優しすぎる言葉が追い詰めていく
と、いつも思う。
まあ、本来はどちらも!なのですけどね。
介護生活を長くやり、基本的には、介護される人が幸せかを見るのかなと実感した。
介護する人の幸せとか、人生とかは、あまり意識されない。
どこのお宅でもそうだと思いますが、誰かが倒れた、、、介護が必要となりました、、
じゃあ、誰が介護する?
これ、問題になりませんか?
遺産相続ともなれば、自分が、自分が、、となったり、平等に!とか、均等に!とか、騒ぎ立てる。
自分が不利になると怒りをあらわにしたりするのでは?
相続人でない人まで首を突っ込んできたりね、、トラブルがありがちです。
しかし、介護となると、全然違う。
私は~があるからできません!
を、一斉に言い出す。
または、関わらないように離れていく。
知らないふりをしたり、、、積極的には関わらない。
背負ってくれる人がいるならおまかせで、自分が損することがないようにと、ガードを堅くする。
自分が、、なんて、口が裂けても言わない!
もし背負ったら、、、場合により、離婚問題に発展するかもしれないし、介護離職しなくてはならないかもしれないし、、、
介護というものは、生活を圧迫する。
時間もお金もかかる。
何より自由を奪うから、思うように動けなくなる。
子どもの受験が、、
家が狭いから、、
仕事あるし、、
そんなの言い訳でしか無い。
家が狭くても、子どもが受験でも、仕事していても、できますよ!介護。
やりたくないだけです。
甘えてますよ。
だけど、誰かが背負ってくれたら、介護している人には遠慮なく注文つけてしまう。
もっと掃除したら?
もっとご飯に手をかけたら?
もっと~、もっとも~っと、、
全然できてないし、、
まあ、いくらでも言えます。
それなら足りない分を、あなたが通ってきてやってくれたら良いですよ!
それができないで、うちは~あるから、、と、次は何カ月先に来られるかわからないとなる。
どんなに忙しいかはわかりませんけど、介護している人以上に、ものすごくお忙しいのでしょう。
でも、私もそうですが、介護のために、毎週2回は、住んでいた家から片道1時間半かけて何年も通いました。
子どもが受験でも通いました。
夫の親の介護があっても通いました。
夫の親の介護をしながら、夫を看取り、葬儀の直後も通いました。
休まずに通いました、、、
同居するようになり、シングルマザーだから、仕事しながら、親の病院には、付き添いました。
手術なども、仕事休んで対応しました。
目いっぱいやりました、、、、
なのに、足りませんかね、、、
と、思いました。
介護される人が、もっとも~っとっ幸せでいることが、良い介護であるかもしれない。
不自由させたり、寂しい思いをさせたりすると、優しい周囲は、なんでこんな?と介護者に文句を言ったりする。
文句を言ったつもりはなくて、優しさからくる提案!であるのだろう。
しかし、受けとる介護者には、刀で切りつけられたような思いであることが多い。
我が家は介護と育児の両立であり、さらに複数人同時介護、、そこに後に夫死亡による母子家庭と言う状態に、、
仕事をいきなりすることになり、40過ぎての社会復帰。
そこを応援してくれる人はいなかった、、、
でも、そこが上手くいかないと、生きていけない、、生活できない。
私が介護ができなくなると、誰かが代わらないといけない。
そこが難しいところだった。
結局義父の介護は夫の親族にお願いして、私は実家に帰り、実の親の介護をし、看取りまでやりました。
うちはまだ、親族が近くにいて、最悪、私が死んでもなんとかなると思った。
目いっぱい無理もしたけど、、、やはり、目いっぱい無理するなら、仕事で無理をしたかった。
介護の分、今は仕事に時間を使う。
収入につながるんだ、、、と実感した。
働けばお金になる、、
でも、介護はお金にはつながらなかった。
それを、徳を積んだ生き方と言ってくださる方もいらっしゃいますが、、、
やはり、経済的には損失は大きすぎるし、なにより、死別してすぐに社員で働き、キャリアを重ねていきたかった。
シングルマザーで、きちんと働けているかとか、生活していけるのかとか、そんな心配をしてくれる人は居ない。
とにかく介護と仕事を両立し、細々とでも働く!
そして、介護が終わっても困らないようにと、資格取得するために、睡眠削り、ヘロヘロしながら頑張ってきたけど、、、
それも、はい、ご苦労さま!みたいな、、、
特別なことではなく、これは、介護を背負わない方も、同様にふまつかる壁ですか?
忙しくてできないのは、ここまでの忙しさだからなんだよね。
自分は、また自分の家族は安泰で、さらに親の安泰は絶対で、それを実現してくれない人を攻撃していく、、、
優しさではあるのかもしれませんが、、、、それを優しさと思うなら、介護をするってことが見えていない気がします。
介護だけが大変で、介護者が追い詰められるわけでは無いです。
介護をしているのに、頑張っているのに、否定する人が多く居ることに傷ついてしまう。
もっともっとと、足りない、足りないと追い詰めていく人が居るから、辛いのでは無いのかな。、
介護される人の状況にもよりますが、穏やかな時間が流れる、幸せな介護生活もありますよ。
大変にしてしまうのは、過剰とも言える、完璧介護を求める人たちの、優しすぎる言葉なのではないだろうか。