9月のインドでクリヤヨガのグルのところで
行ったときに、お金が沢山貯まるマントラだからと『お金のマントラ』を伝授してもらったのですが
魂レベルで興味がなく、、、一回も唱えられないです。
日本人も『お金』への執着や不安がある人多いですが
インド人もいろんな欲望の中で『お金』への欲望、執着が一番大きいと思います。
私は、1999年~2002年くらいまでインドに片道だけ買って行って、現金も1万円しか持たずに行きました。
ある聖人の言葉ですが
『神の名を唱えるものは、森にいようが山奥にいようが街にいようが居・食・住に困ることはない』
修行で当時行っていて現金も1万円だったのですが、誰か彼かがくれたり住ませてもらったり、色んな人に助けられて2年半修行しながら生活していて
なので所持金100ルピー(約200円くらい)を切ったことありますが『0』にはなったことがないので
このヨガの仕事をしていて、月の収入がまったくないときもありましたが、まったく不安になったことがなく
借金もしたことなく
必要な分は、正しいこと、神への探求から離れない限り、必要な分の収入はあるので
それが分かっていて、逆に必要でない収入は執着を産むもとになるので
いらないので
『お金』のマントラは唱えれないです。
ヒンドゥー教の復興の祖である
アーディ・シャンカラチャリヤの有名な詩で
『バジャ・ゴーウィンダム』というのがあるのですが、この1番最初の詩が
神ゴーヴィンダの栄光を歌いなさい
ゴーヴィンダの御名を唱えよ
ああ、愚かな者よ
神の御名を唱えなさい
死が近くに迫るとき
文法の規則を暗唱しても
救いはえられない
アーディ・シャンカラはベナレスの街を弟子とともに歩き不二一元論(アドヴァイタ哲学)を教えるのが彼の日課でした。
彼は、ベナレスのブラーミンの家を訪れては、彼等に教えを説き経典の専門知識を授けました。
あるとき、シャンカラが歩いていると、年老いたブラーミンが文法の規則を暗唱しているところにでくわしました。
シャンカラは、その家に入ってその年老いたブラーミンと話しました。
『なんのために文法の規則を暗記しているのか?』と尋ねると
そのブラーミンは
『大家族を抱えて生活が苦しいこと、文法を暗記してそれを唱えて道を歩けば教えてもらいたいという人がいるかもしれないこと、それによって幾らかの金を稼ぎ、暮らしの足しにしたい』ということを打ち明けました。
シャンカラは、人が解脱するためには、文法規則を暗記してもなんの役にも立たないというのを教えました。
彼が宿に帰って、そういう人への忠告を詩に託して表現しようと決心してできた詩で
愚かものよ、年老いて、死がいつ訪れるかもわからないのに、お金のことを考えても救われない
神ゴーウィンダの御名を唱えなさい
死が迫ったとき、文法の規則は何もあなたを救ってくれない
お金はあなたを救ってくれない
神を求めなさい
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