私をここにとどまらせる理由
日本に帰ってから、
こんな想いを自問自答していました。
この結婚生活、決して楽ではなかった。
今までの恋愛では、ファーストラブの命の限り尽くした一つの恋愛以外は、「相手が大切にしてくれる」とか与えられる部分に大きく左右されながら、なんとなくドライにお付き合いをして過ごしていました。
ドキドキするような恋は、いつも
実らないまま。
私ってそういう女でした。
ハニ男に人生初の一目惚れをし,
その想いだけが実った恋。
だから、どんな時でも
「私がこの人を好きになって始まったことだ。」
ということから逃れられない。
ハニ男が思ったような男じゃないと思うことも多々あった。冷静で愛情の薄い男。
それでも、自分が好きになって結婚したわけ。
最初は、とにかく耐えました。
その後は、子供達が生まれて、
私はいよいよ、ハニ男とは絶対に離れられない運命共同体になりました。
私は子供には実の両親のもとで、平和に育って欲しい。私の父が一瞬、消え去ってしまい、数年後帰ってきましたが、今でも父がそばにいて良かったという気持ちがあります。
父と母が男女として愛し合っているか?といえば確実にそれはなく。。悲しいですけど、「縁がある仲」だということはお互い認め合っている変な関係。
昔は「好きじゃないなら別れたらいいのに」
てサラッと言えましたけど、
今人の命を育てる使命のある身になった私は、そう言えなくなってしまった。
これは人生の修行の一貫だと私は思っています。
自分の欲を捨てて、誰かのために尽くす。
女として、もう旬も過ぎてしまった私が、
もう二度と誰かに愛されることも無いだろうとも思いますが、もうそういう感覚が味わえなくなるというコトもすごく寂しい。
与えたり尽くしてばっかりの毎日で
子供達の笑顔や成長だけが癒しの中で、
私は女性としてもう、誰かに好きになってもらうことはナイんだって。
日本にいる間、昔の仲間に会って、離婚した子やうまく行ってない子に沢山話を聞きましたけど、
人はどこかで、求められる幸福感を心の安定にしているんだろうって思いました。
与えるだけの愛だけで満たされる神のような人なんかいない。
たとえば、恋愛じゃなくても
家族や友人に愛されてるって感じたらソレも安定になる。
幼い頃に家族に愛された安心感がないまま大人になった人は、心から愛してくれる誰かを探してさらに人を求め続ける。
浮気する人っていうのもやっぱり根底はその心理だと思います。
セックスしてる時が唯一、人に愛されてるって感じる。と以前、ある女友達が話していたことがある。
人を求めることや満たされること。
それぞれ違うけど、目的は同じな気がする。
そうやって人は、一生
自分が満たされる愛のカタチを追求し続ける生き物なのだろう。
仮に、
私がまだ誰かに愛される価値のある存在だったとして、女として気持ちが満たされる瞬間が訪れたとしても、
私はココに帰ってきてしまうだろう。
「私」という存在以上に、子供達が愛おしいから。
ハニ男を愛して無いわけじゃない。
でも心から信頼できる相手じゃ無い。
それは彼が、作り上げてきた罪歴だから仕方ない。人の過ちは、取り返しがつかない溝を生むものです。
それでも、子供達を授かった以上は大切なパートナー。恨むより愛するしかない。
だってこの現状は、変わらないのだから。
自分だけがカワイイなら、
自分の人生だけが大事なら
もうとっくに逃げてたと思う。
ここに来るべきして来て、
ハニ男を含む家族にちゃんと愛情を与えることが使命なら、やり遂げなくちゃいけない。
そんな想いで、ココで頑張っている。
そんな心中。
自分はつくづく、気持ちの芯が強い女だと思う。
愛をもって。。。。。
一番大事なことだけ守れたら、イイ。
シンプルにそうやって生きれたらいい。
後何年したら、自分の欲を捨てされるんだろう?
難しい話です。
