出張坊主・西川舜優です。 -6ページ目

出張坊主・西川舜優です。

真宗高田派 義明寺 衆徒 
株式会社 舜 代表取締役

人類の歴史がこれだけ長いと毎月、なにかしらのお祝い事や行事があるものだ。

2月にはなにがあるかって?

僕はかなりのチョコレート好きで、一日のどこかにはチョコレートの影を忍ばせていないと安心して寝る前に「今日はいい一日だった」と感想を言える自信がない程のチョコレート好きだ。

そして2月はなんとそんなチョコレートがもらえる一日ではないですか!年齢を重ねるほどにもらえるチョコレートの数こそ減ってはいくがチョコレートの質があがっていくということに関していえば年を重ねるのも悪くないなと思うから不思議だ。

高価なチョコレートはまさに黒い宝石です。それらは僕の口の中で素晴らしい体験をプレゼントしてくれる。ナッツやベリー、ピールやバターがチョコレートと混ざり合った香りはまさに人類の至高と呼んでもいいのではないだろうか。

チョコレートの魅力をまだ数十行にわたって書き綴りたいのですがチョコレートブログではないので我慢してやろうじゃないか。

2月はバレンタインに次いで、僕が現代の落語家で一番贔屓にしている落語家の誕生日です。そう瀧川鯉昇師匠の誕生日ではないですか!というわけで行ってきました。鯉昇師匠の誕生日イベントへ!

この場面だけ撮影可でした。正確には誕生日イベントではありませんが名古屋にこられているということで行ってきました。

めちゃめちゃ面白かったです。妻も一緒に付き合ってくれまして彼女は歌丸師匠のような艶のある咄家が好きで入舟亭扇遊師匠がお気に入りだったようです。

で2月はバレンタインと咄家の誕生日の話で終わりか?と思われた方

これは僧侶兼会社社長が書いているブログですよ。仏教の話があるに決まっているではないですか!そう2月といえば隣の国の偉かった方の誕生日!

ちがーーう!

仏教徒なら忘れてはいけないイベントが2月15日です。この日付の満月の夜にお釈迦様がご入滅なされました。

わかる。わかるよ。あなたたちの言いたいことはよくわかる。「ご入滅(にゅうめつ)」ってなに?ってことでしょう。僕もお坊さんになったばかりの頃にお釈迦様がお亡くなりになった日や、お釈迦様が死んだ日と言って説教の師匠にとんでもなく怒られた記憶があります。

お釈迦様はご入滅なされたと表現するのにはちゃんと理由があります。きたる2月15日を「涅槃戎(ねはんえ)」と言います。意味わからない漢字を使いすぎるって?そりゃ仏教だもの仕方ないだろ。

涅槃は英語でニルバーナです。おぉぉぉそれなら知っているという方も多いのではないでしょうか。

ニルバーナとは炎が吹き消える。というニュアンスのものです。炎とは欲だとか怒りだとか愚痴だとか煩悩と言われるものです。とどのつまり私たちはこの肉体があるから、性欲が湧き上がる、怒りが燃え上がる、他人と比べる。

もしそれらをコントロールしていたとしてもそれらを見つめたときにその煩悩もまたこちらを見つめているのだ。離れられないんですよね。

だからお釈迦様がこの人間界の肉体を離れられたときに真の意味で最後の煩悩の炎を吹き消したことになるので「涅槃・ニルバーナ」というんですね。

そして涅槃に入ることを「入滅」というんです。

とりあえず今日は2月15日は「涅槃会」という仏教イベントがあることだけは覚えてください。

涅槃会で有名な涅槃図(ねはんず)の絵解きはまた次回に!チョコレート好きな焦らし上手なお坊さんへは

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法要から納骨まで

 

 

