「CARPE DIEM」 ~いまを生きるサラリーマンに~ -40ページ目

「今から振り返ると、やっぱここだったんだ。」

2000年3月に入社してから、同年の7月位までは、


毎日忙しくしていて、とにかく家に帰れない日が沢山あった・


出資先が沢山あるからなのだけど、特に出資のための


事業計画まで出資者が作る、というような状況で、


本当にバブルだったのだなぁと思います。


まあ、本当のバブルは体験していないわけで、


あこがれというか、郷愁というか、今の20台後半から


30台前半の人は、「よく話には聞くけど、バブルを


本当は体験していない人達」って、


憧れてしまいますよね。(え!僕だけ?)


何か共通の時代を共有しているようで、また


同じ苦しみを抱えるようで。


(ほら、戦時下の話をすると、そういう雰囲気に


なるじゃないですか?)


僕たちの世代は、暗闇の世代とか言われますけど、


そんなことはないですよね。


2000年から較べると、若い人達が起業したり、


本当は昔からそうだったのかもしれないけど、


とても近い位置にいる、という空気を感じることができる。


というのが正直なところですね。


それで、その頃はたまにしか帰らないので、


母親は、会社じゃなくて、新興宗教に入ったと


思ったようですが・・・


信じてね・・・母さん・・・。

「2000年3月当時~」

僕が入社した当時は、事業開発部というところに配属になり、


(海外の業務を担当するのは事業戦略部というところで、


とは言っても、どちらも3~4人の部署だけど・・・)


国内向けのVCとして、案件発掘から取締役会議事録作成、


株主総会運営、登記準備等々、色々な業務を担当させて


もらった。


先に入っていたのは、Y上司と、M元氏とT中氏。


このT中氏については、面白い経歴を持っている方なので


ここに書かせて頂きます。


彼は栄光学園から 一ツ橋大学 → 東大 大学院 


→ 味の○社特許部 という経由でこの会社に入ったのだ。


「どうしてもベンチャーで、自分の力を試したい!」


試したい37歳、男性、独身。


しかも考え方が官僚的で、他の同僚たちとは、よく


ぶつかってたな・・・ 


いまどき女性のことを 一概に 「女性事務員」 とか


言ってたし・・・


凍りつく周囲みたいな・・・


それと、元建設会社営業の、僕と同じ年のM元氏。


彼は、うーんと、よく思い出せないけど、


自慢できるのは手相だけ、みたいな感じの人でした。


T中氏は、上司のY氏、しかも同年代だったので、


折が合わなく、グループ会社に転籍となりました。


そのときの待遇とか、本当に高学歴の人とは思えない


また、高学歴だからって、全員が恵まれてるとは限らないと


悟ったのもこの辺でしたね。

「ネットベンチャー勃興期から」

2000年当時から、偶然入った会社で、ネットバブル


(でも、終わりかけだけど)のなんたるかを、わずかながら


見ることが出来て、今の自分の糧になっているなと思う。


今朝方、テレビ東京の番組に出ていた方や、その会社の殿様と


会うことが出来たのも、そういう会社にいたからだと思う。


特に印象深かったのは、地方でディスカウントチェーンを展開して


いる○カメと言う会社の、伸びていく様を間近で見る事が出来たのは、


本当に感慨深い。僕にとって初めて会った「経営者」という人種だった


ので、今でも連絡をさせて頂いているのはありがたいと思う。


運がいい人間だと思う。僕は。


今迄のキャリアは、偶然の大きなうねりに翻弄されているのだと


まだ及ぶ力の範囲は少ないけど、そう思う。


そして、その会社で僕は、Y上司の下、会社設立のための


登記関連業務から、事業計画作成、経理業務、社内規程作成、


増資等のファイナンスに係る事務、


(ある時期なんか、毎週CB発行の手続きしてたと思う。


月曜日の定例会議でグループ会社のCB発行が決まり、


僕から、印刷会社に


「えー、CBです。3億です。来月末で。」


みたいな会話を日常的にしていたんです。)


まあ、この頃の事務作業が今のスキルにかなりプラスに


なっているのですけどね。


まぁ、ネットバブルの頃なんて、しっかりとした金融機関は


ともかく、(本当はそうでもないのかもしれないけど・・・)


ベンチャー投資をしている会社なんて、内情はそんなもの


だったのだと思う。


その頃に他のベンチャー企業で担当者クラスだった人たちが


今では経営陣とかになっていたりするので、


身内が昇進しているようで、それはそれで楽しかったり


するのですけどね。

「銀座で仕事」

今日は、自分のキャリアで一番長い時間を過ごした2番目の会社について。


(今いる会社は4社目です)


その会社に入るきっかけは、某リクルート社の求人雑誌を眺めていたら、


「投資業務に興味のある人!集まれ!(*経験不問、やる気ある人大歓迎!!)


みたいな感じで、しかも、


「一通りの業務を覚えて頂いたら、アメリカの現地法人で投資業務を


行って頂きます!」


うわー、これいいなぁ。投資業務って、(当時は2000年3月、ネットバブルの


終わりかけ・・・)かっこいいし、内容次第ではアメリカにも行けるなんて!


