いまから3年前、2014年の11月26日には横浜にいて、雨が降っていた。その日のコンサートをもって道重さゆみがモーニング娘。’14(当時)を卒業し、芸能活動も休止することになっていた。つまりこの時点では、今後もう二度と道重さゆみの姿を見たり声を聞いたりすることが無いという可能性もあったのである。実際にその状態は約2年4ヶ月ほど続いたのだが、今年の3月に芸能活動を再開した。いま思うとそれなりに長い年月であり、流れの早いアイドル界においてはなおのことである。それでも、ほとんどブランクを感じさせないところはやはりすごい。
その日のコンサートはアクシデントさえも伝説を彩るアクセントのように感じさせるほど、素晴らしいものであった。そして、「変な人たち、サンキュー!」の名言がいまも記憶に強く残っている、あの名スピーチがあった。そして、その後にソロで歌ったのは、メロン記念日の「赤いフリージア」であった。
メロン記念日は1999年にモーニング娘。の妹分というような感じでデビューしたアイドルグループであり、「赤いフリージア」は8枚目のシングルとして、2003年1月29日にリリースされ、オリコン最高10位のヒットを記録したようである。
私が道重さゆみの魅力に気がついたのは2007年、モーニング娘。が「笑顔YESヌード」をリリースした頃である。国民的アイドルグループのような存在であった人気のピークはすでに過ぎていて、ファンも高齢化、先鋭化していたような印象が残っている。当時のメンバーは吉澤ひとみ、藤本美貴、高橋愛、新垣里沙、亀井絵里、道重さゆみ、田中れいな、久住小春、そして、新加入の光井愛佳の9人であった。
それ以前は、モーニング娘。にもアイドルにもまったく興味が無かった。中学生や高校生だった頃にはブームだったし、当時のアイドルたちとほぼ同世代ということもあり、普通に好きだったのだが、上京して大学生になってからは、ほとんど興味が無くなったし、おそらくこのままいくのだろうとずっと思っていた。
だから、メロン記念日の「赤いフリージア」についても、リリース当時はまったく印象が無い。その頃、モーニング娘。6期メンバーのオーディションが行われていて、この曲が課題曲になっていたようである。道重さゆみの魅力に気がついてから、やはり過去の映像や音源もいろいろと探しはじめるのだが、この当時のものもあり、「赤いフリージア」を歌う道重さゆみの歌唱力が、かなり破壊的なのである。
明石家さんまのアシスタントを務めていたMBSラジオ「ヤングタウン土曜日」で話したところによると、当時、道重さゆみは音程の存在を知らず、歌詞を発声してさえいれば、歌になるものだと思っていたらしい。
普通に考えてあのレベルの歌唱力の応募者がオーディションには合格できないと思うのだが、プロデューサーのつんく♂はこれをかなりおもしろがり、ある意味においては自分の師匠である、とまで評価している。
先日、現役のあるアイドルがこの曲をカバーしているのを観た。当時、テレビでこのオーディションの映像を観ていて、「赤いフリージア」を良い曲だと思ったらしい。それから、メロン記念日のオリジナルも聴いたのだという。
この曲からモーニング娘。としての人生がはじまったという意味もこめて、卒業コンサートにおいて、ソロで最後に歌う曲として選んだと思うのだが、オーディションの時とは違い、しっかりちゃんと歌えていた。
この曲の歌詞では、出会ってから1年になる恋人との関係がこれからもずっと続いてほしいと願うのだが、その思いがあまり強くなりすぎないように、「そんな優しさ 初めの頃だけね」「つまらない映画よりも 現実はただマンネリね」「幻ならばそれでいい」などと予防線を張る、絶妙に微妙な乙女心がヴィヴィッドに描写されている。それでも、やはり本心は「いつまでも Ah 赤いフリージア プレゼントすると誓ってよ」であり、「信じることにするわ 二人の運命」ということなのである。
先日、たまたま私がこの曲をカバーしているのを観た現役アイドルには、自らが作詞した曲もあり、そこでは真冬にはじまった恋が運命であり、永遠に続きますように、という願いが込められているようにも思える。
愛を永遠に保ち続けることは、ひじょうに困難である。大人になればなるほど、その実感は強いものになるし、そもそもそれは幻なのではないかという疑念が湧いてくる。だからこそ、このような表現を尊いものとして感じられるのであろう。
それはそうとして、このあまりにも思い入れの強い曲が、不意打ち気味に、いまわりと好きなアイドルによって歌われたことの方が寧ろ運命的なのではないか、などと思ってしまうのである。
![]() |
モーニング娘。’14 コンサートツアー2014秋 GIVE ME MORE LOVE ~道重さ...
4,320円
Amazon |
