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≪ODSS≫リバーベース長良川”地球とあそぶ仲間達”

岐阜県長良川はラフティング・ケイビング・シャワークライミング等子供から大人まで遊べるフィールドです。

そこで暮らすガイド達の等身大日記です。

祝・08年スノーシューツアー

記念すべき第一回ツアーの参加者です。


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昨年のシャワークライミングツアーでガイドして依頼、

約半年振りに今回も偶然にしてお相手来ることになりました。

元気いっぱいの4人組


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時にはこんなふうに女同士の戦いが始まるのです。

1日中マイナス気温の中でのツアー。

寒さを吹っ飛ばすくらいにテンション上げていきました。


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寒いときには体の芯まで冷やしましょう。

恒例メニューの手作りアイス。

今回はバニラとオレンジに挑戦。


もちろん今年も心まで温めるおでんをランチに用意しています。

東海地方名物ミソおでんですよ。

こうしてテントの中で食べれば、寒さも遮断。

外にいるベンちゃんはテントの中が暑すぎて外でお食事です。


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絵になる風景【パパとママの木】今年も健在でした。


そしてこのツアー最大の楽しみ。

それを目的にきた4人組


ボブスレーに挑戦だ!!


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滑って


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滑って


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滑りまくり大満足。


今シーズンより、ツアー毎にボブスレーチャンピオンを選抜します。

といっても選ばれても何も商品はありません。

栄誉あるのみ。


栄えある第一回ボブスレーチャンピオンは

正座すべりで見事なコーナリングを決めた”しほちゃん”です。


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彼女からだのサイズがソリにジャストフィットだったのか、

どんな滑り方をしても初心者とは思えない安定感でした。

スノーモービルとバトルを演じたのも見事でした。


いっぱい遊んでたくさんの笑顔が雪原に溢れたいいツアーでしたね。

お疲れ様でした。

暑くなったら長良川に遊びにおいでよ。


いよいよスノーシューツアーの予約が入りだし冬本番。

短い冬を蒼い妖精と楽しみましょう。





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本日ご登場は、奈良県からお越しの藤田シスターズ。

寒波をどこかに吹き飛ばしてくれたおかげで、ドピーカンのケイビング。

(洞窟の中は関係有りませんが・・・)


さすが日ごろ日本最高の激流のラフティングを愛好しているだけあって、

度胸抜群!!。あらゆる難所を難なく突破。

おかげで色んな穴を楽しめましたね。


ラッキーな事に洞窟の中で出来たての氷柱が見れましたね。


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昨年は暖冬だったので2年ぶりのお目見え。

よく冷えて、ある程度山からの水が無いときしか見ることができないので、本当にラッキーです。

おまけに帰りの車窓からはサルも見れたしね。


2時間ほどのツアーを、姉妹仲良く和気合い合いと過ごす事ができました。

楽しい時間を共有できたありがとうございます。


可能ならばどんな家庭でも兄弟がいるのがいいですね。

我が家も8歳の娘と、6歳の息子がいますが、いっつも喧嘩をしています。

どこの家庭でもありがちな、お母さんにいつも怒られています。


でも、親が忙しいときは2人仲良く遊んでいる姿や、

いっしょに寄り添って寝る姿はほほえましいです。


日本少子化問題を何とかするために、

我が家にもう1人の天使が現れないかと家族計画を立てるのですが・・・。

いつまでも20代のつもりが、気がつけば40代が背後に迫っている。

夫婦そろって口癖は「うちらもあの頃は無茶してたよね」です。


しかし、青春には年齢は関係なし!!


リバーランド園長としてみなさまを夢の世界へご招待いたします。


藤田シスターズへ

本日会話の中で「いつレーシック手術受けたのですが」と聞かれ「2週間前」と嘘をつきました。

3日前に手術したことを知ったら、「そんなガイドさんで大丈夫?」と心配をかけるといけないので、

嘘は方便を使いました。ごめんなさいね。

仕事に支障が来たす体調ではありませんのであしからず。まったく手術前と同じです。

それ以上に視界良好で細かな動きが出来るほど。


明日は、奥美濃スノーシューツアーです。

いっぱい歩いて、いっぱい滑って、お客様を楽しませるぞ!!