このブログを始めてから、初の2週間というお休みでした。ごめんなさい。完結にいうと顎関節症になっていました。

顎が痛すぎて口がまともに開かずに食事もままならず、しゃべることも難しい状態でしたが完全に復帰しました。

先週の日曜日くらいから回復の兆しがありまして今はレンコンをかじれるほどに復活しました。

あまりに顎を酷使していたために整体と歯医者に行って驚かれました。

「職業は歌手とか咄家ですか?」

毎日の説教の練習に加えて今年が始まった時に思うところがあって無量寿経と観無量寿経というお経を読む(発声して)ことも始めました。

昨年被害にあった交通事故の影響もあってか顎の負担が重なって爆発して顎関節症になっていました。今後2度とこんなことにならないようにマッサージとストレッチを怠らないと誓いました。

顎痛いくらいならブログ更新できるじゃない。と思われた方。

僕みたいなルーティンタイプは自分のルーティンが崩れるとダメですね。一気に今までやっていたことが積み木のように崩れていく。

しかし、しかし止まない雨はなく、ぬけないトンネルもない。終わらないのは妻への愛ばかりだ。僕の顎関節症は今夜をもって完治を宣言します。

つまりまたブログの更新が始まります。毎日更新はちょっとできませんが頻繁に更新しますのでまた楽しみに待っていてください。

とりあえずのご報告をしたお坊さんへの応援は

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法要から納骨まで

 

 

ご心配をおかけしました。左の肩ですがMRIの結果、なにかの白い影がありましたが腱などの異常はなくとりあえず手術はしなくともよさそうです。

お見舞いの日程を組んでいた皆さま、いつもありがとうございます。

 

というわけで今日は「自分の中の常識という正義の使い方」の話。

オミクロン株がものすごい勢いで感染爆発して、そしてピークアウトしていっています。僕はワクチンという名の毒なのか薬なのか数年後に結果がでる注射を3回体に注入したおかげで妙な安心感はあります。

自分が今まで生きてきた常識を疑うってなかなかできないよな。特に仕事柄や、自分がこれまでうまく立ち回ってきた生き方を受け入れることまではできてもなかなか実行には移せないものだ。

だって僕たちは器をもって食事をするけれども、一歩日本から飛び出したらその常識は非常識へと変わるんだぜ。頭で理解できても実行にはなかなかできないものだ。それが自分の善意からくるものならなおさら受け入れられない。

これは人情の話だ。

先日、妻とタクシーに乗って寿司屋へ行きました。坊主が生魚を食べるなんてと思うだろ。本当にそう思うよ。でもさ大切なのは僕がささげる節度と感謝だろ。

で寿司屋のカウンターに座ってから妻が

「あっ携帯電話がない。電車かタクシーに置いてきてしまったかも。」

小動物を思わせる妻の焦った顔はいつだって愛くるしいから不思議だ。

「DiDi」というタクシーアプリのキャンペーンでタクシーを使ったので、履歴からすぐにドライバー直通の電話をコールした。

「すみません。携帯電話を忘れてしまったみたいで後部座席にありませんか?」

「はい。あーーありました。」

「ごめんなさい。とりに伺いますので今どのあたりにいらっしゃいますか?」

「いえいえ、今から別のお客様の呼び出しがあったのでそれ終わったらお届けしますよ。30-40分後でもいいですか?」

「ありがとうございます。よろしくおねがいします。」

こんなやりとりをして電話を切った。日本の治安とサービスの良さに感謝する瞬間の一つが忘れ物や落とし物が安全にかえってくるときだよな。

30分後に店の前に届けてくれるって。よかったね。と夫婦で寿司屋のカウンターに再び座りました。そして僕はなんの悪気もなくさも当たり前のようにこのように妻に言いました。

