昨年の秋、WHY@DOLLの「菫アイオライト」に続き、当時における最新アルバム「Gemini」を聴いて、すぐに気に入ったのであった。それから今年の8月1日にそれに続くアルバム「WHY@DOLL」が出て、とても良かったのでリリースイベントに行ってみたところ、パフォーマンスも素晴らしくて、それがきっかけとなってその後、いくつかのライブやイベントに足を運ぶことになった。その過程で過去のCDもいろいろ買ったのだが、「Gemini」のブックレットには当時の楽曲の多くに関わっているSunnyさんによるライナーノーツが掲載されていて、これがものすごく読み応えのあるものになっている。
私がWHY@DOLLの音楽を聴いてすぐに気に入った理由とは、おそらくこれまでに聴いて好きになったいろいろな音楽と通じるものがあり、それが日本の女性アイドルポップスとしてアップデートされているように感じたからであろう。
アルバムの3曲目に「Ringing Bells」という曲が収録されていて、これもかなり好きな曲である。ライナーノーツには、「UKギターポップを彷彿とさせる、今までのWHY@DOLLにありそうでなかったサウンド」と書かれている。「UKギターポップ」といえば、私がわりと好きな音楽ジャンルではあるのだが、「Ringing Bells」については、それよりもどちらかというと1990年代半ばに渋谷で流行していたスウェディッシュポップ、中でもその代表作ともいえるカーディガンズ「カーニヴァル」などに近いものを感じた。
見慣れた街に訪れた非日常感や恋のかけひき、そして何といっても「あなたを待つの」という内容の歌詞の存在など、サウンドや曲調以外にもわりと共通点があるように思える。
イギリスではブリットポップ、東京では渋谷系が流行していた、あの平和で楽天的な夏の日の午後、雑貨店やカフェでこの曲をよく耳にした。それほど遠い記憶だとも思えないのだが、あの年のエイプリルフールに生まれた浦谷はるなは、いまやWHY@DOLLのはーちゃんとして、その美しさで多くのファンを魅了し続けている。
当時、渋谷にはレコード店やCDショップがたくさんあって、音楽ファンにとっては夢のような街であった。今日、渋谷系として流通している当時の音楽は、このような状況から生まれたものである。
過去の様々な音楽からの影響を、リスペクトのこもった引用として表現するようなやり方が、当時、最高にカッコよく思えた。
ある時期、仕事が忙しくなったことなどもあって、もう渋谷にはあまり行かなくなっていた。渋谷に行く主な目的はCDやレコードを買うことだったのだが、わざわざ行かなくてもインターネットで海外のサイトから買えるようになり、やがてデータをダウンロード購入するようにもなっていった。そうしているうちに渋谷からレコード店やCDショップはすっかり減っていて、街には広告の音楽のようなものばかりが流れるようになっていた。
街の風景は時代の欲望と共に変わっていくものであり、それを嘆いていても仕方がない。だから、かつての渋谷はまだ六本木ヒルズが無くて六本木ウェイヴがあった頃の六本木と同様に、私の思い出の中で生き続ける街になった。
ところが今年の夏、渋谷はふたたび私にとって、音楽と出会うときめきの街としてよみがえった。はじめてWHY@DOLLのパフォーマンスを観たのは、かつて旭屋書店、その後はブックファーストがあった場所にオープンしたヴィレジヴァンガード渋谷本店であった。代々木公演野外ステージで行われたNegicco、lyrical schoolのフリーライブにオープニングアクトとして出演したWHY@DOLLとはじめてチェキを撮った後、公園通りを下りて行った。
WHY@DOLLのレギュラー公演が毎週行われている道玄坂の渋谷Gladは、いまや私の日常生活の中で最も楽しい時間が流れる場所になった。そして先月、shibuya eggmanにその日の夜に行われるライブの当日券を買い求めようと公園通りの坂を上っていると、「シグナル」の歌詞のように「公園通りを下りて行く」WHY@DOLLを見かけたような気がした。
東京にも急に寒さが訪れて、スーツのジャケットを着て仕事に行った。翌日に予定していた仕事が片付いたため、予定していた以上に時間が取れそうである。それでもやることはたくさんあるので、1つ1つ消化していきたい。そして、髪を切りに行こうと思う。この日に行かなければ、次にいつ行くことができるかまったく分からないような状況である。
寒さが続いているとしたならば、あの失意の春先以来はじめて、あのお気に入りのモッズコートを着て出かけることになるかもしれない。
おそらく人生最高の日だと思っていたあの冬の日のために、あのコートは買ったのだった。その記憶はいくつものガラスの破片のように、いまや散らばってしまっているし、拾い上げてながめようとすると、おそらく指先を切ってしまうだろう。だから、もう少し先でもいいのだろう。
それを埋め合わすことばかりを考え、ただ悲しくて辛い日々が続き、これが死ぬまでずっと続くのかもしれないと、あの頃は本気でそう考えていた。その感覚はすでに遠くに行ってしまい、もはやはっきりと思い出すことすらできない。それは悲しいことなのかもしれない。しかし、けしてそうではないような気もする。
あの日、新しいコート着てはじめて訪れた場所の1つは吉祥寺であった。より新しい記憶によって、悲しみは喜びですべて塗り替えられればいいのではないかと思う。アイドルに対してそのレベルで依存していることは、ひじょうに痛々しいことではあるのだが、当の本人は至って真剣なのである。しかし、それは自分自身の心の内と、おそらく誰もまともには読んでいないであろうこのようなブログで吐き出しておけばいいのだろう。
とりあえず、いわゆる楽曲派のミーハーな大人のファンという設定あたりが無難だと思うので、脇田もなりとの2マンライブが決まってすごく楽しみにしている振りなどをしておきたい。
恋愛が人生において重要なのは、坂口安吾がいうように、それが唯一の花だからなのだが、一方でそれによってより良い人間になろうと努力するからだろうと思っている。私にとってはアイドルを応援することもその1つだと思え、だとすればファン活動も恋愛の代償行為ということになり、突き詰めればいわゆる「ガチ恋」系のファンとどこが違うのかということになり、ひじょうに旗色が悪いのである。だからもちろん曖昧にしておくとして、そのどこが素晴らしいかということについて、あたかも客観的であるかのように語ることによって、昇華させていきたい。
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