いまよりもっとお金がほしいとかえらくなりたいとか、そんなふうに思うことがほとんどなくて、それよりもなるべく好きなことに使う時間がほしいという、おそらく自分はそのようなタイプの人間だと思っていたのだ。そうやってもうずいぶん長い間、生活をしてきた。
しかし、ここにきてとにかく勝って1番にならなければいけないとか、そんな気分が高まってきている。いつから自分はこのようなタイプの人間になってしまったのだろうと、それが不思議で仕方がないのだ。
もともと過剰なエネルギーを抱えてはいたのだが、どちらかというとそれを人から見るとムダでしかないような方面に使っていて、そんな自分がわりと好きでいたりはしたのである。
ところが、もうそれはなんだかすっかり変わってしまった。
いままで知らなかった本当に大切なことが最近、分かったような気がするのだが、もちろんそれはただの勘違いであり、一時の気の迷いである可能性も大いにある。しかし、いまはそれを信じているのだから、とりあえずそれでいいのではないかと思うのだ。人に迷惑をかけない範囲内で、だが。
どんな音楽や映画や本やアイドル場所よりも究極的に好きだと思えるものがあって、それイコール私が考える完璧な美である。それを感じていられるならば、もうそれだけでしあわせなのである。他に何もいらない。というか、そのために他のすべてはあるといえる。
そのためだけに、私は頑張ろうという気になることができる。
そもそも頑張るということそのものに対して、私はひじょうに懐疑的であったのだが、とにかくいまは全力で頑張るしかないのだろうな、という気がする。
チャットモンチーという日本のロックバンドがあって、私はあまり熱心なリスナーではないのだが、大好きなBase Ball Bearの「Kuchibiru Detective」にメンバーの福岡晃子が参加していたことから、少しは興味を持っていた。
「風吹けば恋」という曲がかなり好きであり、私がお気に入りの曲を何曲かかける際のプレイリストにも選曲することがわりとある。
「はっきり言って努力は嫌い」なのだが、「窓ガラスに映る姿気にして」いたり、「意地になって移る流行気にしてい」たり、「何だか近頃おかしい」様が描写されている。
また、「はきり言って熱い人は苦手」だが、「新しい私がこんにちは」であり、「行け!行け!あの人の隣まで」「誰にも抜かれたくないんだ」などと、かなり熱いことになっている。
私はすでにいい大人なので、もはやこの曲で描写されているような恋におちるようなことはけしてないし、たとえば特定の人のことをこれまでの人生で出会ったすべての人の中で、また、世界中で最もかわいくて美しいと思っていたとしても、断じて「これは恋ではない」と言い切るのである。
しかし、なぜかこの「風吹けば恋」の素晴らしさが、これまでになくリアルにヴィヴィッドに感じられたりはしているのである。
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