君の瞳に一万ボルトレーザービーム(ちょっと古い歌を使っちゃいました)


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2008年1月16日PM18:05 20年間お世話になったメガネを静かに机に置いた。

メガネ生活引退の瞬間であった。

視力が復活する喜びで、ここ数日浮き足立っていた。

そして、手術への不安がまったく無いまま当日を迎えた。


手術控え室に入り、スタッフの女性に手術服を着させてもらう。

赤の他人の女性に服を着せてもらうことに【喜び】を感じてしまったのは、【余裕】の表れか。


しかし、自分の名前を呼ばれるまで待っている間に何故か心臓がバクバクと暴れだした。

手術を待つ人が他3名。それぞれの人が期待に胸を膨らませているはずが、

その集約した緊張感に僕の体も反応してしまった。”平常心を保て”自分自身に言い聞かせる。


待っていた人達が次々と呼ばれ、ついに自分も呼ばれ手術室に入ることになった。

人生3回目の手術。1回目は交通事故で北海道の旭川日赤病院、2回目はニュージーランドのロトルアで虫垂炎でだ。今日が3回目、今までと違うのは自ら志願してオペに向かうことだ。


まずは角膜をレーザーでマンホール状にカットする手術だ。

既に待合室で目薬による麻酔をしているので、直ぐに手術が始められた。

「はい寝てください、リラックスしてくださいね。ではレーザーをあてますから、光の輪の中にある黒い部分を見ていてくださいね。」事務的な掛け声と共に、機械が動き出した。


黒い部分を見つめていると、「ハイ角膜のカットをしますね。1・2・3・・・」と10秒ほどで

目の前が真っ白にぼやけた、これがさっき説明にあった角膜を切った後は目の前が白く濁る症状だった。

分かってはいたがちょっとドキドキ。

スタッフの人に手をつながれ、今度は瞳にレーザーを当てて視力を矯正する手術室に移動した。

前の人が終わるまでしばし待つ。


直ぐに始めてもらえればいいのだが、待つのはつらい。この瞬間電力が落ちて手術が不可能になったら「僕は失明するのか」とネガティブになってしまう。


しばらく待ち、自分の番が回ってきた。先ほど同様に手術台に仰向けになる。そして目の部分露出するカバーを顔に掛けられる。そして執刀医の先生が「はい、上を見て、下を見てと」の指示に従い目を動かす。「はいでは目を動かさないでくださいね」の声と共に、僕の右目に吸盤のような吸引具が装着された。


目が見開かれ一気に眼圧が上がる。ものすごいストレスだった。そしてレーザービーム発射。「ずっと緑の光を見ていてくださいね」といわれるが、時々目に液体を入れられるので、視界がぼやけ目が勝手に緑の光を探してしまう。その都度「目を動かさないでくださいね」と注意される。体が勝手に反応してしまうので仕方が無い。


レーザービームはまったく問題ないのだが、吸引具が眼球に掛けるストレスがはんばじゃない。お世辞にも【楽な手術】とは感じなかった。レーザー放出時間は20秒。先生がカウントをつづける。

その間体は硬直したまま。ものすごい緊張感が続く。

それは永遠とも感じる20秒。大げさかもしれないが、人生最長の20秒だった。

これが、もう片眼も同じことをされるからたまったものじゃない。


右目が終わり、再び左目にも同様のストレスを体感し。はじめの手術を含め10分ほどで矯正手術は終了した。術後直ぐに目を開けてよかったので、視力の具合を見るが、見えているには見えているが、ボヤーとした視界だし、目の中がショボショボするんで、まったく実感がわかなかった。

ただ、見えているのは間違いなかった。


手術室から暗室に移され10分ほど休憩した後、処方箋の説明を聞き。「はいこれで終了です。気を付けてお帰り下さい」術後は1時間は休憩するのかと思いきや。あっという間に終了してしまった。

なんともあっけない終わり方だ。余韻に浸る時間も無く。名古屋の闇の中に放り出された。


実はここからが大変だった。

ショボショボした目を気にしつつ、名古屋から岐阜まで電車で帰る。ほぼ満員電車の中で急激に目がショボショボしだし、目が開けていられない。そして涙がホロリホロリ。頬を伝うじゃありませんか。


絶対に第三者から見たら「あの人失恋してないているんだわ」と思われていたに違いない。逆効果と分かりつつ、涙を見せないように人の視界に入らないような体制を作ってしまうのは。人間の悲しい性ですよね。


