食への想い
私は毎日のように料理をします。
でも、「仕方なくしてるだけでお料理好きじゃないんだー」といつも言っています。
食べることは元々大好きですが、
独身時代は、よっぽど母に手伝いをお願いされて。。。ということがないと料理をすることはなかったです。
結婚してからは、
食事を用意することの大切さに気がついて
これは、私の大事な仕事なんだと思うようになりました。
前もそんなこと書いたような気がしますが、「食」というのは身体を作ることや健康につながることで、
誰かの健康に関われること。。。
大切な人を少しでも元気に出来ること。
うちの母はよく、兄の友人が集まるとみんなに夕食を作ってあげてました。
みんな喜んでワイワイ食べていく。
食べて、身になる。。という点以外にも、
食卓を共に囲むということにも、
元気になれる、幸せになれる要素が詰まっていて、誰かと食事をする喜びが、そこにはあります。
お父さんが、よく
「ばあちゃんのつくってくれた○○が食べたいなー」
と言うことがあります。
いつか私の子供達にも、
そんな風に思ってもらえるようになりたいなーと。。。。。
毎日のそういうたわいもないことが、
大事な想い出になって、身体のいろんな部分の感覚に刻まれて。。ただ口にするだけでアッタカイ気持ちになれるモノがあるってすごく素敵なことだなあって。
「お料理を作るの、好きじゃない」
って言う私でしたが、
最近はこう思います。
大好きな人のために作るご飯は、好き。って。
みんなへ感謝を示したい時や、
元気がない友人を元気付けたい時、
「ご飯作るから、おいでよ!」
って誘うことが好きなんだなって。。
一緒に食べて、笑って、元気になるのが嬉しいから。
今日も大好きな友人のために、
ご飯を作ることができました。
幸せにしたいなんか烏滸がましい話ですが、
ちょっと気の抜ける時間を作ってあげられるだけでも、幸せ。。
誰かのためにしているようで、
実は自分の気持ちを満たしてくれることなんだって。。
友人の笑顔を見たら、私もすごく幸せな気持ちになる。一緒に食べてちょっとだけ健康になった気分になる。
最高に、ささやかな幸せだなって
しみじみ思います。
こんなの好きかな??
この味好みかな。。?
とかその人のこといっぱい考えながら、
お料理を作る幸せ。。。
いつも以上に今日は噛みしめました。
故郷とわたし
ご無沙汰しております!
ご心配をおかけして、メッセージなど個人的にいただいた皆様、気にかけて下さった皆さま。。
本当にありがとうございます。
感謝の気持ちでいっぱいです。。。
しっかり、マイナスなことではないことが書ける心境まで、待ってみようと自分の中でひたすら待ち続けておりました。
私は、母親との距離がとても近い。
小さい頃から、母は私の1番の理解者であり、安心であり。。。
母にウソをついたコトが今まで一回もありません。全て見透かされているような気がするからです。母の前では、どんな自分も全てさらけ出して来ました。
もちろん、父も不器用な人ながら私に沢山の愛情を注いでくれた大切な存在です。一緒に過ごした沢山の思い出があります。
それから、幼い時から一緒に成長して来た3人の友人達。6歳の時から一緒にいて、ダメな私も努力してきた私も全て分かって理解してくれてる人々。。。。
歴代の彼氏も全て把握している。。笑
どんな道を歩んできて、
私がどこでどうやって変わって来たか
ずっとずっと見守ってきてくれた人々。
複雑な家庭で育った父には親戚は、
いないも同然で、母の方も。。。
それでも、父の幼馴染や私の幼馴染。。
血縁ではナイけれど、血縁以上にカタイ繋がりで一緒に生きてきた人々に囲まれて、
ずっとずっと人生を歩んできました。
私は、なかなか口から大切なことを
人に伝えることができない。
こうして文章というカタチの言葉で
表現することで、アタマを整理する。
だから。。。幼馴染も母も。。。
私からの手紙や幼い時にしていた交換日記を
いっぱい持っているw
手紙を書くことは、
私が本当に思っていることを落ち着いてちゃんと伝える、唯一の術かもしれません、未だに。
だから、このブログで、気持ちを文章にすることも、自分に必要なことになってきてしまってました。
私は、久しぶりに母に長い手紙を書きました。
嘘偽りない、自分の気持ちを全て書きました。
母にとっては。。。重荷になってしまうかもしれないという思いもありますが、それを渡しました。
結婚してからというもの、
この環境から離れて、
とても不安な中で生活していた。
ただただ、主人に理解してもらいたいと望んでたけれど、それはいつまでも叶わなかった。
私のような人間には、
この故郷の環境から離れて暮らすことが
かなり負担なのだ。
それでも主人のために、子供達のために、
やっていかなければなりません。
主人に、母のようになってほしいなんて決して思ってません。親友たちのように私を理解してほしいとも、思いません。
何通もの手紙と、過ごして来た時間と。。
重ねて来たものが違いすぎるから。。。
同じなんかになれないことくらい、バカな私にでも分かります。
ただ。。。
私のことを知ろうって、
思ってくれることは望んでた。
歩み寄ってくれることを望んでた。
そのために、自分で出来る限りの努力をしながら、その時を待ちわびてたのだと思います。
また安心して、生活できる故郷のような
家庭を自分でも作りたいと願って。
私は、少なくとも
主人のどんな家族よりも、友人よりも、
理解している自信はありました。
いいとこも、わるいとこも。。
でも、それも。。もはや分かりません。
彼を理解してたつもりでしたが、
そうじゃないかもしれない。
故郷の全てが恋しい。
いつも安心して生きられる、私の場所。


