それだけ当たり前みたいになっているのかな、、と思ったりする。
私は、やはりそういうことには否定的な考え方で、誠実さに欠けるように思う。
でも、男性たちの会話を聞いていると、なるほど、、と思うようなこともある。
先日の騒動では、介護の話題もあり、複雑な思いだった。
高次脳機能障害、、、
母も脳内出血で倒れたので、病院に行くと、こうした方々がたくさんいらした。
女性から女の子になってしまった、、、
なんか、よくわかるし、切実な思いだろうな、、と、現実を受け止める難しさを感じた。
女の子の彼女を愛して結婚したわけではないはず。でも、全く別の人になってしまう。
想像していた結婚生活とは違うし、共に歩む思い描いていた未来は、ひたすらささえル未来になり、支えてもらうことは無いような現実を生きることになる。
介護の辛さをカミングアウトしたことは、彼にとっては、少し楽になれたかもしれない。
しかし、奥様のご親族からすれば、何でそんなことを公にするのかと、怒りもあるかもしれない。
介護の疲れは、やはり介護をされる人に振り回されてしまったり、意思疎通が上手くいかなかったりすることが原因なこともお多くある。
相手が上手く会話できる状況にはない、、てか、、、
高齢者の介護なら、まあ多少周囲も理解してくれる。
しかし、若い方の介護なら、さらに芸能人ならば、イメージを壊すようなことを言われたら、どうしてそんな事まで言うのかと、怒りもあると思う。
カミングアウトをすると、嫌な思いをする人がいる、、
また、責任持って結婚という法的手続きをしたのだから、介護だって責任持ってやるべきで、それを辛いとか、、
何言ってるんだ!
みたいなご意見を持つ人もいるでしょう。
介護は本当に過酷。
ガンになれば、特に配偶者のガンともなれば、妻が悪いから、夫が悪いからガンになるんだと言われたりする。
病気になるのも配偶者が悪くて、頑張れない配偶者はダメなやつで、辛いとか言っていたら、頑張りが足りないとか、何が辛いか意味が分からないとか、、言われてしまうのが現実。
配偶者の看病や闘病は、本当に過酷で、辛いものだと思う。
それを越えるって大変なこと。
カミングアウトは、時に非常に大切で、疲れ果て、燃え尽きてしまわないように吐き出すのは、必要なこと。
でも、それを受け入れてくれる状況がなかなか無いから、介護が余計に大変になってしまう。
日本は、まだまだ介護においては遅れていて、そういう辛さを理解できる人が少なすぎると思う。
だからこそ、辛さを吐き出せない、誰にも言えずに抱えてしまう孤独な介護者が多くなる。
一度思いきり否定されたら、もう二度と言わなくなる、言えなくなる弱音や、本当に苦しい現実。
私も口を閉ざした。
言っても無駄。批判しかされない。胸にしまう、、、
介護が終わり、このしまっておいたものが、いかに莫大な物かを実感する
こういうこと、知識だけではなく、経験ある、また聞く耳がある聞き上手な人に、じっくり聞いてもらえるような人が聞いてあげる必要がある。
まだまだそんな人は少ない。
頑張っていてめ、さらに頑張って!もっとも~っと頑張って!
と、いつまでも、どこまでも、果てしなく頑張れを要求してしまうのが日本人らしさかもしれない。
でも、自分が同じ立場になれば、多分大抵の方々が、そんな要求に耐えられるほど強くない。
経験したらわかるけれど、経験なければ、やはりこの果てしない孤独や辛さが見えないし、想像できない。
介護者より、介護される人が気の毒になり、もっとも~っと頑張れを要求してしまう。
介護する人も、される人も大変
、、そこがなかなか理解されない。
介護が終わっても、やはり同じで、そんなことくらい、!、みたいな印象しか持たれない。
そんなことくらい、、
と言われるには、重すぎるのだけどね、。
無理解による孤独は、介護が終わってもなかなか抜け出せないのかもしれない、