冬へと走りだそう。 | …

i am so disappointed.

WHY@DOLLのライブやイベントに行った時に特典会で撮影してもらったチェキを財布の中で保管していたのだが、枚数が増えてきて、それも限界に達しつつあった。他のものに移さなければならないのだが、家の人に見つかるわけにはいかない。アイドルポップスのようなものがなんとなく好きであることは知られているものの、いわゆる在宅の楽曲派というような認識にとどまってはいるのだろう。そのような用語を知らないとは思うのだが。

 

Amazonでチェキのアルバムを検索したところ、いろいろ売られているようではあったが、鍵が付いているようなものは見つけられなかった。いつかの特典会でチェキを隠し持つために鍵つきの金庫を買わなければいけないなどとくだらない話をしていたところ、ちはるんから「でも、そうしたら鍵を失くすと大変ですね」というような、身も蓋もないことを言われた。

 

先日、ダイソーに備品を買いに行った時に、小さなチェキのアルバムが売られているのは確認していて、それでももう少しちゃんとしたものを買おうと思ってはいたのだが、よく分からなくなってきたので、急場しのぎでこれを買うことにした。表紙にはエッフェル塔のようなイラストが描かれていて、「TRAVEL」「SWEET TIME」などと印刷されている。確かにWHY@DOLLのライブやイベントはある意味で心の旅のようなものではあるし、タワーは「Tokyo Dancing」「恋はシュビドゥビドゥバ!」のダンス動画に映っている東京タワーやさっぽろテレビ塔と、ゆるく繋がっているようでもある。

 

20枚が収納できるということだったので、当分は大丈夫だろうと思ったのだが、財布に入っていたすべてと郵送で届いたものを日付順に収納すると、あと3枚分しか残っていなかった。

 

真夜中近く、電車で下北沢に向かっていた。iPadでダウンロードしたばかりの「NME」最新号を読む。イギリスの音楽メディアで、1952年からずっと発行されている。数年前からはフリーペーパーになっていて、スマートフォンやタブレットのアプリケーションでも読むことができる。私はこれを1992年の春、ブラーが来日した時の写真が表紙の号から読んでいる。一時的に読まなくなったり、また読むようになったりを繰り返しながら、今日に至る。現在はおそらく広告によって成り立っているのだが、以前に比べると文章の量はかなり減ってしまったし、内容もひじょうにマイルドなものになっている。しかし、そのポップな感覚がずっと好きで、いまもまだ読んでいる。

 

ウィーザーの最新アルバム「パシフィック・デイドリーム」が「アルバム・オブ・ザ・ウィーク」に選ばれていて、ビーチ・ボーイズの影響を受けている作品のようだったので、とりあえず聴いてみようと思った。Apple Musicで検索するが、通信状況が思わしくなく、表示できないまま下北沢に到着した。

 

昼間だけではなく、真夜中から朝にかけても仕事をする日が今週は多く、少し空いた時間にiPhoneのホーム画面を確認すると、ツイッターの通知が表示されている場合がある。前日は「浦谷はるな(WHY@DOLL/ほわどる」のアカウントのものが届いていて、タップすると真夜中にダンスムービー撮影中というツイートが表示されたのだが、この日はそれがいくつもあった。後でまとめて見ようと思い、それを楽しみにしてやるべき作業を継続した。

 

ここのところ、軽いストレス的なものを物を食べることによって解消するという、ひじょうに良くないことをやっているのだが、自覚はあるのでまだましな方だとは思う。そのため、空腹という状態がほとんど無いし、一日に何食を食べたのかもよく覚えていない。絶対に良くないので、なるべく早いうちにこの状況を脱したい。そして、この日も短い休憩時間の間にラーメン店に行き、「特らーめん(濃)」などという、明らかにこの時刻に食べると体に負担がかかりそうなメニューをあえて注文した。

 

待っている間、「浦谷はるな(WHY@DOLL/ほわどる」のツイート告知をタップし、確認したところ、「humパーカー」とか美しい画像だとかサメの形をしたスリッパだとか、いろいろあって良かった。「humパーカー」というのは、どうやらオリジナルグッズのようである。「hum」はおそらくツイッターアカウントの「@humhum0401」と関係があるのだろう。いつかの特典会にて、チェキにサインをしてもらう時に私のハンドルネームの由来を聞かれて、それは特に何も考えずにブログ名の頭文字になんとなく「jp」的なものを付けてみただけだ、というようなことを答えた。その時、はーちゃんのアカウント名も特に深く考えず決めたというようなことを言っていたような気がする。「0401」は誕生日の4月1日で、「hum」のうちの2文字は名前のイニシャルだとして、最後の「m」は一体どういう意味なのだろう。ラーメンを待つ時ですらWHY@DOLL関連のネタばかり考えているのもどうかと思い、目の前にあったお店のコンセプト的なものが書かれたものを読んでいると、そこにもWHY@DOLLのマネージャーの名前と同じ、九州の地名が書かれていた。

 

朝まで仕事をして、早朝に帰宅して眠れるまで「レコード・コレクターズ」のザ・スミス特集を読んだりして過ごした。iPhoneで検索すると、ウィーザーの「パシフィック・デイドリーム」はすでにApple Musicにも追加されていた。しかし、すぐには聴かない。パソコンの電源を入れ、iTunesを起動し、ライブラリに追加された「パシフィック・デイドリーム」のアーティスト名をカタカナの「ウィーザー」から英語の「Weezer」に書き換える。この操作はパソコンからしかできない。これをやると、同期しているiPhoneでもアーティスト名が英語になる。iTunesやiPhoneで聴いた音楽を勝手にカウントして集計するlast.fmというのがあって、10年ぐらい前から使っていたのだが、数年前にiTunesのアップデートか何かでうまくいかなくなったので、それ以来、放置していた。少し前に当時からインターネット上では繋がっているが会ったことは10年で一度しかない、とあるロック少女からマイルドな勧誘があり、ふたたびはじめたというわけである。それからのランキングにおいては、WHY@DOLLが圧倒的な1位だが、過去の累計ではまだまだ下位の方であろう。このランキング上でアーティスト名が英語とカタカナに分かれていると集計がうまくいかず、見た目もなかなかダサいという理由から、いちいちこの面倒な作業を行っているのである。

