サザンオールスターズ 1978-1985 | …

i am so disappointed.

月曜日、本を注文しようと思い、iPhoneのAmazonアプリを見ていると、過去の注文履歴などから抽出されたと思われるおすすめ商品的なものとして、「サザンオールスターズ 1978-1985」という本が表示された。

 

これはおもしろそうだと思った。1978年から1985年、つまりサザンオールスターズがデビュー・シングル「勝手にシンドバッド」から2枚組アルバム「KAMAKURA」までをリリースした時期、私は小学6年生から浪人生までであり、その音楽は生活のBGMとしていつも流れていたような気がする。また、特にその後期においては、その音楽をかなり興奮しながら聴いてもいた。

 

 著者は、スージー鈴木氏であった。確か昨年、「1979年の歌謡曲」という本を出されていて、かなり楽しく読ませていただいた他、その本で取り上げられていた曲でプレイリストをつくったりもしていた。

 

アーティストや曲についての解説もおもしろいのだが、個人的な感想や思い出が綴られている箇所も結構あり、私は特にそこがすごく好きだったのである。それは、著者が私と同学年であるという事実のせいでもあっただろう。

 

まるで大人になってから知り合った同世代の音楽好きと、かつての音楽体験について酒を飲みながら楽しく語り合っているような、読書でありながらそのような気分を味わうことができたような気がする。

 

そして、今回はサザンオールスターズ本である。これがおもしろくないはずがない。すぐに注文しようとしたのだが、売り切れ中で、発送には数週間かかるのだという。確か、そのジャンルでランキング1位になっていたと思う。

 

しかし、新潮新書の新刊ということで、もしかすると駅前の書店あたりで簡単に買えるのではないかと思っていたのだが、やはり明大前の啓文堂書店であっさり買えてしまった。

 

この日は他にもやることがあり、夜遅くなってしまったのだが、少しだけでも読んでみたいと思い、本を広げたのであった。そして、数時間かけて一気に読み終えてしまった。

 

翌日も朝から仕事であったため、さすがにそれから感想をブログに書く気にまではならなかった。

 

この本は1978年から1985年、つまりデビュー・シングル「勝手にシンドバッド」から2枚組アルバム「KAMAKURA」をリリースするまでのサザンオールスターズについて、書かれている。当時のバンドを取り巻く状況やそれぞれの楽曲の解説まで、客観的なデータやきわめて個人的な記憶までを総動員した、愛のある書物である。

 

そして、私はやはり個人的な記憶の部分にものすごい愛着を覚えた。たとえば、上京してから都バスに乗ってポータブルカセットプレイヤー(「ウォークマン」ではない)で「NUDE MAN」を聴いていた時の描写などである。

 

デビュー当時、私と同じく小学6年生であった著者は、「勝手にシンドバッド」でデビューしたサザンオールスターズに、やはり大きな衝撃を受けたようである。そして、当時、サザンオールスターズはやはりある程度、コミックバンドのように受けとめられていた。

 

いまやあまりに国民的バンドになりすぎて、あの記憶は本当だったのかと、やや不安になりがちでもあったのだが、この本を読んで、やはり間違いなかったのだと確信した。しかも、「ザ・ベストテン」の「今週のスポットライト」出演時に、桑田佳祐は「目立ちたがり屋の芸人で~す」とまで言っていたのだという。

 

このような印象を変えたのは、やはり3枚目のシングル「いとしのエリー」の大ヒットであろう。当初、サザンオールスターズがこんな普通の曲をやってどうするのだ、という感想を持ったのは事実であり、先の2枚のシングルを買っていた私が、このシングルは買っていなかった。しかし、何度も耳にするうちに、じつはすごく良い曲なのではないか、と思うようになっていった。

 

ヒット・チャートの上でも初めはあまり上位ではなく、じわじわと上がっていったような印象がある。当時、中学校の同級生と一緒に登校しようと、朝、家に寄ったところ、友人の姉がレコードに合わせて「いとしのエリー」を絶唱する声が聞こえてきた。前夜に、旭川で行われたサザンオールスターズのコンサートに行っていたのだという。

