特急で北千住から1時間40分

 

自転車で都心に行くのと変わらない時間で到着

 

普段は車で行っていたので初の電車

 

 

 

 

 

 

 

群馬県の太田市でございます

 

有名なのは車のSUBARUのお膝元

 

ハンカチ王子の地元でもあります

 

 

 

 

 

 

昔はなんもないと思っていたけど

 

歴史がありました

 

古くは石器時代の遺跡があり、古墳がありの

 

「新田義貞」の新田荘でした

 

 

 

 

 

 

ざっくり説明すると

 

鎌倉幕府を倒した立役者で

 

室町幕府を創った足利氏に負けてしまった人物です

 

源氏の子孫で「徳川」の祖ともいわれます

 

 

 

 

それが自分の先祖とどう関りがあるのか?

 

 

(レンタサイクルは9時からの貸し出しなので

 

ファミレスで朝食)

 

 

その新田の領地になぜ「楠木正成」の名が残っているのか?

 

楠木正成の本拠地は関西の河内で、神戸の湊川で滅んだとされるのに

 

なぜ群馬にあるんだろうか?というミステリー

 

今回はその謎解きの旅でもあります

 

 

 

 

 

まずはお墓参りをして近所を探索

 

この日は隣の桐生で39度という気温でしたが

 

湿度が低くて自転車に乗っていれば風でしのげる感じでした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「松尾神社」です

 

お酒の神様として有名で、秦氏が創ったいわれます

 

創建は平安時代で京都から誘致されています

 

 

この村で不思議なのは「お稲荷さん」が少ないこと

 

稲荷神社も秦氏が創建されたのになぜ松尾様なんだろうか

 

(生品神社は以前に行ったので次回に)

 

 

 

 

 

東雲寺(とううんじ)

 

室町時代創建の曹洞宗のお寺

 

なぜか足利氏が建てたとされています

 

里見八犬伝にも登場したとされるも

 

なんで猫なんだろうか?

 

お寺からの情報発信は無

 

(住職さんが不在だとか?)

 

 

 

 

 

医王寺

 

江戸時代創建の真言宗

 

特に情報はないけど

 

黄金の身代わり不動尊のこと

 

 

この辺りまでが集落の神社仏閣

 

 

 

金山城方面へ向かう

 

 

 

 

 

 

オクマン山古墳

 

円形の古墳なので大和朝廷側でないとされているも

 

副葬の埴輪が「ユダヤ人」ではないかとされている

 

説明では「鷹匠」とのこと

 

この時代から鷹を手名付けていただなんて

 

なんか信じがたい

 

馬の副葬品は群馬ならではか

 

馬は元々日本に生息していなく輸入された動物

 

埴輪のズボンも騎馬民族の証とされている

 

こういう考察も楽しい

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづき

 

 

 

笑嶺山妙英寺

 

室町時代創建の曹洞宗

 

駅名の「治良門橋」はこの寺にゆかりある元武将

 

「天笠次郎右衛門」に由来する

 

 

 

 

 

 

この周辺に「鳥山城址」があるも見落とした

 

金山城の支城に位置し「館」もあったとされる

 

 

写真は「鳥崇神社(ちょうそう)」

 

前方後円墳の上えに社がある

 

 

 

 

 

 

ランチタイム

 

 

海なし県で海鮮丼定食

 

海鮮丼に蓋があったのは初めて

 

ご飯が炊き立てで熱い

 

群馬流かっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大門

 

徳川の家紋付き

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大光院

 

江戸時代創建の浄土宗(江戸の増上寺系)

 

でかいです

 

松平家は源氏の新田の家系とされるも怪しく

同じ得川の名を取り徳川と改めたという経緯

 

明治維新後に書かされたのか

 

呑龍様(どんりゅうさま)」とも呼ばれています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を上り

 

 

金龍寺

 

新田義貞の供養塔がある

 

室町時代初期創建の曹洞宗

 

 

 

 

 

桔梗の花が咲いていた

 

妄想するのは平将門と明智光秀

 

ともに天下を取れなかった

 

新田義貞と楠木正成も天皇についていったんだけど

 

報われなかった・・・

 

 

 

 

 

 

 

金山城ガイダンス施設

 

