子供は親が大好きだから
最近、色々な方と子育てについてお話しすることが多いので、
私はつくづくズレてるのかな?と感じることが多いです。
私には、誇れる学歴もありませんし、とくに自慢したいような過去もありません。
かといって、自分がつまらぬ人間だとも思いません。
私は、勉強は好きじゃなかったし、裕福ではなかったので、年子の兄が大学に行ったことで、
私がもし大学に行きたいなんていう気持ちを持っていたら大変だったでしょうね。
幸い、私は大学に行きたいなんて思わなかったので。。。
私は、自分が100%勉強しないで遊んでしまう自信があるというのに、
両親に甘えてお金を出してもらうことは考えられませんでした。
貧しくて思うような教育を得られなかった父の代わりに、兄がしっかり勉強してくれて良かったです。
学歴社会で、こんなこと言っても信じてもらえないでしょうけど、うちの父は、
充分な教育を受けてはいないですけど、賢い人でした。
英語で言う「ブックスマート」じゃない、「ストリート」タイプですね。
なんでも実体験で学び取ってきたタイプの人間です。
「良い大学に行ってないと将来何もできない」
これって、私は全然そんなことないって思いますけど、
実際のところ、世の中の大半が思っていることだと思います。
学歴のない私が、いうのだから間違いないです。
いい大人になっても、「〇〇大学卒業してるんです」とかいう話はよくしますけど、
実際に社会経験はゼロという人も多いです。
その大学での勉強はどこに役立っているかというと、
ソーシャル面でしょうね。
「自分の評価を上げるための肩書き」
良い大学、エレガントな趣味。。。
茶道にお花、バレエにピアノ。
海外に住んでると、やはり良い教育を受けた方に沢山出会うんです。
教養イコール、良い肩書き。
という価値観て、思っている以上にスタンダードなんですね。
こんなこと言うと、学歴のないモノの戯言だと思われるのはもちろんだと思います。
でも、私は別にそれでも自分が損してるとか思わないです。
そういう価値観を否定しているわけじゃないんです。
そういうものが美徳なら、それでもいいと思うのです。
本当に心からそう思います。
それは、どこから来るのか?
そこはやはり、育ちからくると思うので、
揺るぎない価値観だと思うんです。
私も人の親になった今、世の中がそんな人々で溢れていることを知りながら、
自分の子供が厳しい道を歩むようなことはなるべく避けたい。
どこに出ても、自分を恥じない人間に成って欲しい。もちろん彼らが大学に行ってくれるなら喜んで全力でサポートしたいです!何かを学びたいのなら。。。。
学歴がないから恥ずかしいとか、人と違うから恥ずかしいとか、
そういうことを感じないで、自分の良さを見出して欲しいなーと願っているのです。
親というのは、自分が考える子供の幸せを100%支援する存在だと思うんです。
たまに、それは子供の幸せを考えていたつもりが、子供の重荷になっていることも少なくないと思うんです。
例えば、「親にバレエやらされてた。すごく苦痛だったけど、かなりいい線までいってた。」
と友人から話を聞いた場合、私は、その子が素晴らしいバレリーナだったと思うよりも、
可哀想。。。と思ってしまう。
でも、親の気持ちも今なら分かるんです。
親は、今は辛くても、いつか子供のためになるはずだ。と信じてやらせている場合が多いと思います。
子供の事で周りが見えなくなることは多いですし。
それよりも、不思議なことは、
「すごく苦痛だった」
と、言っていた彼女が、娘さんにも同じ道を歩ませていることなのです。
育ったようにしか、人は人を育てない。
とか聞きますが、よっぽどの反面教師で心がけがない限り、
そうなってしまうのかな?って思います。
同じ道を行くということは、彼女も苦痛だったにしろ、お母様のことは否定してないことになります。彼女はきっとバレエを上手に踊れる自分が好きなんだろうと思います。そのお母様が思ったように、辛かったにしろやはり、彼女の人としての自信につながっているのではないか?っておもうのです。だって100%嫌だった思い出しかなかったら、彼女は、可愛い我が子に同じことはしないと思うのです。
他にも、「自分はいつも勉強ばかりさせられてた。子供にはのびのび育って欲しい。」
と話しながらも、いざお子様が小学校にはいる頃になると、
「どうしてこんな簡単なことができないのかな?」
「こんなことできないなんて将来心配。」
と、かなりアカデミックな方面で厳しくやっているママさんもおります。
きっと頭がいいことで色々得になることが多かった人生だったのでしょう。だからこそ、我が子にもそうであってほしいはず。
逆に、私は母には
「勉強なんて生きるのに必要なことはそんなにないんだし、できなくてもいいよ。たくさんいい人に出会えるように、いろんなところに行って、いろんな世界を見るのが大事だよ。」
と言われて育ちました。
実際に興味あることは、すべてサポートしてくれましたし、
私が歌ってた時には、ライブに来てくれて、お客さんにビールをご馳走して「わざわざありがとうございます。」
なんて、そんなことをしてくれるような母でした。(父も。。。)
だから、育ったようにしか人は人を育てない。の定義にハマり、
私の価値観は、その母の価値観のままなのです。
それが、良いことだとは言いません。
決して他の意見を否定しません。
ただ、私は私の価値観は、それで良いと思っている。
たとえ、沢山の人に見下されるようなものでも。
私は、できれば、子供の頃の素晴らしくピュアな心の時期の
夢をもぎとらないで欲しいし、親の価値観だけで、
「この子にはこれをやらせる!」ことで、
ストレスを与えないで欲しい。っていうのだけ、
とっても切実に思うんです。
大人になったら自ずと、ストレスはあるから、
子供の時は、楽しい事たくさんさせてあげたいし、良い思い出いっぱい作って欲しいのです。
そういう事で、「自分」という存在を見失う大人が増えているからこそ、
「肩書き」でしか、人を評価できない人が増えているのではないでしょうか?
自分がしたい事が何か?考える時間と行動力、柔軟性があるのって、
子供の時期だと思うんです。
やってみて、ダメでも、それは素晴らしい気づきです。
また違う事見つけてみればいい。
親としては、子供ってある時期までは確実に
親のことが大好きで、親が喜ぶ顔を見たいがために頑張るという健気な存在ということ忘れずにいたいです。そこを利用して言いなりにさせるのは、やっぱりいかんなあと。。。
「子供の幸せを考える」
ということが、
単純に、笑顔の多いことだったり、
逆境に負けない強い心を育てることだったり、
やりたいことを一生懸命やることだったり、
人に愛されることだったり。。。。
で、あってほしいと願います。