涙、涙でバスを乗り継ぎ家に到着。

家に着いた安心感から緊張感が解け、更に激しいショボショボ感に襲われた。目が痛いのではなく、吸引具のストレスが今だ続いている感じだ。こんな時は寝るに限る。この痛みは細胞が復活の為に戦っている痛みだと決め付けてさっさと床につくことにした。(筋肉痛の時もこの痛みは筋肉が発達している痛みとポジティブな解釈をします)


手術のストレスで相当疲れていたのでしょう。その痛みより睡魔が勝りあっさりダウンでした。


そして翌日。

術後の軽い頭痛の中目を覚ます。

そして窓から外の景色を眺める。


「うぉークリアーじゃー」


目の前にフルハイビジョンの景色が広がっていた。


手術体験者が語る「朝起きた時に感動があります」その言葉の意味はそこにあった。


近視の人でしかこの感動は味わえません。

お金を掛けて得る幸せは色々ありますが、これほど有効な幸せの買い物は無いのではありませんか。


これにてレーシック手術記を終了します。

プライベートな話で申し訳ありませんでした。

また、近視でお悩みの方以外の方にはまったく興味がそそらぬ内容ですみません。


最後に、手術に踏み出せない方は是非ともご質問ください。

痛みの出方は人それぞれだそうです。

しかし、痛み以上に得る物があるのは間違いありません。


一歩踏み出せないあなたの背中を押してあげましょう。


明日土曜日はさっそくケイビングツアー、日曜日は今年最初の奥美濃スノーシューツアーだ。光と影の両極端のツアーをじっくりこの目で見てきます。


おわり



      目はあなたの大切な命


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私事で申し訳ありませんが本日のブログはプライベート関するお話です。

といっても、この話に共感しお悩みの方は多くいるはずです。

僕の体験記を知ることで、多くの方に不自由な生活から開放していただきたいと思い書きました。

本日はその序章です。今後その経過状況をお知らせします。

また、リバーベースにお立ち寄りの際はお答えしますよ。


さて本題。


近視でお悩みの方へ


近頃TVで南海キャンディーズの山ちゃんが近視手術(レーシック)を受けた事が話題になっていますね。

それ以後、色々なTVでレーシックの放映を目にするようになりました。


近視矯正手術ちょっと前まで手術費用100万円。数年前に50万円まで下がり、宝くじが当たったらやりたい。

とちょっと夢のような話でした。

しかし、最近になって急激に手術費用が下がり今や10万円代から、高性能手術でも30万円を切る値段になっているのです。


昨年春にお客さんが手術を受けその内容を知り、時間が取れる秋冬あたりにはと考え始めました。

そして秋にあり頭の片隅に「手術したいな」の思いがありながら、きっかけがないまま年末を迎えようとしていました。


そんな中、山ちゃんの放映があり、手術願望に再び火がつきました。そこえ追い討ちをかけるように、

また違うお客さんが、レーシック病院に勤務していて、そこでしっかりと手術に関しての話を聞きました。

ここでさらに一歩前進。


最後の決め手はODSSの忘年会で、スタッフがちょっと前にレーシック手術を受けたことを知りました。

それまで病院が大阪や東京など遠方の情報ばかりだったのが、

彼女は岐阜から電車で20分の名古屋で受けたことを知り、それが最後の決め手となりました。


誰か知り合いが受けて、術後の経過も問題ないということだったので、他の病院を探すことなく、

神奈川クリニック眼科に決定しました。


思い立ったら吉日、さっそく検査の予約を入れ、2008年年明け早々に、手術が可能かを調べる検査に行きました。5人に1人が手術不可の宣告を受けると聞き、ちょっとナーバスな状態で検査を受けました。

