お盆休み、富士山5合目と忍野八海へのバスツアーに参加してきました。

富士山五合目に来るのは昨年の富士山登山以来なのでやく1年ぶりですね。



世界遺産登録ということで大賑わいの五合目です。ただマイカー規制のおかげで

道は比較的スムーズだったように思えます。マイカー規制は積極的にすべきだと思いました。

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この日の天気予報は晴れ、ということで最初は富士山も頂上までよく見えていました。

双眼鏡などで見れば登山者がたくさん見えるんでしょうね。
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でも途中から怪しい雲がでてきて富士山も見えなくなってしまいました。こりゃ登山中の人たちも

大変そうだあせる
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麓のほうも雲で見えなくなってしまいました。山の天気は変わりやすいというのは本当ですね。
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2日目最後の目的地は、ペルーの農家を見学する、というものでした。

ツアーではどうしても観光地めぐりに終始してしまうので現地の人の生活の様子というものを

見る機会はあまりありませんので、そういう意味では面白い訪問先だと思います。



クスコを始め、サクサイワマン城塞やケンコー遺跡と比べるとなんだかんだといって

少し標高が低い(GPSロガーによると3178m)場所にあるはずですが、

このあたりにきてもまだ体調が思わしくない状態での

見学でしたので出されたマテ茶や食べ物もいっさい口にする気力がなかったのが残念ですが・・・。



こちらは住居の門をくぐりその先の中庭の様子です。庭先には果物類の木々が色々と

植えられていました。
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建物の一角で飼われていた「クイ」というネズミの仲間。このクイは食用として飼われている

もので、ペルーでは昔から食べられていたそうです。昔は冬の貴重な食料だったり、何かの

節目の日に食べられていたんでしょうが今では町のレストランなどでも食べることができるようです。

売って現金収入とすることもあるみたいですね(毎週近くで市場が開かれているそうですので、そこに

出すみたいです)。
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日本ではあまり見かけなくなった土壁もこちらでは現役です。あと日干し煉瓦で造られた家も

多いですね。
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台所の様子。台所のある建物はメインの建物とは別の独立した建物となっていたのは

不思議な感じでした。台所から家の食堂へ食事を運ぶ際にいったん中庭を通る必要があるのですが、

中庭には屋根がないので雨のときはどうするのでしょう?
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食事を取る部屋、だと思いますが門をくぐりすぐの建物だったのでお客さんを迎えるための

部屋だという気もします。外観から想像つきませんでしたが以外なほど綺麗で過ごしやすそうです。
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門の上に置かれている二体の牛の像。日本で言うと沖縄のシーサーが一番近そうですね。

各家を守護してくれています。
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塀も土壁ですが模様が描かれていて結構賑やかな感じです。周りの家にはこういうデザインは

見かけなかったので、この農家が特別なんだと思います。地主とかそんな感じの農家なんでしょうか?
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周りの家はこんな感じ。レンガ造りの家が多いですね。
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さりげなく衛星放送用のアンテナなども設置されていたりと、実は意外と現代的なお宅です。
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この農家ですが山に囲まれた場所に建てられており、その山の斜面には段々畑が

あります。ただ、この段々畑はかつて使われていた物だそうで、今では放置されているそうです。
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上にも書きましたがかなり体調が悪く、出された飲み物や食べ物も手をつけることもできない状態で

あったのが残念です。もう少し余力があれば・・・・・。

ちなみに飲み物はコカ茶だったみたいです。日本では基本的にまず飲めない飲み物

(コカインの原料ですからね)なので、いい経験になったハズなんですけどね・・・。


このあとはホテルのあるウルバンバへと向かいます。ウルバンバは標高がここよりさらに低いので

高山病もある程度は解決するはずとのこと。それを信じてバスの中でもう少し仮眠を取る事にします・・。



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航空記念発祥館を出ると綺麗な青空。とはいってもそろそろ夕方近くなってきているし

歩きつかれてきたので帰路に着きました。
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スペースシャトルっぽいオブジェが記念館の前に置かれていました。
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記念館前の広場ではフリスビーなどで遊ぶ親子連れなどでそれなりに賑わっていました。

