モーニング娘。は2014年からグループ名の末尾に年号がつくようになったため、モーニング娘。'16としては初めてのシングルとなるのだが、それはまあいいだろう。
そのうちの1曲が「泡沫サタデーナイト!」である。作詞・作曲は津野米咲で、赤い公演というガールズ・バンドのメンバーである。他の2曲、「The Vision」「Tokyoという片隅」がつんく♂による作品である。
モーニング娘。'16ファンの方のブログを読んでいると、この「泡沫サタデーナイト!」がなかなか楽しそうだったのでチェックしてみたところ、わりとゴキゲンなディスコテイストのアイドル歌謡であった。
私がかなり遠くからひそかに応援している佐藤優樹がわりと重要なパートをしっかりと歌っていたので、よかった。あと、牧野真莉愛のビジュアルはやはりとても好きだなと思った。生田衣梨奈の美しさはさらに進化を遂げているように思えたし、譜久村聖のセクシーモードが絶妙に仕上がりかけているようにも見えた。
ところで、先日の中野サンプラザ公演で初披露され、それがあまりにも素晴らしすぎて、独占先行配信されている「KK BOX」で私が聴きまくっている曲といえば、Negiccoの「土曜の夜に」である。
この曲は山下達郎へのオマージュという側面もある、極上のシティ・ポップである。昨日まではイヤフォンで何度も繰り返して聴いていたが、今日は早朝のまだ誰もいない時間帯に仕事場のスピーカーで再生してみた。身もだえするほど好きすぎると思った。
そして、モーニング娘。'16の「泡沫サタデーナイト!」は、ディスコテイスト溢れるアイドル歌謡である。曲調こそまったく違えど、いずれも土曜の夜がテーマになっている。この、おそらくコンセプトもファン層も異なっているであろう2つのアイドルグループが同じ月に土曜日の夜をテーマにした新曲をリリースすることは、おそらく偶然であろう。
かつて、日本には中流階級幻想のようなものがあり、すべての国民がある程度そこそこに裕福な生活を送れるように思われていた。ところが現在はネオリベ的な高度資本主義が行き過ぎた結果、確実に経済格差が広がり、持てる者と持たざる者とに分かれてきているという現状がある。
そもそも階級社会であるイギリスにおいては、労働者階級のカルチャーというものが確立していて、その中で、平日の低賃金で単調な労働に耐え、週末の楽しみに人生を賭けるようなタイプの、ウィークエンダーという概念が存在した。
イギリスのポピュラー文化好きでもある私は、「泡沫サタデーナイト!」と「土曜の夜に」の偶然に、このような兆候を見出してややわくわくしているのだが、おそらく気のせいであろう。
それはそうとして、かつてモーニング娘。のメンバーであった道重さゆみは、私にとってレジェンド級のアイドルである。いや、もはやアイドルという範疇を超えているのかもしれない。道重さゆみがいなければ、この年齢になっていまさらアイドルにハマっていることもなかっただろうし、もちろんNegiccoファンのオフ会カラオケルームにおいて「圧倒的なスタイル」でラインダンスという現状もなかったのであろう。
道重さゆみは2014年11月26日の横浜アリーナ公演をもってモーニング娘。を卒業し、同時に芸能活動も休止した。もしもまた芸能活動を再開したならば、もちろん応援するのだろうとは思うが、いまは1人の女性として道重さゆみのしあわせを願わずにはいられない。それを最優先して生きていってほしいと、本気で思っている。
道重さゆみを応援していたからこそ知りえた真実というのが、いくつかある。それは、地元や家族を大切にする人は素晴らしいし、そのような人は地元にいる時が最もナチュラルに魅力的であるということである。
私はある時期、道重さゆみが出演したあらゆる番組の動画や音源を捕捉しようとしていたのだが、地元の山口県でイベントがあった時にはローカル番組への出演もあった。それが自然体でたまらなく良い感じなのである。また、ブログに掲載された写真も、帰省時のものは何だかとても良いものがあった。
私は道重さゆみが好きになりすぎて、そのルーツが知りたいと思い、それまで縁もゆかりもなかった山口県まで出かけ、すっかりそこが好きになってしまった。
その経験によって、道重さゆみのことをより深く好きになることができたような気がする。たとえばラジオ番組でのトークを聴いていたとしても、地元での思い出について話された時には、その情景や空気感などをよりヴィヴィッドに想像することができるわけである。
しかし、私は山口県で道重さゆみを生で見ることが一度もできなかった。モーニング娘。の地方コンサートは、だいたい私の仕事の日と重なっていた。卒業前の最後のバスツアーは、地元の聖地巡礼的な内容であった。私はやはり参加することができなかった。参加者のレポートを読みながら、うらやましさでどうにかなってしまいそうだった。
このような経験があったから、Negiccoを好きになった時に、別にコンサートやイベントがあるわけでもないのに、わざわざ新潟まで行くことには意味があると、即座に判断することができた。そして、それはまったくその通りであった。しかも、中野サンプラザのコンサートの前に行きたかったのである。おかげでコンサートを何倍も楽しむことができたと思っている。
