出張坊主・西川舜優です。 -7ページ目

出張坊主・西川舜優です。

真宗高田派 義明寺 衆徒 
株式会社 舜 代表取締役

実は交通事故の後、通院を続けているのですが左肩が90度以上あげると激痛がはしり事故後90日が経過しても続くので、担当医が、

「これは肩の腱が損傷しているかもしれない。紹介状書くから大きな病院でMRIを撮ってきてくれ。」

「わかりました。よろしくお願いします。」

「しかしここまで長引かせたのはワシの責任もあるから転院する?紹介状書くよ。」

70前後のお医者さんは悲しそうに僕に訪ねてきました。いやなんというかまぁ近所だし、もし手術しないといけないほどの損傷だったとしたら先生に手術をしてもらうわけではないので「いや、先生のところでいいですよ。」

と返したらやたら嬉しそうでした。そんな会話が先週にあって今日は新栄の病院にMRIを撮りに行ってきました。

MRIってなんであんなにガンガンゴンゴン音がなっているのだろうか。あの真っ白なトンネルに入るのが怖い。という声お聞くのですが交通事故4回目の僕はすっかり慣れっこで30分の昼寝を満喫しました。

しかし肩の腱の手術は全身麻酔なのだそうでそれだけが本当に嫌です。だって尿道に管を通すんですよ。入れる時は寝ているからいいのですが抜く時が痛い。部分麻酔はできない手術のようで結果が今から怖いです。

でこの事故の影響で会社のチラシが配れないのである雑誌に広告を掲載したところ、ホームページへのアクセス数は3倍。このブログへのアクセス数も1.5倍になりまして、自分の会社の特性にあった広告方法を探すことも大切なのだな。と気付かされました。

というわけで今日は「布施のはなし」

 

現在真宗高田派では宝物館をリニューアルするために寄付を募っています。というのも真宗高田派は真宗(浄土真宗)のなかで最も歴史が深く親鸞聖人が書かれた書物や仏像などたくさんの宝物を所蔵しています。

そしてそれらを所蔵、保管、管理している宝物館という建物は国宝級の宝物があるにも関わらず、空調や湿度を管理できる機械がないどころかかなり状態がよくない。

そしてついに宝物館リニューアルを決定しまして寄付を行っています。もちろん僕も寄付をしてきまして記念品を頂きました。中身はなんだって?教えません。

教えませんがとてもよいものです。ふふ気になってきたでしょう。でもね、高田本山は現在、コロナの影響で県外からの参詣は自粛です。ふふふ残念です。この記念品の中を手に入れられないとはね。

仏教において寄付のことを布施ともいいます。この布施ですが、お金がない人はどうしたらいいのでしょうか。ちなみにお金や衣服を布施することを財施(ざいせ)といいます。

他にどんな布施のやり方があるかというと、①あなたの素敵な眼差しでみつめたり、②素敵な笑顔を振りまいたり、③優しい言葉をプレゼントしたり、④その健康的な肉体を使って重いものを運んであげたり、⑤優しい心をプレゼントしてみたり、⑥座る場所を譲ってあげたり、⑦寝る場所を提供してあげたりがあります。

これを無財の七施というのですがどれもだれでも簡単にできるものです。布施というのは他を思って行動することです。つまりこれはボランティアか!と思われた方、それは全然違います。

僕はインドで乞食行(こつじきぎょう)をしていたことがあります。ガンジス川のほとりで布を2枚まいて、インドの人たちから施しを受けて3日間を暮らしました。

布施ってした方よりも受けた方が偉いんですよ。つまり僕にお金や、食べ物を施してくれた人よりも施された僕の方が偉いんです。偉いという言い方は語弊がありますが、とにかくものすごくお辞儀をされます。

まわりの修行者を見渡すと施された方は実に偉そうに施した方の頭や肩に手を置きます。置かれた方は有難く手を合わせます。

この時に僕は布施の本質に気が付きました。布施というのは僕に施しているのではなく、僕を通して神やら仏に布施をしているんです。だからボランティアとはその性質が大きく違う。

