サラリーマン生活38年、変な人、変なモノにたびたび出くわした(皆さんもきっと同じだと思う)。
思い出すままにそのいくつかをご紹介したい。
今は昔、沖縄勤務の間にマリンスポーツにハマり、中古の小型クルーザーを買った男がいた。
数年して本社帰任の命令が出たが、会社はクルーザー曳航費用は負担しない、という。
ならば、と男は沖縄からクルーザーに乗って東京に帰ることにしたが、折からの低気圧に遭遇、あえなく行方不明となった。
数日後、男は台湾沖で無事発見されたが、以後ことあるごとに「異動赴任ではさ、船使っちゃいけないんだぜ。知ってた?びっくりすんなよ、あのルールこさえさせたのはオレなんだよ~」と吹聴した。
その後私の部下の母親が男と小学校の同級生だったことが判明した。ご母堂によれば、男は町一番のバカだったという。
(これ、ひとごとではありません)
今は昔、フランスの取引会社に長期出張した男がいた。
夏休みに遊びに来た家族とルソーの墓までドライブしたのはいいが、男は見事運転をしくじってクルマは脱輪、道路脇の畑につっこんだ。
たまたま通りかかった農夫がクルマを道路に戻すのを手伝ってくれたので、男は身振り手振りでお礼をさせてくれ、と言ったが農夫はとりあわずそのまま家に入ってしまった(多分変な東洋人がこわかったのだろう)。
途方にくれた男は、農夫の家の名前と住所をメモしてパリに戻った。
翌日男は職場の同僚に昨日の出来事をたどたどしく伝え、お礼をしたい、と名前と住所を記した紙を見せた。すると同僚は大笑い、やがてその笑いはオフィス中に広まり、パリ市内に広まった。
紙には「猛犬注意」と書いてあったのだ。
(こういうとこでやらかしたのであろう)
今は昔、文章が得意だと自惚れている男がいた。
この男、いつもデスクでブツブツ言いながら部下の文書を修正している。
ある日私の部下が血相を変えて飛んできた。聞けば男は「さすがオレだよな~」とつぶやきながら文書を直している、というのだ。そこで男についたあだ名が「さすがオレ」である。
それから私たちは用があるわけでもなく朝な夕な男の前にタムロし、
「『さすがオレ』は困ったもんだね」
「ほんとですね。『さすがオレ』はまずいっすよ」
などとおちょくったが、自分のこととは露にも思わない男は目が合うたびにフンフンとうなずくのであった。
今は昔、海外協力のメンバーとして、アフリカの貧しい小国を訪問した男がいた。
空港周辺にはひなびたホテルがあるだけで、他にはな~んにもない。しかたなく男はホテルにチェックインして、ぼんやりとラジオの国営放送を聞いていた(テレビ放送はなかったそうだ)。
すると、ラジオは突然男の名を繰り返し叫びはじめた。
狼狽した男がなにごとかと耳をすますと、海外協力で男がはるばる日本から来たということを本日のトップニュースとして伝えているのであった。
「生まれてからこっち、あれほど驚いたことはありません」古稀も近い男は今でもそう述懐する。
(こんな感じなんだろうか)
今は昔、会社に小型炊飯器を持ち込んで自炊生活を始めた男がいた。
男はやがて料理にも凝りだし、仕事で築地に行ったついでに寿司を食う、という私について来た。場外市場で包丁を買いたいのだという。
男はもともとやせぎすで顔色も悪いが、その日は風邪をひいてさらに顔面は蒼白、厚手のコートに厚手のマフラー、大ぶりのマスクといういでたちであった。
場外市場の刃物屋に飛び込んだ男は、しばらくすると憮然として店から出てきた。なんでも「ここはプロの店だから、素人には売れない」と断られたというのだ。
「イビが分かりばせん」
男は鼻声で憤慨するが、私には店のおやじさんの懸念がよ~くわかるのであった。
(危ない客も多いのかも)
今は昔、優秀な技術屋がいた。
「隘路(あいろ)」のことを「ボトルネック(ビンの首の細いとこ)」という(「中央道は小仏トンネルがボトルネックとなって渋滞する」という感じ)が、技術屋の悲しさ、男はこれを「ボルトネック」だと信じ込んでしまい、会議でも文書でも「ボルトネック」を多発した。
ボルトの首、というのもそれなりに語意を表わしているようなところもあるものだから、いつしか男の職場では「ボルトネック」が公式語に昇格したのであった。
今は昔、上司にべんちゃらを言う男がいた。
上司がなんか言うと、「そうです、そうです。私もそう思います」と合いの手を入れる。
ある日の打ち合わせで、上司が、
「失われた顧客を取り戻すには3倍のコストがかかるんだ」というと、すかさず、「そうです、そうです」と合いの手を入れた。
ところが合いの手はやや早すぎて、上司は続けて「でも、ボクはそう思わない」と言った。
思わぬ展開に場は固まり、一同が男を見つめる中(上司も一緒に見つめていた)、困り果てた男は、
「そうです、そうです。私も今、そう思いました」
と必死の合いの手を返したが、その場にはあの懐かしい「しらけ鳥」が無数に飛び交ったという。
(サラリーマンはつらいっす)
このシリーズ、面白いようでしたら、また続けます。