「ポイズン・マインド」が流れていたことまで、なぜかはっきりと覚えている。

 

「Ringing Bells」はスタイリッシュな女の子の一日を描いているようではあるが、じつは「SNSのタイムラインをチェックしてメイク」とか、わりと普通のことを背伸びしたような感じでカッコよく歌っているところが、また微笑ましくもあり、素晴らしいなと思うのである。あと、「首筋にPerfume あなたを待つの」は、個人的にすごく好きなのだが、その後ですぐに「Soohiscated Girl!」とか自分で言っちゃところが、本当にもうたまらない。

 

クリスマス前を最後に北海道で過ごしたのがいつだったかと考えると、それは高校3年の時である。それ以来、この時期に北海道にいたことは一度もない。ちなみに当時、旭川の高校生が待ち合わせに使う場所と言えば、ファッションプラザオクノの大きな時計の下であった。あの時計は、いまはもう撤去されている。私がはじめて参加したサイン会は、小学生の頃にここの地下で行われた読売ジャイアンツの選手によるものであった。

 

昨年、タワーレコード錦糸町店でのNegiccoのイベントの際に、特典券を回収していた熊さんにこの話をして、そういえば熊さんは小林繁元投手と誕生日がまったく同じだというような話で盛り上がり、気がつくと前のファンの方にサインを終えたぽんちゃが待っていた。

 

ここで、私が「Ringing Bells」を聴いて、すぐにクリスマスソングだと錯覚した理由が分かったのである。

 

北海道で過ごした最後の冬、私が買ったクリスマスソングのレコードといえば、菊池桃子の「雪にかいたLOVE LETTER」であった。これは紛れもなく、アイドルによるクリスマスソングである。当時、「よい子の歌謡曲」という、アイドルや歌謡曲のことをいろいろ書いて載せるような雑誌があり、一部ではそこそこ人気があった。私はこの雑誌に時々投稿して、載せてもらえることもあった。この「雪にかいたLOVE LETTER」についても、菊池桃子が表紙の号に掲載していただいた。その号はどこかに行ってしまったのだが、上京してからしばらくして、中野ブロードウェイの古書店で見つけたので買っておいた。しかし、またどこに行ったか分からなくなった。

 

この年の夏、菊池桃子は「SUMMER EYES」というシングルをリリースしていて、札幌でも握手会を行った。会場は、デパートの屋上だったと思う。これが私がはじめて参加したアイドルの握手会であった。

 

アイドルには地方出身者も多いのだが、菊池桃子の出身地は東京の品川区である。80年代アイドルで最も好きな松本伊代も、東京の大田区出身である。当時、北海道にいて東京出身のアイドルを応援していた。まさかそれから数十年後に、東京で北海道出身のアイドルを応援している未来など、もちろん想像していなかった。

 

当時、菊池桃子の音楽をプロデュースしていたのは、シティポップ畑の林哲司であり、デビュー・アルバムの「OCEAN SIDE」など、サウンドだけ聴けばフュージョンやAORである。しかし、ボーカルが入るとこれがアイドルポップスでしかありえない、という感じになるのである。そこも含めて好きだったのだが。

 

さて、その「雪にかいたLOVE LETTER」だが、曲のかなりはじめの方に、このような歌詞がある。

 

「遠い教会の鐘の音 古いオルガンが聞こえる」

 

そう、この時点でおそらく私には、「鐘」といえばクリスマスソングという刷り込みが、かなり強くされていたのであろう。

 

何だか懐かしい気分になって、ライブやイベントでたくさん買ったWHY@DOLLのCDが収納されているライティングデスクの下の引き出しをゴソゴソやっていたら、当時の「よい子の歌謡曲」が発掘されたので、誰も興味がないとは思うが、18歳の私が旭川で書いた「雪にかいたLOVE LETTER」のレヴューを全文転載しておきたい。

 

冬だからクリスマスソングをやる、というお目出たいノリは大好きです。と、いうわけで桃子ちゃんのクリスマスソング。僕はクリスマスソングが大好きです。他愛のないラブソングが”クリスマス”というシチュエーションを与えられただけで、とてもリアルに感じられるのは僕だけでしょうか。

 

何かが終る、という危機感はとても好きです。その危機感に伴う退廃的なイメージというのは、いつでもとても美しくて、僕はクリスマスにそれを感じるのです。クリスマスは終局のセレモニーめいていて、夜空をデパートのクリスマスツリーのライトに照らされながら雪が舞い降りて、その中をリボンのついた包みを抱えた人々がクレッシェンドするジングルベルをBGMに家路を急ぐ...。街全体が終りに向って突っ走っている。何が終るのか。今年が。ただそれだけ。今年が終ったところで何が変わるわけじゃない。なのに、誰もが急いでいる。誰もが最後の努力に身を委ねている。そんなクリスマスだから、ほんとはそんなに焦るべきじゃないことまで、切迫したものに思えて来てしまう。だけど、僕はこの緊迫感がとても好きだ。

 

この曲は最初に聞いた時は「大したことないや」と思っていたのですが、詞を聴いて(※原文は「聴いて」に傍点)そんなこと考えてたらなんだかとても切ない気分になってしまいました。片思い彼に雪の上に指でラブレターを書くなんててんで爆笑だけど、クリスマス・イブの街で流れてきたら、きっと感激しちゃうだろうな。そんなよくわからない気分を幸せで満たしてくれたのは桃子ちゃんの「メリー、クリスマス」でした。

 

桃子ちゃん、君に出会えてほんとに良い年だったよ。

 

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当時から、ひじょうに気持ち悪いですね(この号では他に原田知世「天国にいちばん近い島」、爆風スランプ「よい」のレヴューも掲載していただいている。こういうことばかりやっているから、大学受験で惨敗したのであろう)。

 

WHY@DOLLは、このように私に現在、過去、未来のすべてについて考えたり思い出させてくれたりするから、すごく良いと思うのだ。

 

↓(1:04:58あたりから「Ringing Bells」)

 

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