それで、すぐに応募して。


面接の日に、日比谷線の脱線事故があった日で、ものすごく面接に


遅れてしまい、大変な思いをしたのを覚えています。


それで、いきなり社長面接となり、(ポテチ食べながら面接だった・・・


しかもコーラ飲んでたしね・・・)ざっと履歴書に目を通すと、


「いつから来れるの?」


・・・え、質問なし?


「・・・今は仕事してないので、何時からでも可能です!」


「じゃあ、来週から来て!じゃ、はい、お疲れ!」


・・・え、終わり?


そういう経緯があり、入社には、家族には反対されたが、


入社する事になった。


今思えば、このベンチャーに入社した事が今の自分を構成する


大きな要素となっていると思っている。


この会社が無ければ今の自分はないと思う。


そして、入社当日。


当時は社長を入れても6人くらいの会社で、しかも


中央区の田舎にある会社で、かなり不安ではあったが、


投資業をしている会社なんて、こんなものだろうと


たかをくくっていました。


それで、指定された席に座ると、


「今、時間ある?外出するから用意して!」


まだ、名刺も、まだ筆記用具さえもらっていない社員を


こんな風に連れ出すなんて・・・


その時の上司が、Yさん。


当時25歳の自分で、Yさんは32歳。


国内系大手N証券出身で、現在では自分IT系の会社を起業されている。


2人で出掛けた先が、H通信。(昔ちょっと問題になった企業です、


分かる人にはわかる・・・2ちゃんとかで有名な会社・・・)


そこで繰り広げられた会話は今でも覚えている。


先方「あと少し、出資させてくれませんか?」


Y氏 「うーん、他にも興味があるところが出てきてですね、」


先方「それは分かりますが、そこをなんとか・・・」


聞けば、先方は元、破綻したY証券の出身で、H通信社の


投資部門を担当されているとのこと。


当時は、当社が立ち上げたインターネットスーパーの会社の


出資者を探しているところで、当時はネット系ということだけで、


全然関係ない企業や業種の方々が集まったものです。


うーん、懐かしいなぁ。

「ちょっと社長室に来て!」

今日は社長に呼ばれました。


「いやー、疲れた。昨日、香港から帰ってきたよ」


へぇ、香港に行ってたんだ・・・


「ところで、最近は少し暇になってるでしょ?」


いや、少しどころか、かなりなんですけど・・・


もう少しで首になるんじゃないかって、不安になる位不安でしたけど・・・


「だから、これからはグループ会社の定例会議に全て出席して


議事録を作成してもらうよ。そうすれば、グループ会社の事も


色々理解できるでしょ。」


こういう話がかなり続いて、そのあと。


「これから、少しづつ僕の仕事をriverwayさんに引き継いでいこうと


思っているんだ。1~2年くらいで考えてるよ。大変だろうけど、


がんばってもらうよ。」


ほんとうにありがたいお言葉でしたよ、ねぇ大将!


入社一ヶ月あまり、あまり、本当に少ししか関わる事のなかった


社長が、実は細かい所まで見ててくれたのだと思うとうれしくなった!


この会社は、社長・役員クラスになると運転手付きになるので、


それを目指してがんばろうと、固く心に誓いましたよ、


えぇ、誓いましたとも!


心の持ちようで見える景色は全然違うのだと、改めて感じましたよ。


そう、頑張れ、俺!


そして、このブログも、運転手との会話とかの話題を書き込めるように


なるまで、がんばるぞ!おー!

「明日帰ってくるんだ・・・知らなかった・・・」

今日は会社の同僚と、会社の持っているレストランで食事をしました。


女性3名と僕の4名で行ったのですけど、かなり空いてましたね・・・・


いいのか、これで・・・ そこは、クラブが併設してあるレストランなので、


(あ、逆か、クラブがメインで、お腹空いたらレストランに行くんだね・・・)


パスタとか、鳥の照り焼きとかがあって、簡単なものなのですけど、


実はそこの料理長は元フランス料理のシェフだったとか!


どうりで、カルボナーラのソースがおいしかったんだ・・・


(イメージね)


一緒に行った同僚の中に社長の秘書がいて、聞いたんですが


明日社長が海外出張から帰ってくるらしい・・・って!


僕は何も聞いてないのですが!!


まぁ、社長がいない分、気楽だったんですけどね、今週は。


でも、まだ仕事が沢山あるわけじゃないので、時間は


十分にあるのですけどね。


だから、時間のある今だから出来ることを探してたりします。


僕の仕事は、何度も書きますが、IRなので、


これは、年間の計画が非常に見えるので、暇な時期と


忙しい時期が区別つきやすく、休みの計画も建て易いのですが、


この会社でも、経営企画部門として、IRだけではなく、


子会社の管理とか、関わる予定なので、忙しくなりそうです。


(いや、早く忙しくなってくれ!暇疲れしそう!)