古町を舞台にしているという「君といる街」は情景を思い浮かべながら聴くことができたし、「おやすみ」の時に流れた映像については、1週間前に同じ場所の多くを実際にこの目で見ていたので、より深く感じ入ることができたように思う。
Negiccoについてはまず音楽が気に入り、それからメンバーのキャラクターやグループの歴史について知り、そして、リリースイベントやコンサートにも行った。そこで、ファンの方々をも含めたNegiccoというカルチャーそのものが本当に好きだなと思えたのである。
もちろん私の本業は会社員であり、アイドルの鑑賞や論評などをプロとしてやっているわけではない。ゆえに、基本的には気晴らしであり、楽しむためにやっている。NegiccoのリーダーであるNao☆は、よく楽しむことがNegiccoのテーマだというようなことを言っている。そして、私のひじょうに短いファン歴の中では、ファンもまたそのあたりをじゅうぶんに理解しているように思えた。
必要以上に必死ではなく、しかし、たまらなく熱い。そこがとても素敵だと思うのだ。
Negiccoを見ていると、とてもしあわせな気分になれるし、ポジティヴなパワーをもらえる。だから、私はNegiccoからしてもらっているようなことを、プライベートやビジネスで接する人々にやっていくようにすればいいと思うのだ。その感覚を忘れないように、時々は現場に行くようにすればいい。
人の欲望とは果てがないものである。1つ夢をかなえたら、またさらに上の段階に進みたくなる。つまりいまの私にとってそれは、地元の新潟でNegiccoを見るということなのである。
道重さゆみを山口県で見ることはかなわなかったのだが、それはそもそもチャンスがとても少なかったのである。
Negiccoは人気が全国区になっても、活動の拠点を新潟に置いている。ツアーファイナルの中野サンプラザ公演が終わった翌日には、すぐに新潟のイベントに出演していたようである。
私が新潟行きを検討していた頃、ある新潟在住のNegiccoファンの方から、古町どんどんの時に来るといいのではないかと、アドバイスをいただいた。古町どんどんは地元のお祭りであり、Negiccoのステージが恒例になっているようである。YouTubeにも動画があったのでいくつか観てみたのだが、とても熱く盛り上っている。
しかし、やはり日程が仕事と重なるため、行くことができない。それと今回はぜひ中野サンプラザ公演の前に行っておきたいというのがあったため、やはり正しい判断だったと思える。
今日、その週のスケジュール調整をしていたのだが、いまのところ当日の早朝に東京を出発して、夜に帰ってくることが不可能ではない感じになってきた。今後、またどんなふうに変ってくるとも限らないのだが、いまのところはそんな感じである。本当に楽しくて仕方がない。
「あたらしい恋のうた」は、Negiccoのシングル「アイドルばかり聴かないで」のカップリングとしてリリースされた曲である。
「アイドルばかり聴かないで」の作詞・作曲・プロデュースは小西康陽、そして、カップリングの「あたらしい恋のうた」において、作者のconnieはピチカート・ファイヴにおける小西康陽の仕事に対して、最高のオマージュを捧げている。
私は当初、Negiccoのアルバムやシングル「ねぇバーディア」を繰り返し聴いていたが、カップリング曲まではまだちゃんと聴いていなかった。その頃、ブログを読んでくださっていたあるNegiccoファンの方が、この曲のことを教えてくださった。
Apple Musicにあったので聴いてみたところ、曲調がかなりピチカート・ファイヴに影響を受けていることと、イントロでおなじみの「A New Stereophonic Sound Spectacular」というフレーズが出てきて、度肝を抜かれた。CDシングルではさらに仕掛けがあるようなのだが、Apple Musicでは聴くことができなかった。
この曲についてはこのような印象ばかりが残っていて、実際にはあまり聴き込んではいなかった。それで、先日、中野サンプラザでパフォーマンスされた時にも、すぐには何の曲か分らなかった。
「We Like the Music, We Like the Negi Sound」というフレーズが印象的であった。そう、私達は音楽を楽しんでいた。紛れもなくアイドルグループであるが、Negiccoはとても音楽的なのである。それは日常の中にあって、心をときめかせ、普段では行わないような行動に人々を駆り立てる。たとえば、見ず知らずの人と肩を組んで右足と左足を交互に上げ、歓喜の叫びをあげながらハイタッチをするようなことである。
そして、数ヶ月前には縁もゆかりもなかった土地に対して、特別な思いを抱かせ、知らぬ間に足をそちらに向けさせるようなものでもあるだろうか。
このよく分らない感情を、一体どう呼べばいいのだろうか。
その答えは、おそらく「新しい恋のうた」というタイトルの中に隠されているのであろう。
アイドルばかり聴かないで/Negicco

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