国際結婚日記 -15ページ目

日本で髪の毛を切りました


そういえば、日本に帰ったら絶対に私は
天然パーマの髪の毛をストレートにしなきゃ気が済まないんですけど、
去年ピンクにした髪の毛がブリーチで傷み過ぎていて、どのサロンに行っても縮毛強制をかけられないって断られ。。。。(´༎ຶོρ༎ຶོ`)

最終的に「リスク承知でならやってあげてもいい」という美容師さんにお願いしてストレートにしてもらったわけです。


教訓:絶対今後無茶な髪型はしない。。。
ブリーチ絶対しない。。。。。


そこでストレートにしていただいたものの、毛先の金髪がとにかく傷んでてどうにもならない。。
だから。。。


「短く切っちゃってください」

と言うと、美容師さんは何度も
本当にいいの??って聞いてきました。
やっぱり日本の美容師さんはとても慎重だし丁寧だし素敵です。
アメリカの美容院は頼めば二つ返事で
「オッケー!!」
ですからね。

前に刈り上げをした時も躊躇なくバリカンで剃られましたしw

全然、私はその方がいいんですけどねw


何度も確認されつつ、
とにかく傷んだところ切っちゃってもらうように頼みました。

けど、そのお兄さんすごく上手に切ってくださって、結果、すごく気にいってます♡
傷みをとるだけで変になっちゃうの正直覚悟はしてたんですけど、、、
傷みをとって尚且つ、可愛い感じに切ってくれて。
フィリピン人と日本人のハーフのお兄さん、
本当にありがとう!!!!!


というわけで、縮毛強制をするのが好きな人、
ブリーチするべからず。
教訓。。。。





答えの出ないムズカシイ問題

こないだ書いた内容は、少し特殊な内容になってしまいましたが、色々と考えることもあってあのような内容になりました。
大事な古い友人が、好きな人ができて離婚し。。
そのことについて考えてたんです。
世間での評価は置いておいて、人として幸せになってほしい。良い人生を送ってほしい。
だけど、わたしには彼女の子供達もかけがえのない存在であって。。。どうしたら良いかわからないです。彼女がずーっと女性として諦めたらいいのか?子供達のために耐える感じで。。
もう、離婚が成立してしまった今では。。後の祭りですが。。

正直、正解は分からない。だから自分だったら?って考えてみたわけです。
どんな人でも考え得ることだとは思います。
だけど。。。

今は周りでアメリカでも日本でも離婚する人が多いです。結婚のメリットってなんだろう?
昔だったら経済的な支えと子孫繁栄が主な理由でしょうね。。。

今は、共働き。。少子化。。。
奥さんが働かなきゃ生計が立てられないというパターンも多いですし、その上、実際のところ
「相手が大好きで結婚した」という人も少ない。
照れて言えないとかじゃなく本気で。。
婚期が来た時にちょうど側にいた人。。とか、
条件が合う人。。とか

それでもずっと満たされてるならいいでしょうけどね。

結局、「常識人」の仮面をかぶりつつ、
実は満たされない部分を埋める何かを求めているんでしょう。
いつも何か新しいことを求めているようなつもりはなくても、わたしの友人のようになることもあります。でも結局は満たされてないからなびいてしまう。


耐えて我慢して。。そんな忍耐に美徳を感じるような人間もなかなかいなくなった世の中ですし。
耐える意味もよくわからなくなってしまう。。

だけど。。。結局は人への愛以外には、辿り着くべき場所がない気もする。
愛がない世の中になっていく中で。。。
このまま自己愛だけの世界になっちゃったらやだなあ。。。

心をもった生物の、行き着く場所について考えると怖くなります。

正解がなくて、闇に包まれてて、
だけど、あたたかい光に満ち溢れているような。。

意味わからないことを言ってますね、すみません(´༎ຶོρ༎ຶོ`)
どう説明したらいいか、よく分からないですけど、愛せる人を愛せるカタチで精一杯愛して、
また、愛する人をちゃんとシッカリ守れるように強くもならないといけない。
意外ともらったことのない愛情は、自分の中に見出せないもので、ちゃんとしたくても欠落してしまったりして、自己嫌悪に陥って。。
というのもある。
それでも、自分の出来る精一杯でやればいいし、自分が嫌いになるような生き方は良くない。

