もう20年くらい前は、こんなに車いすの人も、杖を使う人もいなかった気がする。
気が付いていなかった、意識していなかっただけかな。
今は、車いすの方もかなり良く目にする。
私もあんな風に車いす押していたな、、
と、なんか懐かしく思ったりもする。
亡くなった夫の母は、私の母より、さらにずっと前から車いすご利用していたから、よく買い物に車いすを利用して出かけたそうだ。
箱根の障害者のための宿泊施設は、館内バリアフリーだからと、よく連れて出かけていた。
そういう介護生活は、当たり前のようで、当たり前ではない。
車いすを押す人が、杖が必要な感じの方だったり、、、老々介護の現実を目の当たりにしたような気持ちになる。
白い杖のご主人様を支える奥様も杖を使っていたり、、、
我が家も、母の介護は、父が中心だったから、回りから観たらこんな感じで、娘は何してる?と、、
そんな感じだったのでしょう。
いや~、仕事が忙しいらしくて、どうしようもないんですよ、使えなくて、、
そんな風に言われていたのはわかってる。
でも、やはり、シングルマザーだから、働かなくちゃ!と、、、
介護の形は色々で、老々介護もやむを得ないこともある。
それで何かあると、施設に入れてないからとか、もっと子供たちが手を貸すべきとか、色々言われたりする。
だけど、頑張っても、やはりもっともっとは言われるでしょ?
うちは、ラーメンが食べたいと言われるから、実の親の介護をしながら、義理の親の三食を作りましたが、食べたいとのリクエストを受け入れ、比較的多めにラーメンを出した。
結果、家庭料理を作って!体に悪いと親戚から道ばたで叱られた。
三食を作るのも、かなりの苦労をした。三食には休みがないから、、、
結構色々頑張ったけど、そんな事は当たり前で、評価はされない。
介護は、なんか自分だけ損している気がしたり、社会から取り残されたような気持ちになったり、評価されないことを淡々とやり続けるのに文句を言われたりすること、、
沢山あると思う。
病んでしまうのもわかるし、孤独になるのもわかる。
私は育児と介護の同時進行のダブルケアだった。
子育て仲間がいたり、役員などやり、多少ではありますが、嫁とか、娘ではなく、個人として評価される機会がり、そこに救いがあった。
また、老々介護も悪いところばかりでもない。
夫婦の最期の時間を、支え合って生きるのも悪くない。
うちも、母のお風呂などは、父が担当して、しっかり体を洗ってもらうなど、仲良くしていた。
必要なところはフォローして、そうでないところは、なんとかやっとでも、任せた方が幸せなこともある、
全て完璧が良いわけでもないよね、、、と、長い長い介護生活を振り返ると思う。