 

この時に、サザンオールスターズはもはやお茶の間のコミックバンドのような存在ではなく、このように中学生女子を熱狂させるようなバンドになってきているのだと、実感したのであった。

 

1980年に入ると、サザンオールスターズは音楽制作に集中するため、テレビ出演などを控えるようになっていった。世間一般的には活動休止というように発表されていたような気がするが、実際にはレコーディングなどをかなり精力的に行っていて、かなり短いスパンでシングルがリリースされたりしていた。

 

レコードのセールスは低迷しはじめ、テレビにも出ていないので、サザンオールスターズの存在は次第に地味なものになっていった。

 

1970年代から1980年代に代わり、世の中はどんどん軽薄になっていった。それを代表するのが、松田聖子、イエロー・マジック・オーケストラ、B&Bに象徴される、アイドル、テクノ、MANZAIのブームであろう。

 

洋楽ではAORやフュージョンが流行していたが、田中康夫による流行小説「なんとなく、クリスタル」においても、これらの音楽は効果的に用いられていたといえる。

 

この小説には数多くの註釈があることから、作品の本質的な過激さや価値を理解しない批評家などからは、「カタログ小説」などと揶揄されていた。中でも桑田佳祐が敬愛していたアメリカのシンガー・ソングライター、ビリー・ジョエルのことを「ニューヨークの松山千春」と書いていたことは、ひじょうに印象的であった。

 

今回、本書において著者もこの件を取り上げていた他、松山千春やアリスについての解説も引用していて、なんだかひじょうに嬉しく感じたのである。

 

尚、田中康夫はサザンオールスターズの作品のことを、新しいことをやっているように見えるが本質的には春歌と変わりがないなどと批評していて、桑田佳祐は雑誌の連載のレイ・パーカーJr.の回か何かで田中康夫の悪口を書いていたような気がする。

 

また、サザンオールスターズのアルバム「NUDE MAN」に収録された「来いなジャマイカ」という曲には、「テメエ あっかんべェ Ray Parker Jr.」という歌詞がある。

 

中学2年生といえば中二病で洋楽を聴きはじめるので、やはり私もそのような感じであった。そもそもひじょうにミーハーな音楽ファンでもあったため、地味になったサザンオールスターズを熱心に聴いてはいなかった。サザンオールスターズと同じビクターのインビテーションからリリースしていた、テクノポップのプラスチックスに夢中であった。

 

それでも同じクラスに熱心なサザンオールスターズのファンはいて、シングルはヒットしていなくてもアルバム「タイニィ・バブルス」や「ステレオ太陽族」は売れているようであった。このまま本格的なアルバム・アーティストになるのかなと思っていたし、FMラジオでかかる「シャ・ラ・ラ」や「栞のテーマ」を聴いて、良い曲だなと思ってはいた。

 

あと、1981年にリリースされた原由子のソロ・アルバム「はらゆうこが語るひとときは」は、シングル・カットされて放送禁止になった「I LOVE YOUはひとりごと」がネタっぽくてあまり興味をひかれず、いまだに聴いていないのだが、この本を読むと、かなり優れたアルバムのようだ。いまさらながら、ぜひいずれ聴いてみたいと思う。

 

それが1982年、シングル「チャコの海岸物語」の大ヒットからはじまる、怒涛のポップ化である。私はちょうど高校受験の頃であり、松本伊代のシングル「ラブ・ミー・テンダー」を宗教のように何度も何度も繰り返し聴いたりしていた。この頃、忌野清志郎+坂本龍一の「い・け・ない・いルージュ・マジック」がオリコン1位になったり、前年にアルバム「ロング・バケイション」をオリコン年間2位の大ヒットにした大滝詠一がナイアガラ・トライアングルのメンバーとして佐野元春を招聘し、それをきっかけとしてメジャー化しつつあったり、なかなかおもしろい時代であった。

