母がいなくなり、それがなくなった。
行くところがないような、、なんか淋しいなと思う。
毎日なんか行く必要は無いのかもしれないけど、うちの場合、毎日行くことには意味があった。
ご飯を食べない母に、また食べられないときに差し入れをするとか、足りない物を買い足すとかは、やはり毎日行くからできたこと。
また、毎日来てくれるから安心というのもあるし、何より、うちは、毎日来てくれるのよ~!お買い物にも連れて行ってくれるのよ~!
そんな事が、母の自慢でもあった。
なんて言うか、施設に入れられ、見捨てられたわけじゃない!安全のため!在宅で一人でいたら困るから、念のため!と、施設に入れただけで、在宅と気持ちは変わらない!
ここ、伝えたかったから!大事だから、そこ!!
お金を残すために、お金がかかる施設に入れるのをためらう人も居る。在宅ならできるのか?その判断は難しい。在宅は、施設以上に目が行き届く環境なら良いけれど、転んでも起き上がれないようでは、危険もあり、世話できる人がいるか、いないかで、場合によっては施設以上にお金がかかる事態となることも考えられる。
どっちがお得かではなく、必要かを考えてもらいたいな、、と思う。
また、やっぱり、頻繁に足を運べば、本人の気持ちもやわらぐし、なんか、他の人より面会があるって嬉しいみたいだ。
お年を召したおじいちゃんに、独身のおばあちゃんたちが複数で面会にいらしたりすると、あの方みなさん独身なんですよ!来てくれて、、と、照れながらお話ししてくださるような方も。
なんか、そんな面会も楽しいし、無関心でなく、思ってくれる人がいるということに、幸せ感じるのだと思う。
行けないなら、手紙送るだけでも違うし、無関心ではないことを伝え続ける!これ、すごく大事ではないかと思う。