ここ数ヶ月、コミックの月刊誌を買うようになった。

きっかけは確か「ジャンプSQ」と「月刊マガジン」の創刊。


ただ、「マガジン」は面白くなくなってすぐやめた。

「SQ」も、いちばん気に入っていた「放課後ウインドオーケストラ」が

どうも打ち切りのようで、頭にきて先月買うのをやめた。


で、今買っているのは

「アフタヌーン」「Good!アフタヌーン」「Comic Fellows!」「ゲッサン」。

かなりごちゃごちゃだが、週刊誌のスピードについていけない自分としては

月イチとか隔月くらいののスピードがちょうどいい。


それぞれの雑誌についてはまたそのうち言及していこうと思う。

ここを放置してほぼ一年。とにかく忙しい。

昨年も忙しかったが、今年4月の人事異動でもはや殺人的な状況になった。


…ま、それはまた書く気になったら書くとして。

凄い作品が現れた。「東のエデン」。

youtubeで視聴しているが、まったく目が離せない。

監督が「攻殻SAC」の神山健治とわかって納得。


こういう作品は、あとは「うまく語り終えるか」の一点にかかっている。

語り続けている間は、もう面白いに決まっているのだ。

見ること自体が幸福な作品にまた出会えた。

ボクにとっては「電脳コイル」以来のこと。


最も困難な「収束」という峠を作り手が上手く乗り越えることを切に祈る。

岡田監督の試合後のコメント。

あの満足げな表情と言葉は、本気なのだろうか?

残念ながら、多分本気のような気がする。


「プライドを賭けて」とか吼えた割には

ガチで勝ちに行くフォーメーションでもなく、

(本田とか内田とかが入ってたり)

中途半端に最終予選への打算が見え隠れしたり

(松井や長谷部が警告累積を危惧して外されていたり)

それにしては温存していいはずの中村俊輔がフル出場したり

(観客と視聴率、あるいは川淵を気にした?)


さまざまな方向性をバランスよく混在させる、

という発想なのかもしれないが、

はた目から見てはっきり支離滅裂である。


この試合、単純化するならば方向性は

「勝ちに行く」のか「勝ちに行かない」のか、どちらかである。

客観的状況が「勝たなくても良い」なだけに、

選手間の意志統一も難しかったと思う。


しかし、監督自身の心の内部で意志不統一なのでは話にならない。

主力を欠くアウェーのバーレーンにこの闘いっぷり

というだけでも絶望的な気分なのに

こんな試合をしておいて、それを自賛する監督にはほとほと嫌気が差した。


2010W杯、日本の先は見えた。

今日のメンバーに松井が加われば若干レベルアップはするだろうが、

それでも最終予選突破できるかどうかというギリギリの線だろう。


今後の日本のサッカーのためには

むしろ最終予選で敗退したほうが身のためかもしれない。

いや、下手に本戦に出場してグループリーグで酷い目に遭うのも同様か。

100点満点中95点(早くも今年のベストか?)


山田洋次監督ということで躊躇なく観に行ったわけだが…


いや凄かった。

映画館を出ても涙が止まらないというのは、凄すぎる。

しかも安っぽい涙じゃない。心に深く残る映画だった。


見終わった後も妻と二人でしばらくグシュグシュ泣いていた。


こういう題材は「思想プロパガンダ」「反戦映画」というような

レッテルを貼られがちなのだが

ちゃんと見ていればそういう映画でないことは分かるし

実際作り手の言いたいことはもっと普遍的なことだと思う。


とにかく、もう一度観に行くつもり。

妻もそう言っているし。

1月2日の明け方、特異な夢を見た。


自分はある施設に入所する。

それは、収容者に死の準備を施し、そして死に至らしめる施設である。


不治の病にかかったわけではない。

犯罪を犯して死刑になるわけでもない。

なぜ自分が死ななければならないのか、ぼんやりしてよくわからないまま

僕はそこにいる。


ただ、なんとなく感じるのは

その施設に入ったのは、誰かの強制によるものではなくて

自分の意志によるもののようだということ。


施設に入ってから死に至るまでどのくらいの期間があるのか

これまたよくわからないのだが

「死の準備」ということで、ビデオを見せられたりして過ごす。


その過程で、僕は体育館のフロアのような

広い板張りのスペースに案内される。

そこには棺と思われる大きな箱が7~8つくらい並べられている。

その棺のうちの一つの前で女性がひざまずいて何かを祈っている。

その女性は僕の妻である。


「ああ。僕もこの棺に入るんだ。」

と考えると、無性に死ぬのが怖くなって

「やっぱり死ななくて済むものなら死にたくない」という

強い思いがこみ上げてくる。


そこで夢は終わりである。


朝食を食べながらその夢を思い返していて

それが今年の初夢だったことに気づいた。


前日寝る前も、初夢のことなんかまるで意識していなかったので

意識したために変な夢を見たわけでもないと思うが

それにしても、普段でも見ないような奇妙な夢を

この日に限って見てしまったことに、不思議な感覚を覚える。


元旦の目覚まし時計の一件といい

なにか現実の現実感が微妙にずれている正月である。