前回に続きます。
創業10年目を迎える直前での、
更には圏内の業界市場において
トップ企業に入る目前での休業でした。
その事実は
私に二重の苦しみを与え、
闘病生活を長期化させました。
半年ほどの療養のはずが、
原因不明の病までも併発し、
死線を彷徨う事態にもなりました。
こうして社会復帰までに
長い道程を歩むことになるのですが
復帰までの道筋は、
別の機会に記したいと思います。
闘病生活から数年が経過し、
社会復帰の目処がついた頃です。
私は復帰先として、
経営権を一部譲渡した企業に
役員参画で加わりました。
目的は、今もなお息を潜め、
横たわるプロジェクトを完全に
終わらせることでした。
数年ぶりに対峙したプロジェクトは、
けれども、
当時のままの状態で、
まるで私の復帰を
待ち続けていたように、
再会を祝うかのように
存在していました。
過去の遺産であるにも関わらず、
多くの人の手を介し、
奇跡的にも存在を許された産物。
やがて私は、
葬り去りたい記憶も、
取り戻せない過去も、
許されたいと願う祈りも
目の前のモノこそが
共に握りしめていることに
一縷の光を見出したのです。
こうして10年の時を経て、
私は再びプロジェクトを別の形に変え、
復活させたのでした。
現在、プロジェクトは、
当初とは形を変えてはおりますが、
万人を繋ぐ架け橋として
依然として息づいております。
想いから生まれた産物は
いつしか同調の中で
然りと存在しうるモノへと
成長を遂げたのでした。
冒頭の師匠のお言葉通り、
私は、“再生と破壊を繰り返す”
傷官そのものを体現した次第です。
長い私の物語は、
傷官現象の一例として、
過去を思い出しながら記しました。
では、
強い傷官を持つ者は必ず
“再生と破壊を繰り返す”のかと問われれば、
“否”とお答えするでしょう。
次の回で、
傷官についての話は最終章にいたします。