元旦からもちろん仕事であった。ハッピーなことこの上ない。
会社から定められた始業時刻は9時30分なのだが、5時ぐらいには起きて30分後ぐらいに仕事をはじめるのが最も調子いい。なぜなら、やりたい盛りだからである。
そんな調子で今日もやっていたのだが、午後に天使のような姿をした人を見た。とはいえ、おそらく実際には天使の姿を見たことはないので、これは完全なイメージ上の話である。
よく天使という言葉を気軽に使いがちだが、そういえば正式な意味をうまく説明はできないなと思い、ウィキペディアで調べてみたところ、どうやら神の使い的なものであるらしい。
そこでピンときた。
まったくもってこの世のものとは思えないのは、つまりそういうことだったのかもしれない。
人にはそれぞれ神からあたえられた使命があるような気がするのだが、それに気づく人、気づかない人、様々なのではないだろうか。もちろん、気づいた方が充実した人生になるだろう。
それでもどうしても勘が鈍い場合、神もついに見るに見かねて、使いを送ってくるのではないか。
偶然に出会ったように思えても、それはじつは神の意志によるものなのかもしれない。そうでなければ説明がつかないような気もしていたのだが、なるほどそうだったのかと思うと、よく納得できるような気がする。
実際に私は、それによってやるべきことといまは思えていることを発見し、それに向かって命を削ってでも必死でやろうとしている。
それ自体は確かに立派かもしれないが、そこに至るきっかけというのが、あまりにも世間一般から見るとくだらないと思われるのかもしれない。当の私にとっては、それ以上に大事なものなど人生には無い、というようなものなのだが。
やはりすべては見通されていたし、まんまとその手に乗っているわけである。
このような話をブログに書くだけではなく、わりと普通に話しているのだが、相手の顔から笑顔がしだいに消え、無口になっていくという現象が頻発している。しかし、事実なのだから仕方がない。早くこれが真実だと確信を持っていえるようになりたいものである。