定年までのカウントダウンは進む(当たり前だ)。
暗示にかかりやすい私はややもするとおセンチな気分になりかねない日々であるが、マー君の活躍や愛ちゃんの出産など、うれしいニュースも多い。
そこで(どこでだ?)、サラリーマン今昔物語の続きをお届けする(その1は → ここ)。
なお、前回も含め登場人物はすべて実在の人物であり(残念ながら何人かは鬼籍に入られた)、直接私が見た、あるいは本人から聞いたものばかりではありますが、当事者の名誉のためあくまでフィクションとしてご覧ください。
今は昔、婚活に励む男がいた。
ある時社員旅行(懐かしいですね)で熱海に行ったのだが、男の様子がおかしい。いつもならはしゃぎまくるはずの「熱海秘宝館」に行ってもそわそわと落ち着かない。
これは、とにらんだ上司、同僚一同が問い詰めると、案の定今日はお見合いだという。さらに殴る蹴るの暴行の結果、相手は小学校の先生、会費が一番高い「上野の森ロダンの会」の紹介なので大いに期待しているが、もう約束の時間に間に合わない、と涙声で白状した。完落ち、である。
気の毒に思った一同は男を熱海駅まで連行し、お土産に温泉饅頭でも買って至急新幹線で帰れ、事情を話せばきっとわかってくれるはず、というと男は半ベソでお土産屋に入っていった。
やがて男は巨大な包みとともに一同の前に戻ってきた。顔が高揚している。
「貫一お宮が松の前で別れるシーンのレプリカ像」を買ったのだという。
「で、相手へのお土産は?」と訊ねると、「これです」ときっぱり。驚いた一同は、違うものをお土産にするように必死の説得を試みたが、男はガンとして譲らない。
「これが熱海にいた一番のアリバイですから!」と捨てゼリフを残して男は車窓の人となったのであった。
その後男が幸せを掴むまでにさらに10数年を要した。定年を2年後に控えた男は子供の受験準備に悩む日々だという。
(愛ちゃん無事出産おめでとう~)
今は昔、酒をがぶ飲みしては昏睡する男がいた。ある時酩酊して自宅前の路上で昏睡し、通りがかったクルマにひかれて片足骨折、その痛みでようやく覚醒したというのだから、酒癖が悪いというよりある種の病気であろう。
その男が友人とフィリピン旅行へ行った。
男の性癖を知る友人が、
「向こうで飲めるから、機内では飲むな」と諭すと、男も、
「わかってる。オレはバカじゃないから」とこっくりうなずく。
ひと安心した友人はいつしか眠りにつき、やがて目覚めると、隣で男が立派に昏睡していた。
「なんだ、バカじゃないか!」と言っても後の祭り、そうなると、呼んでも、叩いても、つねっても起きない。
とうとう着陸と同時に男のヌケガラは機内からストレッチャーで運び出され、病院に直行することとなったが、その救急車の中で友人が渡されたものは「臓器提供同意書」であった。
泡を食った友人は、
He shall return ,
he shall return !
と、フィリピン国民の感情を逆なでするような表現を連呼、その甲斐あってか男の内臓はヌケガラとともに無事故国の土を踏むことができたという。
(モツ、もらっとこか)
今は昔、「殿」というあだ名の男がいた。
あだ名とはいうものの、男は実際大名の末裔であった。
殿は決して走らない、信号が点滅しても、エレベータが閉まりそうでも悠然と見過ごす。決して声も荒げないし、バカ笑いもしない。お顔も久月の五月人形を思わせる端整な造り、ときているものだから、勢い上司も同僚もなんとなく位負けして、
「殿、ささこちらへ」、「ささ、ささ、いざこちらへ」、「うむ」という感じになるのであった。
ご先祖様は小作人であったに違いない私はコンプレックス大爆発、バスガス爆発、殿の御前で卑屈になる連中を心底軽蔑したのであるが、ある時ひょんなことで殿と酒を一緒に飲むことになった。
「ゆるふわ君、ご実家はどこ?」
「はあ、阿佐ヶ谷です」
「ふ~ん都会だね、僕の実家は田舎でね、○○城(有名な城のひとつ)っていうんだよ」
「・・・・!」
「この前久しぶりに帰ったらね、係の人が代わってて僕のことを知らないんだ。入場料払えっていうから
払ったけどね、カネ払って自宅に入るのは変な気分だね」
「・・・・」
殿の御威光に木っ端みじんにプライドを破壊された私は水割りをそそくさとお作りした。そして上目遣いで御前にうやうやしく差し出すと、殿は、
「うむ」と鷹揚にうなずくのであった。