「現金持ってる?」

「あるけどなんで?」

「なんでってタクシーの運転手さんに千円札を渡さないといけないでしょ。」

妻が顔をしかめて

「いや、渡さなくてもいいでしょ。」

「なんで?タクシーの運転手はここまで届けるということはその間お客さんを取れないかもしれないじゃない。人を無料で使うのはよくない。」

僕の頭は僕の常識が理解してもらえなかったことで抑えきれない怒りの炎が燃え上がってきた。

妻は「いや、向こうがここまで届けるっていったんでしょ。繁華街をぐるぐる周遊しているからセンターの忘れ物係へもっていくより早い。って判断したんでしょ。」

「であるにしてもその善意に付け込むのはよくない。君がだしたくないのなら僕がだすから千円札を渡すんだ。」

もうお互いに引き下がれない状況だ。可哀そうなのは犬も食べない夫婦喧嘩の結末を待つしかない寿司屋の大将だ。

休戦の合図は僕の携帯電話のコール音だった。

「タクシーの運転手が到着したみたいだ。」

「一応渡すけれども絶対に受け取らないよ。あなたは非常識よ。」

と妻は携帯電話をとりに店の外へ出て行った。

妻の姿が見えなくなった時に若い寿司屋の大将が

「旦那さんの気持ちはよくわかります。僕でもそうします。しかし女性の喧嘩は今までのことが積み重なってのことですから後から話合われた方がいいですよ。」

この大将がもし妻の悪口を言っていたらこの寿司屋をでていくところでしたが、大将の言葉もあって少し冷静になって妻の話を聞こうと思いました。だって僕には僕の常識が間違っているなんて寸分も疑えなかったのだから。

結果からいうと、僕の常識は確かに少しずれていたな。と反省することになりました。

日本のタクシー業界等のサービス会社はコンプライアンスやサービスを提供するマニュアルを厳守するように教育されているとのこと。もしこのタクシー運転手がこの千円のチップを受け取り、

それを僕がネットでこのタクシー会社のこの運転手のサービスに感動しました。お礼を千円渡しました。なんていう投稿をして、読者がサービスが有料なんておかしい。とか無料でやるべきことを有料にさせたあなたはおかしい。と炎上したらその運転手が職を失うことに繋がるかもしれない。

案の定、今回の運転手も会社から禁止されているので。と受け取らなかったらしい。

ならば出すだけ出してもいいじゃないか!と思った方。僕もそう思いましたが、聡明な妻はこう続ける。

「受け取れない現金をみせて、欲望と戦わすならば最初からみせなければそんな心持ちにさせないでしょう。」

なんということだ。

千円札を提示させることで僕は僕のなかのほんのちょっとしたプライドを満足させることを選んでいただけにすぎなかったのだ。

救いは妻の締めの一言でした。

「あなたの心はよくわかるわ。それは飲食店やあなたの業界ではとても大切な文化なのだと思うけれども世界はもっと窮屈になっていっているのよ。」

僕は坊主業界に入ってたくさんの手間賃というものを頂いて生かされてきました。だから僕の常識は僕の生かされてきた常識そのものです。

さらびに踏み込めば坊主の世界の師匠と弟子、先輩と後輩、先生と生徒という関係はちょっと特殊だ。以心伝心というか察する能力が重宝される業界なのだ。

だから夫婦喧嘩の口火を切った

「現金持ってる?」

の一言は通常であればなにを指しているかわからない。しかしこれがわかってこその世界で生きてきた僕の何気ない一言は妻を不快な思いにさせてしまった。

自分の常識は共通の常識ではない。ということを心に刻みました。そしてその常識というのはいとも簡単に壊れるものだ。

悪魔の風邪菌が世界中を覆ってそれまで人種差別などしない。人種間はボーダレスだと声高に叫んできた常識はどうなっただろうか。いとも簡単に人種に線を引きまくったのではないか。

他人と他人は違う世界に生きているのだ。その人の生きてきた環境や経験によって常識が違う。お釈迦様も同じ説法を聞いても一人、一人受け取り方が違うのだ。と仰せられた。

「悪いね。おやじ。これであったかいものでも買ってよ。」

「おっこれはありがたい。ではよい一日を。」

という会話が日本からなくなってしまうこともまた人間界の常なのかもしれません。

なんとか妻と仲直りできたお坊さんは

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納骨から法要まで