 

ウィーザーというアメリカのバンドは、1990年代のブレイクしはじめの頃から、60年代ポップスのようなキャッチーなメロディーをオルタナティヴロック的なサウンドでやることに定評があり、日本でもかなり人気があったはずである。また、フロントマンのリヴァース・クオモは日本人女性と結婚したり、CDの日本盤においてBoA「メリクリ」のカバーをボーナストラックとして収録したりもしていた。

 

「パシフィック・デイドリーム」を聴いてみたが、やはりビーチ・ボーズなどを思い起こさせるポップでキャッチーなメロディーの連続、というか、そもそも「ビーチ・ボーイズ」というタイトルの曲が収録されている。先行シングルは「フィールズ・ライク・サマー」である。秋も深まったこの時期に、このような夏をコンセプトにしたようなアルバムをリリースするというのも、なかなか良いものだ。

 

「夏はただ単なる季節ではない。それは心の状態だ」という一文が、片岡義男の小説「彼のオートバイ、彼女の島」の表紙には書かれていたが、やはり心ではいつも夏を感じていたい。

 

夏の終わりはいつも悲しいもので、スーパーマーケットで早々と秋限定商品のディスプレイがはじまると、もう少し待ってはくれないものかと、いつも心が叫んでいた。それは、おそらく夏になにかやり残したことがあって、その気分は季節とともに遠くに行ってしまうことだったからなのだろう。今年はそう思ったし、だから夏の終わりも悲しくはなかった。なぜなら、夏にやり残したことは無いように思えたし、寧ろその心の状態のまま、冬へと走りだしたいという、そんな気分なのである。750ライダー気取って、アスピリン片手のジェットマシーン、というわけだ。

 

ウィーザーの「パシフィック・デイドリーム」とは、おそらくそのような気分のアルバムでもある。特に目新しかったり珍奇なことは何一つやってはいないのだが、ただ極上のメロディーと歌と演奏によって、理想化された仮想現実の完成度が高められ、それによって心の状態は継続されていく。

 

私はもはやこのような、1990年代あたりのバンドやアーティストが持ち味を保持したまま、円熟していくようなタイプの音楽を心地よいと感じるようになってしまったらしく、少し前にリリースされたリアム・ギャラガーのアルバムなども大好きであった。若かりし頃、新しい音楽を理解せずに、自分たちが青春時代に聴いていた音楽の延長線上のものに耽溺するようなタイプの年上の音楽ファンに苛立ちを覚えたようなこともあったが、つまりこういうことなのだろう。いまは最新の音楽のトレンドが何なのかもよく分かってはいないし、それが良いと思えなかったとしても、それによって時代から取り残されたような、感性が年老いたような、そのような気分への恐怖を感じることがない。かつて、自分が何者かがまだ確立されていなかった頃、新しい音楽の良さが分かることぐらいが、私自身の存在証明のように思って暮らしていたのだろう。もうその必要がなくなったことは、きっと喜ぶべきことなのだろう。

 

新しくても古くても、好きなものは好きだし、興味がないものは興味がない。つい先日、はじめてライブで観たアーティストがそんなことを歌っていたような気がする。

 

1994年の秋に、クラブクアトロでオアシスの初来日ライブを観たのだが、その時にWHY@DOLLのちはるんはすでに生まれていたが、はーちゃんはおそらく母親のお腹の中にいたと思われる。

 

チケットはUKロックが好きだった当時の年下のガールフレンドが取ってくれたのだが、その後に現在の妻との関係がはじまって、彼女とは必然的に別れることになってしまった。それでもせっかくチケットは取ったのだし、これだけは一緒に行こうということになった。携帯電話も持っていなかった時代、どのように連絡を取ったのだろう。ライブは最高であり、一方でほろ苦い思いもあった。すぐ近所に住んでいたので、渋谷から一緒に帰ってきたのだが、当時住んでいたマンションの前で別れた。

 

それから、また偶然に会うことがあって、スウェードの来日公演には行くかという話になって、私は仕事があったりいろいろ忙しいので行かないと答えたのだったと思う。その後、彼女はマニック・ストリート・プリーチャーズを追いかけて名古屋に行ったらしく、スガキヤの味噌煮込みうどんが郵送されてきた。それ以来、連絡を取っていない。いま、しあわせになっていてくれればいいと思う。

 

その少し後の冬の日に祖父が亡くなって、飛行機と札幌からのバスで留萌まで行った。葬儀に参列し、仕事もあったので翌朝早くに東京に戻ってきた。あの時、旭川の実家には帰っていない。そして、それから約13年間、北海道には帰省していなかった。会社の社員旅行では何度か行ったのだが、実家には帰っていなかった。

 

その間に、札幌で生まれた少女たちは成長を重ね、やがて夢を追って芸能活動をはじめ、東京に出てくる。彼女たちが生まれたばかりだったり、まだ生まれていなかった頃、オアシスを観たクラブクアトロから徒歩数分、その頃は三省堂書店だった場所がブックファーストになり、そして、ヴィレッジヴァンガード渋谷本店になった。そこで、今年の8月7日、彼女たちにはじめて会った。

 

 

 

 

 

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