CENTERFOLD | …

i am so disappointed.

1982年3月6日付の全米シングル・チャート第1位は、J・ガイルズ・バンドの「堕ちた天使」である。この曲は2月6日付でダリル・ホール&ジョン・オーツの「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」に代わって1位になり、3月20日付でジョーン・ジェット&ブラックハーツの「アイ・ラブ・ロックンロール」にその座を明けわたすまで6週連続1位で、この年の年間シングル・チャートではオリヴィア・ニュートン・ジョン「フィジカル」、サバイバー「アイ・オブ・ザ・タイガー」、ジョーン・ジェット&ブラックハーツ「アイ・ラブ・ロックンロール」、ポール・マッカートニー&スティーヴィー・ワンダー「エボニー・アンド・アイボリー」に続く第5位にランクインした。

私がこの曲をはじめて聴いたのは、おそらくこの年の初め頃である。

全米ヒット・チャートに興味を持ちはじめた私は、ラジオ関東で土曜深夜に放送されていた「全米トップ40」という番組をよく聴いていた。この番組はビルボードのトップ40を日本語により解説つきで放送するという、チャートマニアにはたまらない内容であった。

ラジオ関東は現在のラジオ日本だが、この頃は出力もいまよりは弱かった。当時、旭川の中学生だった私は、ラジカセでなんとか遠距離受信していたのであった。

この頃は高校受験も近づいていたので、あまり深夜のラジオなども聴かないようにしていて、どうしても聴きたい場合にはタイマーで録音していた。年のはじめの「全米トップ40」は前年の年間チャートをメインとしていて、レギュラーチャートは駆け足での発表となっていた。ここで11位の急上昇曲としてかかったのが、この「堕ちた天使」であった。

J・ガイルズ・バンドのことはそれまでまったく知らなかったのだが、この曲はすぐに好きになった。なんといってもキャッチーなイントロがとても良い。私は昼間に録音されたカセットテープを聴いて、それから学習塾のようなものの受験直前講座に出かけた。

「堕ちた天使」はどんどんチャートの順位を上げ、ついに第1位になった。「全米トップ40」では第1位になると、番組を進行していた湯川れい子さんが曲にのせてその訳詞を読んでいた。

当時、私は松本伊代に夢中になっていたのだが、湯川れい子さんは「センチメンタル・ジャーニー」「ラブ・ミー・テンダー」の作詞も手がけたということで、私の中ではかなりすごい人という扱いになっていた。

「堕ちた天使」の歌詞はかなりユニークなものであった。原題は「CENTERFOLD」で、雑誌の中央折込みページのことらしい。アメリカの男性誌では、ここにヌードグラビアが掲載されているということであった。取り外してピンナップにもしやすいということもあるのだろう。

歌詞の内容は、主人公の男性が男性誌を見ていると、中央折みページに学生時代に憧れていた女の子があられもない姿で載っていて、それにショックを受けるというものであった。

「She was pure like snowflake」つまり「彼女は雪片のように純粋だった」という表現や、「My blood runs cold. My memory has just been sold」つまり「血が凍るぜ。おいらの思い出が売られていやがる」といった部分がとても印象に残り、私はこの曲のシングル盤を買った。

続いてシングル・カットされたアルバム・タイトル曲の「フリーズ・フレイム」も第4位のヒットになり、私はこれらを収録したアルバムも買ったのであった。

高校に入学してから、柔道部のH君にこのアルバムを貸した。洋楽を聴いている同級生と仲よくなりたいという気持ちが強くあった。しかし、そのレコードがなかなか返ってこなかった。数ヶ月後に聞いたところによると、柔道部の先輩に又貸ししてしまったところ、なかなか返ってこなく、早く返してほしいとも言いにくい状況だということであった。

結局、このアルバムは二度と私の元に帰ってはこなかったのだが、上京してから町田の東急ハンズで千円ぐらいで売られていたのを買い直したような記憶がある。さらにそれから15年以上後に、iTunesストアでまた買い直した。

「堕ちた天使」は日本のテレビコマーシャルでもよく使われているような印象である。それにしても、歌詞の意味をよく理解した上で付けられたこの「堕ちた天使」という邦題は見事なものである。当時、高校受験を直前に控え、不合格をイメージさせなくもないこの曲のタイトルを十分に受容することができなかったのは少し残念である。


J. Geils Band - Centerfold 投稿者 jpdc11

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