ボランティアは人が人に手助けすることでしょう。だからボランティアする方の気持ちがどういう状態であろうと問題はないわけです。一方布施は施す側の気持ちがとても重要になってきます。

お坊さんやお寺に渡すお布施。これで渡したお坊さんの生活を支えてやった。と思うのか、このお布施によって仏教が存続し、そして後世に繋がれていくのだと思うのか。そういう差です。

西川舜優に手を合わすのではなく、私を通じて仏法に手を合わせていただいているのですが、すぐに勘違いをして自分が偉くなったのだと思いあがるお坊さんは

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一昨日、3回目の新型コロナのワクチンを接種してきました。ワクチンに関しては様々な意見があります。日本のワクチン接種率は80%くらいだそうです。

「体によくわからないものをいれるなんて嫌だ!」とか

「死ぬかもしれないリスクを負いたくない。」

「ワクチン接種しろよ。コロナを蔓延させるつもりか!」

などなど

個人的にはワクチンの接種、非接種は個人できめればいいし、周りから勧めるものではないし、接種した人を責めることも、非接種の人を責めることもしなくていいと思う。

そろそろ個人の意見を尊重する文化を取り入れてもいいころだと思うんですよね。僕が接種した理由は接種した方がメリットが高いし、僕の人生には必要だと決めたからです。

ワクチンパスポートを皆さん何回使いましたか?僕は3回程使いましたし、やはり出張で訪ねるお坊さんの会社ですからなるべくお客様に安心して欲しい。あなたの心の拠り所株式会社舜です。

そして三重県に行く機会が多いので県外ナンバーですがワクチン接種済です。とまるで狂犬病のワクチン接種をした犬のようにワクチン接種済の生き物であることを示すことは重要なんですよね。

で、非接種の方から、後から死につながることになったら後悔しますよ。と言われることもありますが、後悔しない人生なんてないし、むしろ後悔だらけの人生です。しかし仕事も含めて西川舜優の人生ですから決断に関しては後悔はないです。

というわけで今日は「浄土真宗のビッグイベントについて」

 

1月9日から1月16日は私が所属しています真宗高田派では「報恩講(ほうおんこう)」という一年で一番大きなビッグイベントが開催されています。

本日高田本山へお参り行ってきましたがオミクロン株の感染拡大と、雪と強風によって参詣者は少なかったですが、普段は人と出店で溢れかえっています。

業界にいるとメジャーなイベントなのですが正直お坊さんになるまで知りませんでしたから、知らない方々も安心してください。世間知らずなんかではないですよ!

「報恩講」どんなイベントかといいますと、浄土真宗の開祖が親鸞聖人という方なのですがこの方の命日です。浄土真宗は10派ありまして、京都に4派、福井に4派、三重に1派、滋賀に1派あります。

この中で高田派と西本願寺派の2派だけが新暦で法要を勤めているので1月で他8派はまだ温かい11月に勤めます。

「報恩講」というくらいですから、恩に報いる集まりなのですが、これは親鸞聖人が教えを残されたおかげで私たちが救いとられる大道が示されたのでその恩に報いるイベントです。

救われるってどうやって?むしろ救われる必要あるの?って思いますよね。かくいう僕もそう思っていました。しかも救われて極楽浄土なんて往生してしまったら最悪ですよ。

往生すると欲がなくなるんです。ですから性欲も快楽もない。いや仏法を聞いて至高の悦に浸れるのでそれが快楽なのかも知れませんが、空腹もないし渇きもない。

なにが楽しいのかわからないではないですか!だって性欲も食欲も睡眠欲も物欲も快楽も満たされてこその極楽ではないかと。

しかし仏教を学んで理解しました。例えば僕の大好きなチョコレート。僕の食欲も舌の快感も満たしてくれる。でもこのチョコレートが僕の口に運ばれるまでにたくさんの少年労働者の涙と汗が染みこんでいる。

僕の欲が満たされればいいのですか。さらに物欲や名声欲は絶えることなく僕を渇望させていきます。このステージから離れようというのが仏教です。

人間は欲に弱い。だからこそ西方極楽浄土には欲が存在しない。しかし無気力な世界ではないです。娑婆の残された方々をいい方向に導こうと菩薩となって利他しにいくんです。むしろ使命感に燃えています。