 

この年にリリースされたサザンオールスターズのアルバム「NUDE MAN」は、大滝詠一「ロング・バケイション」、山下達郎「FOR YOU」などと共に、大学生が部屋やカーステレオで聴きがちなおしゃれな音楽の1つとして消費されていたような印象もある。この年にデビューした松田聖子のデビュー・アルバム「SQUALL」も同様の聴かれ方をされていたような印象があり、従来のアイドル・ポップスの常識を打ち破ったような感がある。

 

高校では放送委員的なものをやっていた私は、学校祭で教室に集めた学生にただレコードを聴かせるだけというレコード・コンサートなるものを企画し、その際に「NUDE MAN」を丸ごとかけていた記憶がある。アナウンス科の女子には、「Oh! クラウディア」の人気が高かった。

 

「サザンオールスターズ 1978-1985」の著者であるスージー鈴木氏は、じつは高校1年生のリアルタイムでは「NUDE MAN」をちゃんと聴いていなく、浪人生活を経て上京した後で、何度も聴いたのだという。ここの件が本当に好きで、また読み返したくなってしまう。

 

当時、旭川の公立高校においても、サザンオールスターズは音楽通も聴く日本のアーティストという感じの評価になっていて、普段、洋楽を中心に聴いているようなタイプの友人でも、「NUDE MAN」は持っていたりもした。

 

ちなみに、それまでに私が買ったことのあるサザンオールスターズのレコードといえば、デビューから2枚のシングル「勝手にシンドバッド」「気分しだいで責めないで」、そして、1979年の暮れにリリースされたと思われる、「ベスト・オブ・サザンオールスターズ」なるカセットテープのみであった。これには「勝手にシンドバット」から「C調言葉に御用心」までの、全シングルと何曲かのアルバム・トラック、カップリング曲などが収録されていた。レコード店から特典のポスターももらい、これを部屋の壁に貼っていた。

 

これ以降はろくにレコードを買ってすらいないくせに、「SOUTHERN ALL STARS」というロゴが入った財布は、なぜか愛用していた。

 

私がふたたびサザンオールスターズのレコードを買うようになったのは、1983年のアルバム「綺麗」からであった。当時、旭川の公立高校に通いながらも「ビックリハウス」「宝島」「ロッキング・オン」「ミュージック・マガジン」などを愛読するようなタイプの高校生だった私にとっても、当時のサザンオールスターズはとても魅力的な存在になってきていた。

 

商業的に成功していながら、音楽的にもかなりおもしろく新しいことをやっていた。大衆性と実験性の絶妙なバランス、この辺りが地方都市のサブカル少年には丁度たまらなかったのである。

 

「綺麗」はいまだに最も好きなサザンオールスターズのアルバムなのだが、「ミュージック・マガジン」のような辛口の音楽雑誌においても、かなり高く評価されていたような印象がある。

 

この年、札幌の真駒内屋外競技場において、当時人気絶頂であったRCサクセションとサザンオールスターズの夢の対バンという、素晴らしいイベントがあった。この2バンドによるこのようなイベントは、あれが最初で最後だったのではないだろうか。

 

地元のラジオなどでも告知されていて、これはおそらく絶対行かなければ後悔するのではないか、という気がしていた。その頃に出たRCサクセションのアルバム「OK」もかなり気に入っていて、気分はさらに盛り上がっていた。記憶に間違いがなければ、チケット料金は確か3千円ぐらいであり、当時としてもかなり良心的だったはずである。しかし。これを集めるのにはかなり苦心して、やっと集めてミュージックショップ国原にまで行ったのだが、もうすでに売り切れていた。

 

これはあきらめるしかないと思っていたのだが、スポンサーのそうご電器関係者が友人の中にいて、何とチケットを入手できたのである。それで、この歴史的イベントを目撃することができた。私の最高の夏の思い出である。

 

