グラスホッパーの眼 -8ページ目

グラスホッパーの眼

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鳩山総務大臣の辞任騒動から見えてきたのは、麻生首相の求心力のなさだ。

もう麻生内閣に対する信頼は底の底まで墜ちたといえる。国を率いるリーダーとしてはもはや落第点の域だ。


ここまで墜ちた要因のひとつは、政策をめぐる発言の「ぶれ」だろう。内閣発足からその悪例は枚挙に暇がないが、一番ひどかったのは、郵政発言だ。


「郵政民営化には実は賛成ではなかった」


聞いた瞬間、唖然とした。いったい何を言っているのだろうかこの人はと。

小泉内閣の一員として内閣を構成していた立場であれば、仮に個人的には反対だとしても、内閣の総意に従うことが筋だろう。本当に反対であれば、そのときに反対の意思を示して辞任すべきだった。その方が余程筋が通っている。


恐らく麻生太郎という人、余り考えずに発言をしているのだろう。自己の発言の持つ意味、影響力など想像力に欠けているのだ。だから、コロコロと発言を変える。学校の教室での会話ならそれでもいいが、首相がこれでは困る。政治は思いつきでやるものではない。


この国には、先の敗戦と同じかそれ以上のリセットが必要だと考えている。できれば強力なリーダーシップを持つ指導者が登場し、国民を導いていく形が望ましい。

現状強力なリーダーは見当たらないので、それに近い方法は政権交代だろう。自民党は与党に長くありすぎた。

もう時代に合わなくなり、滅びゆく過程にあると思う。一度野に下り、己の在り方を見つめなおすべきだろう。


この国の未来はこのままでは暗いままだ。


余りにも突然の訃報に衝撃を隠しきれなかった。

2代目タイガーマスク、現ノア社長の三沢光晴が試合中に技を受けて、

倒れそのまま帰らぬ人となってしまった。


プロレスは究極の「受け」のスポーツだ。派手な技ばかりが注目されるが、

一番見事なのはそれを受けきる選手の受け身の技術だ。三沢のそれは

マット界でも群を抜いていたという。それがなぜ今回はこのような不幸な事故

を招いたのか?


推察されるのはダメージの蓄積だ。通常我々がやる運動ですら年齢ととともに疲労が抜ける

期間は遅くなってゆく。若い時は一晩寝れば回復できていたものが、2,3日は倦怠感が残っていたり

することは誰しも経験があるだろう。プロレスはその比ではない。休みたくても休めないのが現状だ。

最近はTV放送も少なくなり、収入源を拡大するためには興行を打ち続けるしかない。


プロレス団体の場合、人気選手が社長に就く例はジャイアント馬場、アントニオ猪木の例をあげるまでもなく、

慣例のようになっている。経営面のマネジメントと興業への参加。これは相当な負担のはずだ。三沢は自身のネームバリューを利用して少しでも観客動員を増やそうと奔走していたのだろう。満身創痍の肉体に鞭を打って。


ここでマット界はこうした悲劇をなくすために構造改革をすべきだ。経営と興行の分離もその一つだ。

三沢の場合も経営面をフォローできるプロに任せていれば、負担は軽減できたかもしれない。


三沢よ、安らかに眠れ。

サッカー日本代表がウズベキスタンを下し、ワールドカップ本大会進出を決めた。


苦しい戦いだったが、日本の粘り勝ちという印象だった。敵地、不可解なレフリーの判定など悪条件の中で本当によく戦ったと思う。


「ワールドカップベスト4」という夢は日本代表の現在の実力では非現実的だと多くの評論家が言う。

だが、夢に向かって突き進むことは、チームが成長する上で大きな力になる。


3年前のドイツでの惨敗で日本は「世界との差」を痛感したはずだ。それまでの日本には「世界基準」の視点が欠けていたように思う。とにかくアジアで1番であればいいという発想でしかなかった。アジアレベルで満足するならそれでいいだろう。だが、ワールドカップは文字通り世界との戦いだ。アジアという一地域に偏った基準だけで物事を考えているだけでは到底勝てるわけがない。


その意味で岡田監督はいい夢を掲げてくれた。選手もサポーターも「世界基準」という視点が生まれたからだ。常に高い意識レベルで戦っていれば、プレーの質も自ずと高められてくる。常に考えるからだ。

これはオシムが言っていたことでもある。


世界を驚かせる。この1年の過ごし方にその言葉を現実に変えるかどうかがかかっている。