またしても、長い間このブログを放置した。反省。
2016年は、劇場用のアニメーション作品を見るために、例年になく映画館によく通った年だった。自分はいわゆる「ヲタク」で、アニメーションでない実写映画はほとんど見ないので、映画館に行くのはアニメ作品が映画館にかかる時くらいなのだ。
見た順序で書くと「君の名は。」「聲の形」「この世界の片隅に」で、それぞれ二回ずつ見たので、計6回である。
同じ作品を、わざわざ金を払って2回も劇場に見に行くということは普段はしないのだが、前述の3作品はどれも「ぜひ、もう一度見たい。」と思わせる力を持った作品だった。
それで、この3作品についての評価なのだが、まず「聲の形」という作品は、「山田尚子」「京都アニメーション」というブランドの力を十分に味わうことのできる良作だったが、それ以上に大今良時の原作が自分にとっては神作品だったために、相対的に高い評価ができなかった。どうしても自分には「尺が足りない」という思いがぬぐえず、二回目の観賞を終えた時点で思ったのは「TVシリーズ1クールのほうが良かったんじゃないか?」という感じだった。しつこく断っておくが、これはあくまで極めて個人的な思いであり、「聲の形」は通常の年であれば年間のベストアニメと言いきれる出来だったとも思う。
次に「君の名は。」だが、新海誠の過去作品を知っているヲタクたちは、おそらく彼がこれほど「売れ線の」作品を作ってしまったことに、まず驚いたのではないだろうか。一回目の観賞後、作り手側の情報が徐々に流れてきて分かったのは、観客に面白く見てもらえるよう、様々な点で作品が巧妙に「設計」されていたことと、それでもここまでの興行収入は予想できなかったこと、だった。
この作品の大ヒットについて新海監督自身がどこかで語っていた「たまたま観客のニーズのツボにハマった面もあるのでは」(表現がかなり違う気がする…)というような話が、実はかなり的確な分析に思える。「どのように作ったら面白い作品ができるか」はある程度設計できるが、それが「実際に売れるかどうか」は、コンテンツ市場という無形の怪物の動向に依存している。だから、興行収入194億(11月末時点で公表されている数値)の原因は「作品の力」と「僥倖」の両方なのだと思う。
ただ、この作品は「バカ売れしたアニメ映画があった」と単にスルーされて良い作品ではないとも思う。いろんな意味で、アニメコンテンツのあり方に影響を与えるような、そんな新しさを持った「アニメ史に残る作品」だと思う。
余談だが、この作品を取り巻く状況がスゴ過ぎて、来春に公開予定の「ひるね姫」の神山健治や、おそらく2018年公開予定で次回作を進めている細田守は、頭を抱えているのではないかと勝手に妄想したりしてニヤニヤしている自分がいる。まあ、何よりも新海誠自身の次回作へのハードルが恐ろしく高くなってしまっているので「ご愁傷様」と思っているのだ。
で「この世界の片隅に」である。
まず誉めていただきたいのだが(笑)、自分はほぼ前情報なしで、公開初日の初回を映画館に見に行ったのだ。ネットで前評判を見たりするのは嫌いなので、そっち方面からは情報を入れずに(まあ、こうの史代作品は好きなので、面白いに違いないとは思っていた。)TVや映画館での予告を見ただけの、ほぼ白紙状態で見た。この作品への巷での評価を知ったのは、作品を見た後、家に戻ってからである。
家に戻って、女房に「映画、どうだった?」と訊かれて、なんとか絞り出した言葉が「スゲぇもん、見た…」だった。
いやここにきて年間1位が入れ替わるとは。まあ、これを見る前まではご想像通り「『君の名は。』で今年は決まり!アニメ新時代だ!」だったわけだから。で、これ見た多くのアニヲタが、それまでは同じ思いだったと思うんで。他の人の感想はそれぞれだと思うが、自分にとっては、少なくとも年間1位どころではない衝撃だった。
ホント、おそらく今より後、日本のアニメ作品の水準を語るときに人の口に上るであろう作品を公開初日初回に見てしっかりパンフも買った自分を誉めてあげたい(笑)。
戦争を題材にしたアニメということであれば、自分の中では「火垂るの墓」が最高峰、神アニメ、という認識で(この頃までの高畑勲監督はホント凄い。)長い間生きてきた。
だけど「この世界の片隅に」を見た後に感じたのは「これは『火垂るの墓』より凄いかも。」という思いだった。ネット上でも「この世界の片隅に」を語るときに「高畑勲」や「火垂るの墓」に言及する感想や論評が散見されて、我が意を得た感じだ。まあ、どちらがより凄いとか比較するのは不毛だとも思うが。
なお、自分はこの作品が「戦争映画」「反戦映画」であると、安易に断言する意見には賛同できない。それは、自分の中では「火垂るの墓」が、題材として戦争を描きながら「戦争映画」でもなく「反戦映画」でもないことと同じ意味である。「この世界の片隅に」の中で、終戦直後の場面で外国の国旗が掲げられたカットがあることに過剰反応する人たちには辟易するし、逆に戦争被害が克明に描かれていることをとらえて「これはすばらしい反戦映画だ」と主張する人たちにも違和感を覚える。このへんの考えについては、気が向いたら稿を改めて書きたいと思う。
「この世界の片隅に」については、12月初旬現在で、まだまだ未見の人が多いのではないかと思う。この作品を「戦争映画」「反戦映画」とは言いたくないのと違った意味で、安易に「人間ドラマ」あるいは「人間賛歌」などとカテゴライズすることにも抵抗がある。この作品の何がどうすごかったのか、自分でもあまり整理できていない。とにかく多くの人に見てもらって、多くの人がこの作品について語るのを聞きたいというのが実感だ。それが、この作品の「すさまじさ」を読み解く手がかりになるのではないかと思っている。