とにかく地元で行われる大きなイベントなので、事前番組なども放送されていた。RCサクセションの忌野清志郎や仲井戸麗市は「あんなフォークバンド」「歴史がちがう」「電源切ってやる」などと、サザンオールスターズを煽りまくっていた。

 

1983年8月6日土曜日、私は朝早くに同じ学年の少し悪そうな女子と旭川駅で待ち合わせをし、汽車で札幌まで行った。途中、いかに他の高校の男子や大学生と遊びまくっているかという話を延々と聞かされたが、彼女があまりにも魅力的だったので、そのような話を一方的に聞かされることすら誇らしく思えていた。なぜなら、いまこの瞬間、彼女と一緒にいられるのは、世界中で私ただ一人だったからである。当時から、相当に発想が気持ち悪かった。

 

昼間はパルコを見たりカレーを食べたりして過ごし、午後に現地に着いた。会場には、忌野清志郎や仲井戸麗市のコスプレのような格好をしたファンの姿も見られた。オープニング・アクト的な感じでウェストウッドというバンドが演奏していて、当時、元イーグルスのティモシー・B・シュミットのバージョンがCMで流れていたドゥー・ワップの曲「ソー・マッチ・イン・ラブ」などを演奏していた。

 

それから、九州出身のシンガー・ソングライター、小山卓治がステージで演奏した。「俺たちに少しだけ時間をくれないか」というような言葉ではじまったステージは、まだ明るく人も埋まり切っていない会場においてはやや空回りしている感がないでもなかったが、それも含めて、その熱さがものすごく好きになった。その後、LPレコードを買ったり、上京してからも渋谷LIVE INNでのライブを観に行ったりするきっかけとなった。

 

この頃、一緒に来ていた同じ学年の少し悪そうな女子は、会場で知り合いのやはり少し悪そうな仲間を見つけてしまい、そっちの方に行ってしまった。つまり、私はサザンオールスターズとRCサクセションのライブを、ぼっち参戦のようなかたちで体験するはめになってしまったのである。

 

サザンオールスターズのライブはアルバム「綺麗」を主体としながらも、ベスト的なサービス満点の内容であった。そして、「この後はみんなが大好きなRCサクセションです」などというようなことを桑田佳祐が言っていたような気がする。

 

会場はすっかり暗くなっていて、そしてRCサクセションが登場した。事前番組では煽りまくっていた訳だが、忌野清志郎が「サザンオールスターズがゴキゲンな演奏を聴かせてくれたぜ」というようなことを言っていた。

 

このライブはとにかく私の生涯のハイライトの1つと言ってもいいぐらい、最高の思い出なのだが、後日談などについてはほとんど知らなかった。今回、この本によってそれを少し知ることができた。この時のライブについて、桑田佳祐はこのように語っていたらしい。

 

「誰も気がつかなかっただろうけど、オレ、涙出ちゃった」

 

この同じ場所に私がいたのかと思うと、その意味の濃さが一層実感できるというものである。

 

スージー鈴木氏は、この期間に発表されたサザンオールスターズのアルバム全収録曲についてのレビューも書いている。

 

「綺麗」収録の「サラ・ジェーン」、「人気者で行こう」収録の「海」に対する評価などは、じつに共感できるところである。

 

私は中山康樹による「クワタを聴け!」なる著書を読んではいないのだが、引用されている「海」への評価に対しては、やはり「何を言っているんだ」と思う。

 

一方で、「人気者で行こう」「KAMAKURA」にに導入された実験的手法について、私は未完成な部分をも含めてひじょうに愛着を感じているのだが、スージー鈴木氏はこの辺りについてはやや手厳しいような印象である。

 

しかし、同じアーティストの音楽を敬愛する者としてのリスペクトを覚えるので、細かい部分についての感覚や意見の相違などは全く気にならないどころか、それ自体がアーティストの魅力の奥深さだとすら感じ、このように細かな感想を異にするファンの存在に感謝の念すら覚える。

 