まっすぐ生きるってそんなことなのかな?
常識に沿うことや誠実さなんかじゃなくて、
自分の心に逆らわないで生きること。
そこに周りの人を不幸にする要素があっては、
それも不正確だと思いますけどね?
だって周りの愛すべき人々不幸は、
自分の不幸でもあるから。
そんなバランスをとりながら、
まだあと半生弱生きれたら最高。



私をここにとどまらせる理由

日本に帰ってから、
こんな想いを自問自答していました。


この結婚生活、決して楽ではなかった。
今までの恋愛では、ファーストラブの命の限り尽くした一つの恋愛以外は、「相手が大切にしてくれる」とか与えられる部分に大きく左右されながら、なんとなくドライにお付き合いをして過ごしていました。
ドキドキするような恋は、いつも
実らないまま。
私ってそういう女でした。

ハニ男に人生初の一目惚れをし,
その想いだけが実った恋。

だから、どんな時でも


「私がこの人を好きになって始まったことだ。」
ということから逃れられない。
ハニ男が思ったような男じゃないと思うことも多々あった。冷静で愛情の薄い男。
それでも、自分が好きになって結婚したわけ。

最初は、とにかく耐えました。

その後は、子供達が生まれて、
私はいよいよ、ハニ男とは絶対に離れられない運命共同体になりました。
私は子供には実の両親のもとで、平和に育って欲しい。私の父が一瞬、消え去ってしまい、数年後帰ってきましたが、今でも父がそばにいて良かったという気持ちがあります。
父と母が男女として愛し合っているか?といえば確実にそれはなく。。悲しいですけど、「縁がある仲」だということはお互い認め合っている変な関係。

昔は「好きじゃないなら別れたらいいのに」
てサラッと言えましたけど、
今人の命を育てる使命のある身になった私は、そう言えなくなってしまった。

これは人生の修行の一貫だと私は思っています。

自分の欲を捨てて、誰かのために尽くす。

女として、もう旬も過ぎてしまった私が、
もう二度と誰かに愛されることも無いだろうとも思いますが、もうそういう感覚が味わえなくなるというコトもすごく寂しい。

与えたり尽くしてばっかりの毎日で
子供達の笑顔や成長だけが癒しの中で、
私は女性としてもう、誰かに好きになってもらうことはナイんだって。
日本にいる間、昔の仲間に会って、離婚した子やうまく行ってない子に沢山話を聞きましたけど、
人はどこかで、求められる幸福感を心の安定にしているんだろうって思いました。
与えるだけの愛だけで満たされる神のような人なんかいない。

たとえば、恋愛じゃなくても
家族や友人に愛されてるって感じたらソレも安定になる。

幼い頃に家族に愛された安心感がないまま大人になった人は、心から愛してくれる誰かを探してさらに人を求め続ける。
浮気する人っていうのもやっぱり根底はその心理だと思います。

セックスしてる時が唯一、人に愛されてるって感じる。と以前、ある女友達が話していたことがある。

人を求めることや満たされること。
それぞれ違うけど、目的は同じな気がする。

そうやって人は、一生
自分が満たされる愛のカタチを追求し続ける生き物なのだろう。


仮に、
私がまだ誰かに愛される価値のある存在だったとして、女として気持ちが満たされる瞬間が訪れたとしても、
私はココに帰ってきてしまうだろう。
「私」という存在以上に、子供達が愛おしいから。

ハニ男を愛して無いわけじゃない。
でも心から信頼できる相手じゃ無い。
それは彼が、作り上げてきた罪歴だから仕方ない。人の過ちは、取り返しがつかない溝を生むものです。
それでも、子供達を授かった以上は大切なパートナー。恨むより愛するしかない。
だってこの現状は、変わらないのだから。

自分だけがカワイイなら、
自分の人生だけが大事なら
もうとっくに逃げてたと思う。

ここに来るべきして来て、
ハニ男を含む家族にちゃんと愛情を与えることが使命なら、やり遂げなくちゃいけない。
そんな想いで、ココで頑張っている。


そんな心中。

自分はつくづく、気持ちの芯が強い女だと思う。
愛をもって。。。。。
一番大事なことだけ守れたら、イイ。
シンプルにそうやって生きれたらいい。
後何年したら、自分の欲を捨てされるんだろう?
難しい話です。