窓越しから眺める車と人々の往来の中には、
土地の風土と申しますか、景気の上がり下がりが
色濃く反映されております。
変わらない景色の中においても、
4月はひと際華やぐ景色へと転じます。
本年も、満開の桜の木の下で、
周囲のオフィスビルから次々に
新入社員の方々が集まり、
記念撮影をされる様子が広がっております。
街の風物詩になりつつあるその風景に、
世界を取り巻く動向を踏まえ、
年度初めに微かな緊張感を覚えております。
4月は諸々の変化を迎える時ではありますが、
私に至りましては、本業の仕事において、
一つの大きな区切りを迎えた次第です。
ここで、ある命運について触れさせていただきます。
日柱が庚寅の女命。
大運で庚寅の干支併臨を迎えた折に、
配偶者が治療を要する疾病を
発症いたしました。
病を発症した年の歳運は乙亥となり、
彼女の日干・大運と妬合が成立し、
天地徳合ともなる年の出来事でした。
このお話をさせていただく前提として、
命題の方の過去を辿る中で、
命運だけでは捉えきれない側面があるように思われ、
神殺からも検証を試みた次第です。
命題は、日柱が歳運と干合支刑、
そして大運と歳運も干合支刑が成立しております。
これは神殺では互換亡神劫殺と申しまして、
古書には、家庭において注意を要する時と
記されております。
劫殺とは、事故や怪我など外部からの
災厄を意味する四柱推命の神殺であり、
亡神は、心や身体など内部の災厄を意味します。
流派による様々な見解がございますので、
互換亡神劫殺の出し方は割愛いたしますが、
主に、命中や歳運に亥・寅・巳・申が
絡む時に働く神殺となります。
命題の女性の場合は、
日柱(配偶者)の柱が互換亡神劫殺となるため、
神殺の観点からみるのであれば、
互換亡神劫殺が自身、そして配偶者に関して
何らかの象意を持つと読むことができます。
劫殺・亡神は、どの柱にあるのか、
通変星も絡めて、身旺・身弱ともに、
命式五行の配分によっても吉凶の象意は
緻密に変わります。
ですから、
劫殺・亡神は凶の象意ばかりではなく、
劫殺は一財を得る強運さを持ち、
亡神は芸術・学問の分野にて成功を収めることが
できるとされております。
なお、互換亡神劫殺がご自身の命式や
歳運で成立した場合ですが、
その現れ方は一様ではございません。
互換亡神劫殺は、いわゆる駅場的な
動きとして現れることもあり、
その時期は忙しさが増すなどの象意で
表れる場合も多くございます。
神殺は語るに及ばずの側面がございますが、
あえて互換亡神劫殺を語りましたのは、
私の身内がこの神殺を持っておりますことと、
鑑定をしてきた中で、凶作用のみならず
特殊な出方をする神殺だと感じているからです。
先の記事にも記載いたしましたが、
神殺は、古代中国の占術家たちが体系化してきた
経験則から生まれたもので、
神殺だけで命運を看るということはできません。
四柱推命は、滴天髄を源とするものです。
理論をもとに命運を看る学問となりますので、
神殺はあくまでも補助的なものとして
看る必要がございます。
多くはありませんが、
他流派の先生方の理論を拝見してきた中で、
私なりに神殺への考察を繰り返してまいりました。
師匠が、なぜ神殺を排除しなかったのか、
私自身がなぜ神殺も絡めて命式を看るのかに
思いを馳せることがございます。
鑑定士は、実際の鑑定の中で培う
自分だけの占術というものがございます。
実践の中でしか得ることができないもの、
神殺もその一つだと思っております。
神殺は命運を看るものではなく、
寸分狂うことのない宇宙の摂理と宿業が
刻まれているのではないかと、
そのように思うのです。
ですから、神殺の象意を推測するにしても、
なぜその神殺が命式にもたらされたのか、
あるいは運気の中で巡るのかは、
命式のみから紐解くことは難しいもの
と考えております。
それでもなお、命運を看る中で、
神殺を抜きにしては捉え得ない事象が
あることも、
また事実でございます。
だからこそ先人は、
理論だけでは導き得ない知見の中から
神殺を見出し、
その叡智を現代に遺したのではないでしょうか。
学問や理論を越えたところに位置する
ものであるからこそ、
神殺というものに、先人は過去と未来の相を
見据えていたのかもしれません。
長くなりました。
本日もありがとうございました。