久しぶりに試験を受ける感覚でしたね。


2時間近く10種類ほどの検査を受け、最後に執刀医から合否の判定。

ドキドキしながらその言葉を待つ

そして、先生の口から「サクラサク」の言葉をいただきました。

ほっと一安心。第一関門突破。


そして「あと何日かで子供の頃のように水中で目が空けられる生活に戻れるんだ」

とウキウキしながら手術日まで迎えました。


そしてついに明日1月16日を向かえます。

手術翌日も術後検査があるので、この報告は18日にいたします。


目のいい人にはこのウキウキ度が理解してもらえな残念です。

また、つまらぬ話に付き合っていただき感謝しています。


では、あさっての報告までごきげんよう。


※ちなみに神奈川眼科クリニックでは現在検査料金は無料となっています。

キャンペーン期間中にて今後の情報は御自分でお調べ下さい。


お得情報

①ネット、曜日割引、お友達紹介による割引が色々とありますので、このあたりも手術費用を抑えるためにしっかり調べましょう。

②生命保険から手術による保険料が給付される場合があります。加入されている保険会社に問いあわせましょう。これが適用されると、上の割り引きと合わせて数万円で手術が可能となります。


ちなみに僕が行う手術名は「ブルーラインIntra」です。手術費用168,000円。基本的に3種類ある手術の中で中間グレードを選びました。この価格に曜日割り1万円とお友達紹介割り1万円を引くと、148,000円となります。僕は生命保険を2件掛けているので、もしそれが降りたら更に安くなります。

失明への心配は無いそうです。メガネと、コンタクト生活からいち早く開放されたいのなら、今がチャンスです。


みなさまも良く調べて、命の目を復活させませんか

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お知らせ。

デュークは昨年の10月を持ちましてODSSを卒業いたしました。

3年間の感謝をこめてデュークをご紹介します。


2005年4月世間はウォーキングのブームの真っ只中、会ったその日、見た目その瞬間に「デューク更家にそっくりだから君のガイド名はデュークだ」と決まった。ここ数年キャラクターが先行するガイドが登場するが、後々紹介する、こぶちゃん→クララに告ぐヒット商品だった。


同期は10歳近い年齢差の”ツネ”です。連日のラフティングトレーニング2人で切磋琢磨してガイドデビューを目指すが、連日の酒量がいけなかったのか、ガイドチェック日の増水がアンラッキーなのか、はたまた神様のイタズラか?同期のツネが順調に成長する中苦労に苦労を重ね、8月に見事ガイドアップ。彼の頭に見事サクラサク時だった。


その後、前職の営業で培ったトークと持ち前のキャラクターを武器にお客様をデュークワールドに引き込んでいったのだ。我々スタッフは彼のガイディングよりも、連日の酒量の多さに驚かされた1シーズンだった。


休養の後12月より始めての冬を乗鞍で迎える。スノーボードはかなりの腕前だが、乗鞍の業務はスノーシューとネイチャースキー。スノーシューのガイドアップは問題なし。しかし、スキーは初心者だったため、これまたラフティング以上に苦渋を飲まされるのであった。そのエピソードは乗鞍ブログをご覧下さい。冬の鬼軍曹PJ峰が紹介しています。


2006年4月、2年目の夏を長良川で迎える。さすが2年目の目は輝いていた。昨年と違ってガイドというステータスを持ってのシーズンインな為、デュークオーラが全快だった。もちろん酒量も全快。昨年と違うのはおいしい酒の数が増えたことだろうか。


そのおかげで、私も何度も彼の餌食にあい、人生でこんなに2日酔いが多い年もなかった。事実、デュークのいない今年の乗鞍スタッフの酒の量は確実に減ったそうだ。


この夏デュークが最も輝きを放った夏の出来事があった。某フレンドシップカンパニーにパーティーに呼ばれたとき、宴もたけなわのその時彼の頭に神が降臨したのであった。350ml缶のビールを頭皮に吸着しその頭にくっ付いたビール缶でおしゃくをしているのではないか。その姿にその場所に居合わせた人々は「デュークの頭に神の姿を見た」と語り継いだのであった。


2年目の冬も含めて充実したシーズンだったのではないでしょうか。


そして3年目の長良川を経て彼はODSSから卒業したのであった。


今彼は地元静岡に戻り自分の夢に向かって歩き出したと聞く。

彼の栄光を願って影ながら応援したいと思います。


最後にデュークこと(長田圭司)蒼い妖精こと(太田圭司)そしてニコラスケイジが加わりこのトリオを世界3大ケイジと勝手ながら言わせてもらいます。その名に恥じない人生を送ろうではないか。


3年間ありがとうデューク。


このスタッフファイルは本人のコメントによるものではありません。

蒼い妖精による記述にて事実と相違がある事もありますのであしからず。

もちろん本人達の意思も尊重しておりません。