もともと滑走路だった場所だけありとても広いので色々な遊びが可能ですね
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最後にもういちどYS-11を見ていきました
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一度は来ようと思っていた所沢航空公園でしたが広くて施設も揃っていていい公園だと思いました。

これだけ何でも揃っている公園は中々ないと思います。特に乗り物が好きな子供たちにとっては

素敵な場所だと思いました
インカの祭壇跡。ケンコー(QENQO)遺跡。

サクサイワマン城塞跡から少し離れたところにある遺跡です。クスコを見下ろす高台にある

遺跡なので、見晴らしがすばらしい場所でした。肝心のケンコー遺跡はその上から眺めるだけで

終わったのであまり印象に残っていませんあせる

見学しようとするのも有料みたいなのでこんな場所から眺めていたんでしょうが、有料でも中に入って

見てみたい気も(今なら)します。実際にはそろそろ少し低い場所にあるというホテルに

行って休みたいということで頭がいっぱいでした・・・。

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中央にあるのがクスコにあるスタジアムです。高度3400mという場所にあって行うサッカーの試合って

アウェイのチームからするとかなりのハンデですよねにひひ
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こちらがケンコー遺跡です。ケンコーとはギザギザの意、だそうで、文字通りギザギザの水路などが

作られていているのだとか。祭壇からお酒などを流したりして儀式を行っていたそうです。

実際に近くにいくとかなり大きな遺跡なんだと思います(人が写っていますからその比較で

わかります)が、この距離だとそれほど大きな遺跡には感じませんでした
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近くに大型バスは停められそうもありませんから、この遺跡に来るのであれば

小型車かせいぜいマイクロバス程度でしか駄目っぽいですね
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地図でいうとこのあたり。ピンが2本たっていますが右側のピンになります
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サクサイワマン(SAWSAYWAMAN)城塞跡へとやってきました。

この城塞跡は、かつてインカ帝国がスペインに侵略され、首都クスコを占領された際、

取り返すために兵を集結させた城塞だそうです。クスコ市を見下ろす山の上にあるので

距離的にはかなり近い場所です。



入り口の様子。この辺りで高山病にかかり体調不良の人がそれなりの数いましたが、

フラフラしながら観光開始です。まあ希望者はバスに残っていても良いという話でしたがバスの中に

いても良くなるわけでもないし・・・・・(歩いて悪化する可能性はありますがカゼ
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ちなみにクスコのマルクス広場からサクサイワマン城塞跡を見上げるとこんな感じ。小さくキリスト

(と思われる)像が建っていますが、そのあたりになります。
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「満腹の隼」という意味を持つこの城塞は、クスコがピューマを模って作られた都市と考える場合、

頭に相当するのだそうです。城塞だけあり、かつては大きな建物が建っていたのでしょうが、

現在はその土台部分のみが残っています
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さすが石を扱うことに関して優れた技術を持つインカ帝国の砦だけあり、巨石を積み上げて

砦を築くその技量には驚かされます
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こうしてみるとどれだけ石が大きいかが良く分かります。梯子が写っていますがこれは

測量の人たちが計測するために使っているものだそうです。さすがのこの砦も観光客が

押し寄せて触ったりすることで少しずつ歪んだりしてきているようで、その修復などのために

測量が欠かせなくなっているとのこと。このあたりの事情はマチュピチュでも同じらしいですが。
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これは城塞跡の入り口あたりのようです。
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この中央の石がこの遺跡の中で一番大きい物だそうです。30tとか言っていたような気がしますが

ちょっと定かではありません。何せ高山病でフラフラしていたもので・・・
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石に小さく穴が開いていますがこれは雨水などを外に流すために作られたものです。

こういう工夫はマチュピチュでも見られますが、これがあるからこそ、遺跡が現在まで

残ることができた理由の1つでもあります。
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遺跡の位置はこのあたり。すぐクスコ市のすぐ側にあるのが地図で見ると良く分かります
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あとこの城塞跡にも例によってアルパカなどを連れ、民族衣装を着た人たちが居たりします。

クスコの12角の石の時には記念撮影を頼む(一緒に写るとだいたい1ドルくらい)人は居ませんでしたが

ここでは結構多くの人が頼んでいましたね。何せアルパカがいい顔をしていたのでにひひ


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