高田本山のご本尊は阿弥陀如来です。この仏様は欲に飲み込まれて罪を作り続けてしまう縁の中にいる私たちを必ず救うと誓われた仏様です。

そしてそれを明らかにして書物に教えとして残され現代の私たちになぜ救われるのかを示してくださった親鸞聖人の恩に報いるイベントなのです。

救われ方は、無量寿経というお経に書かれています。阿弥陀という仏様に感謝してそのお名前を十回お称えすること。それが

南無=帰依すること。頭をさげること。阿弥陀=名前 仏=如来

阿弥陀仏はこの救い方を実現するために長い間考えられて、そして気の遠くなる時間を修行されたんです。私たちを救うためだけにね。感謝の心を保ち、両手は合掌、南無阿弥陀仏と称える1週間です。

ワクチン3回目接種の副反応で左腕が腫れて、頭痛が絶えないお坊さんは

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以前僕はゲイがあまり好きではない。ということを記事にしました。それは世界を旅行していて少なからず人気のない路地に引きずり込まれそうになったり、熱心に口説かれたことがある経験からだ。

しかし僕は間違っていた。それは、男性に怖い思いをさせられた被害女性が前を向いて歩むように、そして多くの女性が国や時間関係なく口説かれても外出するように僕も嫌いだ。という偏見をなくして、

これからもしまた口説かれることがあっても

「僕はストレートだからごめんね。」とまずは断りの言葉を伝える余裕を持ちたいと思いました。それは最近SDGsについていろいろ調べていく中でふとそう思いました。

人と人が出会うきかっけをつくるツールは年々増えてます。10年前では考えられないくらい増えている。それはマッチングアプリやMMORPG等のゲームの参入が加速させていますよね。

基本的に僕はマッチングアプリであれよく行くカフェやバーで知り合うことであれ合コンであれ人が出会う方法に良い出会い方、悪い出会い方はないと思っている。

抱負は失敗からうまれるものだ。

なぜ僕は今まで出会って僕に興味を持ってくれたゲイの方々に

「僕はストレートだからごめんね。」の一言をいえなかったんだろう。もし言えていたら友達になれていたのかもしれない。

今年の抱負は部屋に閉じこもり気味になる僕は自分のこだわりを捨てて人に出会うきっかけを作ることにしました。

あっこれは肉体的な快楽の為な出会いではなく単純に会社を運営していく出会いの話です。思えば自分のこだわりで随分多くの人達との関係を不意にしてしまったな。と思ったのです。

というわけで今日は「見栄えのはなし」

 

正月に実家に帰ったときに母に言われました。

「あなたのお説教のユーチューブを全部みたわ。」

母親という存在は40を過ぎたおっさんも息子なのだから不思議だ。

「あの大会の予選動画は本当にダメだったわよ。あれは本当にダメ。よくあんなの投稿したわね。」

「そんなにだめだった?」

「話の内容は言うまでもなく過去最低レベルだったけれども一番ダメだったのは髪形よ。」

まさかヘアスタイルの話になるとは思わなかった。

「そしてあなた痩せすぎよ。もっと肌の手入れをして眉毛も整えないと世界観が見えてこないのよ。」

まさか42になって外見ディスをされるとは思っていなかった。お母さん、僕は僧侶だぜ。

「お義母さんはどんな感じの男の人がタイプなんですか?」

すかさず僕の奥さんになってくれた人が質問する。

 

「韓国の俳優のソン・カン君よ。」

母よ・・・。なにを言っているのだ。

別に韓国俳優のようにイケメンになれって言っているわけではなくてもっと見た目を磨く努力をしなさいってことよ。B・Bクリームを買いなさい。見た目から伝わる世界観もあるのよ。

確かに釈尊がアナンダ(弟子)に説教をするときにアナンダは「今日の釈尊はとても美しく光に満ちている。」とその心を漏らしている。

世界観か。

これは一歩間違えると大変なことになるリクエストだぞ。とワクワクしてきたお坊さんは

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法要から納骨まで