印星は、五行の流れで申しますと
比劫の我を扶ける、強化する働きをする星です。
命式の五行配分にもよりますが、
四柱推命の鑑定におきましては
身旺身弱の判断とともに
印星が命式にどのような作用をもたらして
いるかを看るのは非常に重要なこととなります。
“財を以て父と為し、印を以て母と為す”
印綬は生みの親であり、母親を示します。
さらには知性、学問、宗教など
わが身には引き立てとなる星であります。
命式が身旺であるならば
印の扶けは要らず、
身弱であれば印は喜びとなります。
日干と陰陽を異にする印綬という星は、
命式に看れば、古より貴星であると
重んじられてきました。
私は昔、「貴方は印綬がないから
鑑定士になるには時間がかかる」と、
さる高名な先生に鑑定いただいた
ことがございました。
理由はと申しますと、
鑑定士として必要な体力がない
(日干を生じる印がないため)のと、
なによりも、印綬の“真理を見る”力が
備わっていないからとのことでございました。
古い時代の話で恐縮でございますが
昔は、印綬がなければ教師にはなれない、
公の職に就けない、名誉に縁がないなど、
こういった解釈がなされていた
時代もございました。
それほど、印綬という星は特別な存在で
あったということでございます。
以前にも記載させていただきましたが、
私は一度、印綬の年に事業を手放す
経験をいたしました。
病気も重なったことが理由にございましたが、
振り返りますと、あの特別な年は、
救いであったと今であれば理解できるのです。
本年の丙午年は、
まさに火にあぶりだされるかのように
隠し事や秘め事、水面下の世情が
突然浮き上がってくる、といった感がいたします。
今現在、印綬の年を迎え、
手放されなければならないモノ、
それは人や財、地位であったりしますが
容易には割り切れぬ想いを抱えながら、
苦境に耐え忍んでおられる方がおります。
印綬の年に起きる出来事と申しますのは、
必ず意味があって経験なさることであります。
十星の巡りの最後に位置する印綬の年運は、
過去の行いに対する答え合わせのような
出来事をもたらすことがございます。
それゆえ、印綬の年は、
過去の自分の行為や行いを清算する年
ともなるのでございます。
過去に執着を見せれば、
新しい運気の扉が開かないことになります。
但し、経験則で申し上げますと、
印綬の年に手放したものというのは、
時が合えば、再び巡り遭えるという側面を
もっております。
比劫の運気で手放すものとは、
その“先”が違ってくるのでございます。
なぜなら印綬には、
少し話が逸れて恐縮でございますが、
目に見えない世界が関わっているからだと
申し上げておきます。
なぜ、このように言い切れるかは
私自身が、後に事業を取り戻したことと、
同じ経験をされた方々を存じあげているからです。
印綬の年運で、
吉凶いずれの結果となりましても
そこには過去のご自身の言動や選択が
関わっていることも少なくありません。
そこに振り返りが必要な事象があるならば、
大いに振り返ることを要されていると
いうことになります。
吉凶は糾える縄の如し、と申しますが、
運命というものは
決して定まっているものではございません。
目に見えない働きを如何にして
自身の運命に手繰り寄せ、
織りなしているのかでございます。
印綬の象意である“宗教”は、
信仰心をも意味しております。
なにを信じ、なにに祈りを捧げるのかを
問われる年でもあるのです。
印綬の年というのは、
不思議なことでございますが、
祈りの先に、もたらされるものが
あるのでございます。
本日もありがとうございました。