先日、とあるマーケティング調査のような目的で「デジモンアドベンチャー tri.」というアニメーション映画の第1章「再会」と第2章「決意」とを立て続けに観る機会があった。
というか、ちょっと興味を持って勤務地近くのTSUTAYAに行ったが無かったので、iTunesでレンタルして視聴しただけである。
これは1999年3月から放送されていたテレビアニメーション番組「デジモンアドベンチャー」のシリーズ続編にあたり、2005年が舞台になっているということである。
「デジモンアドベンチャー」放送当時、すでに30代であり、しかもそもそもアニメーションなどまったく好きではない私が、主に当時の小学生をターゲットにしていたと思われることの番組を観ていたはずもない。
しかし、当時、仕事で映像メディアを扱っていたため、タイトルやビジュアルイメージぐらいは何となく知っていた。当時の子供たちにやたらと人気があった印象だが、当時、爆発的に人気があった「ポケットモンスター」の2匹目のドジョウを狙ったコンテンツ、ぐらいにしか認識していなかった。
ウィキペディアの記述によると、「デジモンアドベンチャー」のコンセプトは「ポケモン卒業生集まれ」だったのだという。
「ポケットモンスター」の人気は衰えることを知らないが、この夏は新作ゲームソフト「ポケットモンスター サン・ムーン」の情報公開やスマートフォン向けゲームアプリ「ポケモンGO」のサービス開始などにより、かなりの盛り上がりを見せている。
一方、「デジモンアドベンチャー」は世間一般的な認知度においてはそれほどではないかもしれないが、そのカルチャーとしての深遠さ、世界観の濃密さの一部をここ数日間で垣間見た気がして、わりと驚いているのである。
「デジモンアドベンチャー tri.」全6章の予定だということだが、すでに第2章までが公開されていて、今秋に第3章が公開されるようである。
第1章「再会」をかなり軽い気持ちで視聴したのだが、わりと楽しむことができた。
「デジモンアドベンチャー」では小学生だった「選ばれし子供達」と呼ばれる登場人物たちのその後が描かれているのだが、彼らはすでに高校生になり、それぞれのリアルな現実を生きている。
パートナーであるデジタルモンスターと力を合わせて敵と戦うという、現実ばなれした荒唐無稽な内容がメインとなっているのだが、そこに至る登場人物たちの葛藤や苦悩といったものがじつにヴィヴィッドに描かれていて、優れた群像劇として成立している。
また、舞台となっているお台場や途中で登場する月島といった現実の場所がかなりリアルに再現されていて、これも大きな魅力だと思う。
また、2005年という時代考証もわりとしっかりしているような印象を受ける。スマートフォンではなく携帯電話の時代であり、それほど昔の話ではないのだが、微妙に絶妙な懐かしさを確かに感じる。
「デジモンアドベンチャー」を登場人物と同年代の小学生として観ていた人たちは、いま20代半ばから後半ぐらいである。
たとえば私たちの年代であれば、アニメーションとはおもに子供が観るものであり、ある程度の年齢になったら卒業するものであった。
大人になってから子供の頃の思い出として話題にすることはあれども、もうすでにリアルタイムに切実なものではあり得なかった。
しかし、「デジモンアドベンチャー」は当時のファンと一緒に成長するべく続編を発表し、その内容はなかなか深刻かつシリアスなものなのだという。
「デジモンアドベンチャー」はおもに当時の男子小学生に人気があったようなのだが、女子にもファンは相当数いたようである。
たまたま私の身近に「デジモンアドベンチャー」のわりと熱心なファンであろう、20代の女性がいたのだが、彼女にとってその登場人物たちは憧れであり、この作品だけは特別なのだという。「デジモンアドベンチャー」に出会っていなければおたくにすらなってはいなかった、と彼女は言う。
それほどすごい作品なのか、という思いを抱き、それから第2章「決意」を視聴したのだが、これには実際のところ、かなりやられた。
「大人になること」と「自分らしくあること」の葛藤という、これまでにいろいろなジャンルの数多くの作品において題材とされてきたテーマが取り上げられているのだが、まさかアニメーション作品における受験生とモンスターとのやり取りに泣かされるとは思わなかった。
つまり、これは15歳の私が聴いて、この気持ちをけして忘れまいと思った佐野元春「ガラスのジェネレーション」における「つまらない大人にはなりたくない」的なものなのではないかと、そのような感想を持ったのであった。
このような続編にあたる映画を軽く観ただけでこのような感じに思えるのだから、初めから登場人物たちと一緒に成長してきているファンの人たちというのは、じつに濃密な体験をしているに違いないと思うのである。
このブログや、その前から私をご存じの方々におかれましては重々ご承知の通り、じつにフットワークが軽々しくというか、節操なくあれやこれやに飛びついては飽きたり飽きなかったりしている私が、今度はこんなものを観ているのかと思われるのだろうが、まあこれは仕方がない。
こうなるとそもそもファンの間でも評価が高いという、いわゆる「無印」などと呼ばれているらしい初代シリーズも観てみようと思い、調べてみたところ、バンダイチャンネルというやつで月額見放題があったので、とりあえず登録してみた。
「デジモンアドベンチャー tri.」が群像劇として素晴らしいと思えたのは、それぞれの登場人物が魅力的なキャラクターを持っているからだったのだが、初代シリーズにおいては、もちろんみんなまだ小さいものの、すでにキャラクターが確立していることに驚かされた。
そして、メインとなる音楽などが基本的にはあまり変わっていない。これは当時からのファンにとっては、かなりたまらないのではないだろうか。
フォーマットというか様式美が保持されたままで、内容は成長している。たとえば、音楽におけるアーティストとファンの関係ならば、じつに幸福なものなのではないだろうか。
オープニングテーマの「Butter-Fly」という曲がやたらとカッコよくて盛り上がるのだが、これを歌っていた和田光司さんが今年に逝去されるということもあったようである。
同時代性も何もあったものではない私のような者が、この作品の世界観にドップリとハマるようなことはもちろん無いのだが、その強度を感じることはできるし、どうやらかなりキツいことになりそうな予感しかしない第3章は、おそらく視聴するのであろう。
初代シリーズの「デジモンアドベンチャー」はバンダイチャンネルでまだ数話しか観ていないのだが、子供だけでの冒険ものならではの楽しみもあり、なかなか魅力的だと思った。
また、各キャラクターの中でも特に男まさりな性格を持つ女の子、武之内空が魅力的だと思うのだが、ウィキペディアには「一度、責任感に押し潰されて闇に捉われてしまうが、丈とヤマトの協力で闇を振り払う」という記述があり、このくだりはぜひ観てみたいと思った。
それにしても、10年以上の歴史があるコンテンツにいっちょかみしてそれっぽいことを語るスタイルがもはや芸風と化しつつあり、これは一体どうなんだろうな、と思ってはいる。念のため。