当時、私は中学校に入学する直前であり、洋楽を意識的に聴いてはいなかった。この週、7位にランクインしているロッド・スチュワートの「アイム・セクシー」はラジオでよくかかっていたので知っていた。
しかし、ロッド・スチュワートが元フェイセズだとかR&Bに影響を受けたロックをやっていたということはまったく知らず、ただこの「アイム・セクシー」を歌っている人だということのみで知っていた。「アイム・セクシー」が収録されたアルバムのタイトルは「スーパースターはブロンドがお好き」であり、当時、北海道のスーパースターから全国区になりつつあった松山千春は、ラジオ番組でこれからインスパイアされたと思われる「スーパースターは足寄がお好き」というコーナーをやっていた。足寄とは松山千春の出身地である、北海道の小さな町である。
それはそうとして、この週の全米週間シングル・チャート・トップ10を見ると、ディスコとAORの時代であったということがなんとなく想像できる。
1位はビー・ジーズの「哀愁のトラジディ」である。そもそもディスコ・ブームが定着したのは、ビー・ジーズが音楽を担当した映画「サタデー・ナイト・フィーバー」の大ヒットによってであろう。他に2位のグロリア・ゲイナー「恋のサバイバル」、4位のドナ・サマー「ヘヴン・ノウズ」、5位のピーチズ&ハーブ「シェイク・ユア・グルーヴ」、8位のエイミー・スチュワート「ノック・オン・ウッド」といったディスコ・ヒッツがランクインしている。
3位のドゥービー・ブラザーズ「ホワト・ア・フール・ビリーヴス」と9位のボビー・コールドウェル「風のシルエット」は共に、AORを代表するヒット曲である。
この頃、私が中学校に入学する直前だったということは、これらの曲を青春のBGMとしていた世代というのは少し年上のお兄さん、お姉さん方ということになる。おそらく最も憧れを抱いていた世代であろう。
1980年代にはもちろんリアルタイムのヒット曲としてカルチャー・クラブやデュラン・デュランや松田聖子などを聴いて生活していた。
当時、私はこれらの音楽が一過性の流行に過ぎず、数十年後に振り返られるようなものになるとはまったく思っていなかった。その点、1960年代のビートルズやローリング・ストーンズなどは何十年も経っているのに、今も評価されていて素晴らしいなと思った。その時代の若者に憧れを抱きすらしたほどである。
2002年、私が30代半ばの頃、コンピレーションCD「ザ・エイティーズ」がリリースされ、そこそこヒットした。それに類似した企画CDがいくつか発売され、当時を懐かしむ世代だけではなく、若いリスナーの一部にも受けていることを知った。収録されていたのは、私が高校生だった頃によく聴いていた曲ばかりである。そこで、結局は順番に過ぎないのだと思った。
同じ年に「breeze~AOR best selection」というCDもリリースされた。かつてのシティ・ポップやAORのLPジャケット、または「FMステーション」の表紙を思い出させるようなアートワークを見て、それだけでこれは買っておかなければいけないような気がした。
そして、上板橋のイトーヨーカドーという、あまりAORには似つかわしくないロケーションで、このCDを買ったのであった。
1曲目に収録されていたのが、ボビー・コールドウェルの「風のシルエット」である。AORの代表的アーティストといえばボズ・スキャッグスとボビー・コールドウェルであった。
私が意識的に洋楽を聴きはじめた頃、初めにLPレコードを買ったアーティストはビリー・ジョエルだったのだが、旭川のファッションプラザオクノ地下にあった「玉光堂」で「グラス・ハウス」を買った時に、おそらくCBSソニーの販促用の紙袋に入れてもらった。そこに、ボズ・スキャッグスの「ミドル・マン」やボビー・コールドウェルの「ロマンティック・キャット」などのジャケットが載っていた。
しかし、実際に聴いたことはなかった。ボズ・スキャッグスについては大学生の頃にベスト・アルバムを買って、わりと気に入って聴いていた。また、1988年には久々のアルバム「アザー・ロード」が出て話題にもなったので、そこそこ親しみはあった。
ボビー・コールドウェルはずっと名前を知っている程度であった。洋楽を意識的に聴きはじめて少しすると、パンク/ニュー・ウェイヴ系を聴いている方がカッコいいのだという価値観に染まり、AORのような音楽はほとんど聴かなくなってしまったからである。
「breeze~AOR best selection」をCDラジカセに入れて再生ボタンを押すと、もちろん1曲目の「風のシルエット」が流れてきた。そして、これを聴くのは初めてではないと思った。曲名もアーティスト名も知らないまま、おそらく何度も聴いていたのだと思った。
あの頃の大人に憧れる感じ、都会の夜のムードが凝縮されたような素晴らしいナンバーであった。
AORとはどのような音楽家と問われれば、まずはこの1曲といっても良いのではないだろうか。
イヴニング・スキャンダル/ボビー・コールドウェル

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