でも、今は新聞読んでるだけの人に見えるとは思いますが・・・

「台風過ぎれば政治を忘れる」

アメリカと日本で、同じ事象についてこれほど報道される内容が違うなんて。

台風のことです。まあ、被害に遭われた人数が違うので

簡単には比較出来ないですけど。

一言で言うと、政治的な出来事と捉えようと

するアメリカと、(今は偶然にも衆議院選挙ですが)

自然現象に立ち向かう市民を支える姿を捉える日本と。


日経新聞に出てた、「日本だったら略奪なんて

絶対に起こらないし、起こることもないだろう!」

みたいな社説が出たときには、正直辟易しましたけど。

これが、(形だけでも、もしくは望んで)

中央集権を望んでいるアメリカと、地方で出来るだけ

の対応をしている日本と。

これは、ただ日本が台風に慣れてるだけかもしれないですけどね。

でも、これが阪神淡路の震災だったり、上越地震だったり

すると、対応遅れは政治問題になるのでしょうね。

アメリカには、またインドとかが、9・11の時と同じように

援助とかをするのでしょうかね。

そういえば、北朝鮮は今回のハリケーン被害に哀悼の意を

表明してましたけどね。

そう!今日は、サッカー!

日本代表対ホンジュラス!(ってどこの国だっけ?)

台風で中止になると、これがヨーロッパ組がほぼ全員集まる

最後の試合になるそうですよ。

「これは広報の仕事です!」

今までのキャリアを広報とIRにほとんどを割いてきて


普通の生活で得をすることがあります。


以前いた会社の上司が、元○イエーの広報部所属の方で、


2000年問題とか、○内政権の崩壊につながる


産業再生法の適用とか、かなり大変な時期を過ごされた


現在は大手IT系企業で広報をしている方です。


特に辞める寸前のボーナス時には、


「現品支給、しかも野菜!」ってな噂がまことしやかに


ささやかれたそうです・・・(もちろん現金だったそうですけど!)


その頃に、


「広報マンっていうのは、流行に遅れちゃいけない!」って


いうありがたい教えを頂きました。


それは、広報っていうのは、社内で1番のアマチュアでなくては


いけないって思うんですけど、


それは外の世界の目があって初めて、自分のいる会社の


現状とか位置関係が分かってくると思うので、


情報は、新聞であれ、雑誌であれ、ファッションであれ、


スィーツであれ、追いかけ、遅れないことが大切です。


自由が丘の「スィーツフォレスト」にも5回は行きましたしね。


(関係ないか・・・ただの甘党ですから)


流行を追いかけることを公言すると、自然と情報が集まる


もので、相乗効果になってますね。


それでいて、改めて思うのが、情報を発信することの


難しさ。


(っていうか、このブログも一種の情報発信なのですよね!)


「積み木くずし、最初からみたいなぁ」

また、台風ですね・・・


今日は、ランチ時に雨がかなり降っていたので、出前に


しようかなと思ったのですけど、無理して近くのコンビにで


サンドイッチ買ってきました。


昔の上司から言われたんですけど、


ランチは外で食べないとダメ! だと。


それで、出来るだけ他部署の人達とランチしなさい!と


ただでさえ、内勤の業務でストレスも溜まるのに、


外に出て、気分転換して、それでいて他部署と混じって


勉強しなさい!みたいなことだったのかもしれないですね。


教えてもらったことはたくさんあったのですけど、


こういう教えって、変にこびりつくので、面白いですよね。


この上司、僕より先に辞めたのですけど、3年位前の話です


けど、HP経由で起業されたようでした。


新宿区にある会社で、ネット系で、30人程度を抱えてる。


僕も35歳までには起業をしようと思っていて、


週末起業なるものに大変興味を持っていたりはする


のですけどね。

「新聞読むのって・・・」

今の会社でもそうなのだけど、IRや広報の仕事をしてる方達は


新聞を読むのが仕事の一環で、自由がきく会社などでは、


自宅に新聞を配送してもらい、朝の通勤時に日経4誌に


目を通すっていう人も多いと思います。


今の会社ではそういうことはなかったのだけど、


今、会社に行ってまずすることは、ポストの郵便受けから、


新聞を取り、他の社員の出社前に目を通し、気になる記事に


チェックをして、時間のあるときに切り抜きをしておく。


会社関連の記事が出た場合は、社員全員に回覧をする


というのが、広報の仕事としてあります。


実は、今、同世代の友人達が家やマンションを購入する


ようになって、自分も少し貯金をしなくてはいけないなと思い、


(別にマンションとか買いたいわけじゃないんだけど・・・)


世代平均以上は貯金をしてきました。


この際、普段配達してもらってる日経新聞をやめようと思い、


でも、前にも書いたように、週末の日経新聞を読むのが好き


なので、週末だけコンビニで日経を買う生活にして、


少し節約をしようかなと思ってます。(せこいな、俺・・・)


節約には一家言あって、今でも、社会人1年目の給料で


生活していて、余る分は全部貯金と、少しだけ資産運用してます。


今、30代の人たちって、僕みたいな意識の人が多いと思います。


将来には漠然とした不安だけはあって、でも毎日の生活には特段


困ることもなくて、それでいて焦燥感はあって、、、みたいな。


俺だけ?