こんな1日数百アクセス程度しかない弱小ブログにおいて何を自意識過剰になっているのかという気もするのだが、やはりダメなものはダメである。
それで、翌朝、その記事にコメントが付いていたので驚いた。まったく非公開などにはできていなかったのである。あわてて非公開にしたのだが、やはり無難な部分だけを残してふたたび公開した。
まったく無駄としか思えぬエネルギーの使い方である。よわったものだ。
何がどうまずいかというと、ごく一部に対して私信なのではないかと取られるきらいがあり、そうなると日常生活にいろいろと支障をきたすわけである。ならば、まったくそのような可能性のないことばかり書けばいいのではないかとも思うのだが、じつは少しは気にしてほしいと確信犯的にやっているふしもあるので、まったくもって性質が悪い。一旦、誰からも一切相手にされなくなってしまえばいいのに、とわりと本気で考えている。
おもしろいことが一切書けなくなったばかりか、いまや自信を持って公開できる内容を書くことすら覚束ないという、なかなか末期な状態である。末期で~~~す!黒柳さ~~~~ん!!!
20年ほど前、私は「三軒茶屋は廃墟の街さ」という歌詞を持つ曲を書いたことがある。当時、私には本気でそう見えていたのであった。もちろん、愛の不毛に直面した心象風景が投影されているだけで、実際に街が廃墟のようであったわけではない。
普通に好きな音楽を紹介するだけのブログとかがやりたい。
大森靖子のアルバム「TOKYO BLACK HOLE」については数ヶ月前にも書いたと思うが、中でも収録曲の「無修正ロマンティック~延長戦~」が気に入っている。特に「暇だから恋をしたいだけ」「愛以外いらない もう愛以外いらない」「そういえば君のこと前から好きだった」「こんな人生を注文したわけじゃない」などのフレーズに、いちいちグッとくる。
ラーメン屋のテレビで流れていた野球中継がモチーフになっているのも、なかなか味わい深い。
しかし、この曲にはミュージックビデオがいまのところ存在せず、この曲だけを流す動画も見つからなかったため、ノリノリで紹介しても共感を得ることは難しいかもしれない。
このアルバムの曲はどれも好きなのだが、「生kill the time 4 you、、❤」という曲には、ミュージックビデオがある。
「肩壊すこと恐れないピッチャー」「もっと早くね、会いたかったなあ」「こんなに好きとか 大変大変 変態みたいじゃん」とか、身につまされてつらいどころか、もはや快感である。
というか、「未来」とか「永遠」とかかったるいくせに強そうに見えるのがムカつく。所詮、私などはこの件に関してはいまここの衝動でしか生きることしかできないので、その強度だけが勝負である。その通り、負けたくはないのだ。
たとえ仕組まれているように思えたことがあったにしても、そんなものは知らんがなという話である。
「未来」や「永遠」に負けない「刹那」を生きて、パッと散り去ればいいと思うのである。とはいえ、まだそう信じこめているわけではなくて、だからこそ自己暗示のようにこのようなことを書いているのである。
しあわせだと思えた瞬間、それがずっと続くのではないかという錯覚に陥るが、すぐに否定しなければいけない。それが続く可能性は皆無なのだから、いまの貴重さをいつも実感しているべきである。
もしくは、これからこの先もずっといつでも呼び出せるように、強く記憶するかのいずれかである。
TOKYO BLACK HOLE/大森靖子

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