大運の捉え方には、
古来より多様な見解がございます。
鑑定におきまして、
“大運は天干と地支のどちらを重んじるべきか”
とのご質問をよくいただきます。
本日は、私の理解の範囲内にて
恐縮ではございますが、
綴らせていただければと存じます。
「大運は方を見よ」と申しまして、
地支を重んじます。
大運は月支を起点とするため、
先ずは、我にとっての春夏秋冬(東西南北)
をおさえることが要となります。
次に、命式の格を取り、
命式の通変星の在り方を見た上で、
大運の吉凶興敗を測ります。
命にとって、東方木運、南方火運、
西方金運、北方水運がいつ巡るのかを定め、
その季節を前提にして、
命式との天干地支の相生相剋、
格局との喜忌救仇、十二運の強弱、
そこに歳運を絡めて、命運を測るのです。
大運に巡る干支一つをとりましても、
その性質は異なります。
壬子、辛酉、丙午などの専旺干支と
なる十年間であれば、
その通変星の事象が強く現れると
判断いたします。
反対に、甲辰、己亥、庚寅などの
蓋頭干支となる場合は、
専旺ほどの影響力をもちません。
たとえ喜忌救仇の理に適っていても、
地支の強さによっては喜神が破れ、
忌神が力をもつ場合もございます。
大まかなご説明となり恐縮ですが、
このように、大運を測るうえで最も
重視すべきは地支の状態であると考えます。
その上で、歳運と命式のすべての
干支を重ねて後天運を導いてまいります。
また、調侯用神の観点から
大運を捉える方法もございます。
通変星や十二運を用いずに、
命式にとって必要な五行の巡りを
見るというものですが、
十二分に運勢の勢いが測れますことと、
感触としましては、
四季折々の情緒豊かな景色を描ける
感触がございます。
大運を見るにおいて、
“絶対”というものはございません。
四柱推命は鋭利な的中率を誇るが故に、
先人が残された看命法にも
あらゆる法則が存在いたします。
けれども、
その看命法を用いたとしましても、
結果論や今現在のその方の人生を
拝見した上でなければ、
その方にとっての吉凶興敗を見定める
ことは難しいことと思っております。
僭越ではございますが、
大運の見解におきましては、
人は、必ずしも命式に描かれた通りの
運命を辿ることはないという
結論に至っております。
私自身、自社事業の流れと大運を
照らし合わせる中で、
事業の成長や衰退、財の動き、
健康の変化を見るに際し、
大運の重要性を実感してまいりました。
その中において、
大運が描く通りに吉凶興敗を経験
したのかと問われれば、
まさに“大運通りの厳しい時期”であったとも、
“極寒の冬に花を咲かせた”とも、
両極の答えを持ち合わせております。
“花を咲かせた”時期の大運は、
おそらく、どの看命法を採りましても、
命式にとって最も過酷な運気と
判断される時期での出来事でございました。
我の命にとり、
凶である大運が巡れども、
困難辛苦を経験したことで
命が輝きを帯び、
人生において、最も価値のある時期を
過ごされた方を数多く見てまいりました。
運命を創造するのは我の力であります。
大運とは、命にとって最も必要な
経験や出来事を運命的に示唆しているものです。
その方の人生と照らし合わせた上において、
四季の巡りを推察していくことが、
本来の大運の採り方ではないかと思います。
四柱推命とは、
まさに推命(命を推し測る)占術であると、
命式を拝見するたびに
お一人お一人が織りなす四季の情景に
敬意を抱いております。
本日も最後までお読みいただき、
感謝申し上げます。