また、スージー鈴木氏がこの時期のサザンオールスターズにおける究極のアルバムトラックリストであったり、個人的なベスト10などを公開していて、この辺りにもかなり好感が持てる。しかも、個人的なベスト10や本の中での曲に対する評価については、以下のような説明がされている。

 

「世間にその評価を押し付けたいという意図によるものではない。むしろ逆で、初期サザンについての、いろんな評価・意見・想いを、みんなでもっと出しあうこと。たたかわせること。それこそが、唯一、初期サザンの正しい総括につながる方法だと信じるからである」

 

いや、最高である。このブログ記事を書いた理由の何パーセントかは、著者のこの言葉に触発されたがゆえである。

 

私は最近もお気に入りの日本語のロックやポップスを自由にかけたりする場合があるのだが、主にシティ・ポップやいわゆる渋谷系と呼ばれる音楽、またはそれらに影響を受けたと思われる新しい日本のロックやポップスである場合が多い。

 

その際、サザンオールスターズのアルバム「KAMAKURA」に収録された「Please!」をかけることがたまにある。この曲は「KAMAKURA」リリース当初にはひじょうに地味に感じ、ほとんど印象に残っていなかった。しかし、数年前に「KAMAKURA」を聴き直している時に、現在の私の音楽の趣味にひじょうによくフィットするな、と思ったのである。

 

いわゆるAOR感のようなものが強いのだが、別にサザンオールスターズではなくても良いのではないかとも感じる一方、やはりサザンオールスターズでなければいけない作品にもなっていると思うのだ。カラオケでもたまに歌うのだが、当時、サザンオールスターズをわりと熱心に聴いていたはずの友人でさえ、「こんな曲あったっけ」「帰ったら聴き直してみよう」と言うような代物である。

 

しかし、スージー鈴木氏の評価は「このアルバム、指折りの地味な曲」「この曲の5分48秒も長過ぎる」と、けんもほろろである。

 

しかし、私が「Please!」を好きな気持ちは変わらないし、スージー鈴木氏に対する好印象もけして揺らぐことはない。

 

これこそが、「分かりあえやしないってことだけを分かりあうのさ」ということであり、真のコミュニケーションのあり方ではないかと思うのである。

 

という訳で、私の個人的な「初期サザン・ベストテン」も発表しておきたい。というか、これから選ぶ。

 

1位:思い過ごしも恋のうち

2位:C調言葉に御用心

3位:ミス・ブランニュー・デイ

4位:Melody

5位:海

6位:サラ・ジェーン

7位:Please!

8位:EMANON

9位:栞のテーマ

10位:シャ・ラ・ラ

次点:Just A Little Bit

 

わりと真剣にランク付けしたのだが、一体これはどうなんだろうという結果にもなった。

 

「勝手にシンドバッド」と「いとしのエリー」が圏外なのはけして中二病的な逆張りではなく、実際には12位と13位であった。それ以上に、その上の曲たちが好きだということである。

 

これは客観的な評価とか音楽シーンにあたえた影響とか初心者にすすめするならとか、そのような要素を完全に排除した、ただ単に私が好きな順番である。

 

このランキングを見ると、私がサザンオールスターズに対してAORやシティ・ポップ的な大人のラヴ・ソングを望んでいることが分かるのだが、1位と2位の「思い過ごしも恋のうち」「C調言葉に御用心」には、それらをも超えた、当時、中学生だった私自身の恋愛観への強い影響の記憶という要素も加味されているのだろう。

 

また、サザンオールスターズの「綺麗」「人気者で行こう」「KAMAKURA」の魅力はその実験性の魅力にもあると思うのだが、このように曲単位で選ぶと、それら実験性が高い系の曲が全く入らないことにも気づかされる。

 

また、上位5曲のうちの4曲をスージー鈴木氏が他の著書においてテーマにした1979年と1984年の作品であるというのも、偶然か何かは分からないが、なかなか面白いものである。

 

こういうことを勝手に考えさせたり、書かせたりする本というのは最高な訳であり、ゆえにこの本は素晴らしい音楽本であるということがいえるであろう。