金山城の石垣をモチーフにしたデザインだとか

 

お城自体は戦国時代の城です

 

新田義貞とは直接関係がないが一族が後を継いだ感じに

 

横瀬、由良、脇屋、岩松などの名がある

 

 

城主は下剋上で成り上がった武将で

 

越後の上杉、甲斐の武田、相模の北条と争っていたが

 

北条の傘下となり、のちに豊臣の天下統一によって

 

金山城は廃城となった経緯

 

天守閣はないものの名城100選とされる

 

 

城址には寄らずに引き返す

 

(電動アシストでも暑いので観光協会の人に止められていた)

 

ここから駅の反対側のエリアへ

 

 

 

金山付近以外は関東平野で平坦道ばかり

 

下野国府と上野国府を結ぶ古代官道(東山道駅路)や

 

京都と日光を結ぶ「日光例幣使街道(にっこうれいへいしかいどう)」が通る

 

重要な拠点だったと推測される

 

 

 

 

 

 

 

 

冠稲荷神社(かんむり)

 

日本七社(日本七稲荷)の一つとされる

 

タモリさんと由縁のある鳥居がありました

 

 

 

 

 

 

 

 

平安時代創建

 

源氏の新田氏によって建てられました

 

ここの周辺は古墳だらけです

 

 

 

 

 

 

びっくりしたのが拝殿の「鹿のはく製」

 

諏訪神社の「御頭祭」ではないか?

 

説明なし

 

 

 

 

 

 

 

 

諏訪神社ありました

 

関連は分からず

 

 

諏訪神社と八坂神社は明治10年にこの地に移転したとされてます

 

 

そして

源義経が、冠の中に勧請(かんじょう)してきた京都伏見稲荷大社の御分霊を鎮祭した。

とのこと

 

京都の鞍馬から東北の平泉に行くルートの一つとされる

 

 

 

 

気になったのが隣の結婚式場

 

冠とティアラのつながりのイギリス風

 

稲荷inariとINRIキリスト教がいなめない

 

 

 

 

帰宅

 

 

 

駅中に貼ってあるポスター

 

郡馬一丸となってバスケットボール

 

ここ太田市がホームタウン

 

クレイン(鶴)サンダーズ(稲妻)

 

群馬県の地形は鶴の形をしていて雷が多いことが由来

 

「からっ風」ではない

 

 

 

 

 

まとめ

 

 

太田市と楠木正成の関係は見つからず

 

隣の舘林に「くすのき町」を見つけた

 

一説では三重県の桑名市が発祥とされる

 

でもうちの本家の近所には楠だらけ

 

なんなんだろうか

 

探求はつづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休日の都心をポタリング

ゴールデンウイークに銀座方面へ行くのは初かも

平日とは違う空気がある






大体いつもここから東京へ

信号次第

東京側には「葛飾区」の表示がない








京成金町駅を通過

新京成は京成電鉄となり「松戸線」が誕生

ここは「金町線」










荒川からの京成電鉄かと思いきや

京成線・北総線・京急線など複数相互乗り入れしているので判別が難しい

赤は京急



四つ木橋からスカイツリーへ



昔はスカイツリーの下で鯉幟があったけど

今年はない

坂川も今年はやっていなかった










隅田川を越える

駒形橋からの吾妻橋方面

なるべく同じ道を通らないようにしている













でも抑えたい場所はおさえる

神田川の「屋形船」はいい景色

木造の船宿が最高







日本橋に到着

ビルが完成しつつある

日本橋周辺は江戸情緒を残してほしい







ここも好きな光景

ここが五街道の起点

上は首都高で、下が日本橋







祝日を「旗日」と呼ぶのは旗を飾るから

だんだん個人で飾っている人は見かけなくなったけど

ベトナムの国旗はいつも見かけます







銀座に到着

歩行者天国

自転車を押して歩く



机の上には学ぶものはない、銀座へ行け


銀座一丁目

端の方は空いています







銀座2丁目






銀座3丁目






銀座4丁目

晴海通りの交差点

この辺が中心で混んでいる






銀座5丁目



銀座6丁目





銀座7丁目

ここまで銀座でこの先は新橋

折り返す



つづく